地下暮らし、空白の日々
タイタニス。
おそらく、それがこの鉄の巨人の名前。
腕輪は僕にそれを伝えたきり何も反応を示さなくなってしまったが、相変わらず腕から離れてくれる様子は無かった。
こんな何もない洞窟の中で何もせずにぼんやりと過ごし続ける訳にも行かず、とりあえず僕は魔力の切れてしまったゴーレムに魔力の補給を行う事にした。このゴーレムを動かして使おうと言うよりは、恩人(?)を放っておく訳にも行かないと感じたからだ。
元々滅多に使うこともなく、無駄に有り余っていた魔力だ。魔法への変換効率ではカミラやサラに圧倒的に劣り、自身の傷の手当てぐらいにしか使っていなかったものだから、ゴーレムの補給に殆どを使ったところで痛くも痒くも無い。
ここで生きていく事に関しても、幸いと言うべきかこんな地底にも野生動物は生息していたので、栄養バランスは悪いが多少我慢すれば飯には困らない。生きていくのに必要な水も魔法で生成できる。
逆に何か問題があるとすれば、それはゴーレムに搭載されていた魔力を溜めておく為の魔法玉が予想よりも遥かに容量が大きく、僕が1日魔力を流し込み続けた程度では全く足りていないと言うことだ。別に魔法へと変換せずに魔力をそのまま流し込んでいるのだから、賢者や聖女、勇者すら凌駕する量の魔力が注がれている筈なのだが、ゴーレムは一向に動く気配を見せない。
魔物を狩り、飯を食い、ゴーレムに魔力を注ぎ、身体を清め、眠り、そしてまた魔物を狩る。そんな単調な日々が、暗い洞窟の底で何日も続けられた。
◆◆◆◆
一方、武聖ハルトを追放(もとい殺害未遂)した勇者一行は、あれから数週間後に魔王軍の本拠地に突入。最新部にて敵の首魁である魔王と激しい戦いを繰り広げていた。
「くっ、魔法が効かない……!」
「サラさん、カミラさん、使う魔法は支援にとどめてくれ!」
「了解ですザックさん!」
「アレク! 今、身体強化をかけるわ!」
勇者アレクや賢者カミラから放たれた攻撃魔法の数々は、魔王の不思議な力によって全て直前で力を失い、消滅してしまった。戦いの中でそれに気付いた勇者と剣聖は即座に全員に情報を共有し、的確に命令を与える。
命令通りに賢者カミラから勇者アレクに向けて身体能力の底上げを行う魔法が放たれ、勇者は更に魔王を激しく攻め立てる。しかし魔王は変わらずに勇者の動きについてきており、勇者が振るう聖剣の悉くが意図も簡単に弾かれてしまう。
「フハハ………フハハハハハハッッ!」
「クソ! クソクソクソクソぉぉぉ!」
「弱い、弱すぎるぞ勇者よ! 素の我とまともに渡り合えぬようでは勝負にすらならんわ!」
頭から羊のような捻れ角を生やし、筋骨粒々で人によく似た姿を持つ魔物『魔王』は笑いながら軽く勇者をあしらい続ける。勇者が魔王に有効である筈の聖剣を使って戦っているにも関わらず、魔王は素手で戦いその身体には傷一つ付いていない。
強さの差は歴然だった。
これまで数々の魔物を相手に勝利を納めてきた勇者達だったが、魔王の強さはその比では無かった。魔法の一切が魔王には通じず、更に勇者一行の前衛をつとめる二人の動きは素の魔王の動きにすらついて行けず、手加減すらされている始末。
「くくくく……ハハハハッ!」
「う、ぐあぁっ!」
魔王が目にも止まらぬ速さで腕を振るうと、勇者は反応すら出来ずに吹っ飛ばされる。勇者の身体は建物の壁にめり込み、辺りには彼の血が飛び散る。
「あ、アレク!」
「悲しいなぁ、弱いなぁ、実に哀れだ」
「よくもアレクを……!」
怒りの余り、杖を振り上げて魔王に躍りかかったカミラ。しかし賢者とはいえ魔法使いである彼女が勇者を遥かに凌駕する強力な肉体を持った魔王に敵う筈も無く、彼女は魔王に首を掴まれてぐいと持ち上げられた。
「カミラさん!」
「カミラちゃん!」
「そこの二人、動くなよ? 動いたらその瞬間にこの女の命は無いと思え」
「ぐぅ、う、この、外道、め」
「外道? ぷっ………クククク。クハハハハ!まさか貴様の口からそんな言葉を聞けるとは思わなかったぞ、賢者カミラ」
魔王は持ち上げたカミラへと視線を戻すと、ニヤニヤと気味の悪い笑みを向ける。
「なぁ、私は知っているのだぞ? 我はこの世の全ての魔物を通して世界を見ることが出来るのだからな。貴様が許嫁を裏切って勇者へと逃げた事もよおく知っている」
「何が、っ!あんな、勇者パーティの、恥、さらし、捨てて当然よ!」
「あぁ……恥さらしとまで言うか。本当に救えん奴らだ。まあ我としては憎き武聖が死んでくれて助かった。折角奴の武具を封印してやったと言うのに、奴に生きていられては安心出来んからな」
「どういう……事だ、貴様」
まだ意識のあった勇者が、聖剣を杖にして瓦礫の中から立ち上がる。魔王はカミラの首を掴み上げたまま、満身創痍の勇者へと冷ややかな視線を向ける。
「勇者アレクよ、貴様がとんだ間抜けで助かったと言うことだ。貴様が武聖を殺してくれた事で、我はこの世界で並ぶ者の居ない強者となった」
「何、を。ヤツは、ハルトは、まるで使い物にならない俺たちの恥さらしで、雑魚だった! ヤツが居たところで何が変わるものか!」
「そうした貴様の短慮が間抜けだと言う事だ」
カミラを助けんと魔王に斬りかかった勇者へと、魔王は軽く足払いをする。勇者は走り出した勢いのまま前へと転倒し、握りしめていた聖剣は手を離れて床に転がった。
「う、ぐ、うぅぅ」
「貴様等は皆、それぞれの武具を手に戦っていただろう? 勇者ならば聖剣ヘリオス、聖女ならば神杖アメン、賢者ならば星杖ベガ、剣聖ならば魔剣プルートー。どれも我の身体に対して有効な武器だ。ならば武聖は? まさか最後まで素手で戦うなどと考えていた訳ではあるまい」
「くそ、殺、す……絶対に、殺す!」
「まあ、このような結果になったと言う事は、そう考えていたと言う事だろうな。しかし残念だ。先代の勇者は貴様よりもずっと知恵が働き、武に優れ、情に厚き男だった。簡単に仲間を見捨て、挙げ句裏切りを働くような貴様とは比べ物にならぬ程勇者に相応しき男だったとも」
地面を這いつくばり、聖剣へと手を伸ばすアレク。しかし聖剣は魔王によって拾い上げられ、その刀身は魔王の魔力によってみるみる内に赤黒く染まっていく。
「そんな、聖剣、が………」
「貴様を選んだ神も、貴様がもっと誠実で優秀な男である事を望んでいたのだろうな。聖剣も貴様の行いによって随分とその神聖を失っていたようだ。道理で我の身体に傷一つつけられん訳だ」
「返せ………貴様、返せ!」
「ククク……そう慌てずとも、返してやるさ。こうしてなァ!」
魔王は突然、捕らえていたカミラを放り出した。そして、咳き込む彼女の目の前で、アレクの首に聖剣だったものを思い切り振り下ろした。
「アレク様!」
「アレクっ!」
思わず手を伸ばす剣聖と聖女の二人だが、もう遅い。
―――ザシュッ
三人の目の前で勇者の首がはねられる。
勇者の頭は何が起こったのかわからないという表情のまま床を転がり、身体はビクビクとしばらく痙攣し続けた後、静かになって動かなくなった。
「クックックッ………悲しいなぁ。これが仲間を見捨て、裏切り、殺した勇者の最期だ。貴様等もよぉく目に焼き付けただろう?」
「き、きき、貴様ァァァァァァ!」
まず最初に耐えられなくなったのが剣聖ザック。魔剣プルートーを構えて魔王に斬りかかった。
しかしその剣は軽くあしらわれ、剣聖の腹部に魔王の拳が深く突き刺さる。
「う、ごぉ!?」
「弱い、弱過ぎる。貴様等にはがっかりだ」
拳はザックの着込んでいた鎧をぶち抜き、背中まで貫通していた。胴体から突き刺さっていた拳が勢いよく引き抜かれると、ぽっかりと空いた穴からは血と臓物が溢れ出し、剣聖の身体はその場にぐらりと倒れる。
「ザック様! 今お助けを――」
「悪いがこれまでだ、聖女サラ」
咄嗟にザックを救おうと回復魔法をかけようとしたサラだったが、魔王の手刀によって一瞬で頭部が失われた。身体だけがビクビクと震えながらその場に倒れ込み、ザックの死体と並んでその場に血溜まりを作る。
「あ……あ、あぁ……」
「さて、最後はお前だけだ、賢者カミラよ」
勇者も、聖女も、剣聖も死んだ。
あとは賢者である自分だけ。
「このまますぐに殺してやるのも良いが………慈悲として最期に言葉を残す権利をくれてやろう。さあ、言いたいことがあれば言い残すが良い」
頭に浮かぶ未来。それは明確な死のビジョン。
避けることの出来ない死を目前にして、今までの人生が走馬灯のように思い出される。
国の中心から離れた小さな村の農家の家に産まれたカミラは、互いの両親によって同じく農家の生まれであるハルトと許嫁の関係になっていた。まだ世界が平和だった頃、いつか彼と結婚して家を継ぐのだろうなと想像して、何となく暖かな気分に浸っていた事を思い出す。昔は彼の事が好きだった。
だが、魔王が現れた事で世界は変わってしまった。世界の平和は魔物の軍勢によって破壊され、生まれ故郷の村も焼かれ、両親も散々魔物共に弄ばれた後に死んだ。生き残ったのは命からがら逃げ延びた自分とハルトだけ。その結果、彼と共に旅を始め、そして神託によって二人はそれぞれ武聖と賢者に選ばれた。
二人で故郷の人々の仇を取るために魔王の本拠地を目指し、そしてその間で勇者アレク、剣聖ザック、聖女サラと合流。五人は世界中の人々の期待を背負って尚も進み続ける。途中、強力な魔物との戦いも幾度とあり、辛いこともあった。でも、隣に同じ痛みを共有できる幼馴染みの彼が居たからこそ、頑張ってこられたのに。
いつからだっただろうか、日に日に自分達比べて弱くなっていく彼を『情けない』『邪魔だ』と感じるようになったのは。いつしか彼への恋心は今にも消えそうな程に小さくなり、心に空いた穴を埋めるようにアレクにすがった。毎晩、互いの傷を舐め合うようにアレクとハリボテの愛を確かめあった。
今思えば怖かったのだろう、自分やハルトが死んで、望んでいた未来を得られなくなる事が。だからきっと、『死』から最も離れているだろうアレクに安心を求めたのだ。
きっと彼は私の裏切りにとっくに気付いていたと思う。しかし、彼は何も言うことは無かった。絶望したような表情も無く、アレクに怒りをぶちまける事も無く、もう戦いについてこれてすらいないのに、旅を始めたあの頃と同じように、ずっと前を見続けて居た。
確かに、ハルトは弱くなってしまった。だが、確かに昔、彼を愛していたはずだった。
最初に裏切ったのは誰だ? 彼を見捨てたのは誰だ? 彼の代わりに愛そうとした男は、躊躇無く彼を殺した。同じように、他の仲間達もアレクの凶行を肯定し、黙認した。
自分も、その中の一人だった。
「………あ、あ……あああ」
思わず口から声が漏れる。
自分の愚かさに気付かされ、目からは涙が溢れ出す。
どうして自分はあんな事を。確かに彼を愛していた筈なのに。彼を見捨て、裏切った挙げ句、アレクに殺される彼に『こうなって当然だ』とすら思った。
一時の不安に身を任せ、正しい判断すら出来なくなっていた。
「ごめ、なさ……はる、と………ごめな、さ………」
「実に愚かでつまらん女だ。今更本当に大切なものを理解した所で遅過ぎるわ。だが―――」
魔王は勇者アレクから奪った聖剣を振り上げる。そして、幼馴染みの名を呼びながら嗚咽するカミラを見下ろし、ニヤリと口角を上げた。
「我は心優しき魔王だとも。一瞬の痛みすら無く、想い人の待つ場所に送ってやろう!」
剣は振り下ろされ、カミラの首が宙に舞う。
人類の希望だった勇者一行は、魔王にかすり傷一つ付けられずに全滅したのだった。
【ハルト】
魔王を倒すための英雄の一人『武聖』に選ばれた青年。魔王軍によって同じ村に住んでいた知り合いや、大切な家族を皆殺しにされた経験があり、魔王には強い憎しみを持っている。幼馴染みのカミラとは許嫁の関係であったが、彼の弱さに不安を感じたカミラによって実質的に関係は解消された。
膨大な魔力をその身体に有しているが、致命的なまでの魔法の才の無さによって魔法を使うことも出来ず、宝の持ち腐れとなっていた。現在はタイタニスに装着者として選ばれた事によって、タイタニスを動かすために魔力を注入し続けるだけの日々を過ごしている。
読んで頂きありがとうございます。
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