第9話 桃太郎と10階の番人
10階へ行けるようになってからは、大学帰りにそこへ通うようになった。
10階では、これまでよりオークの数が多い。1回の戦闘で3体。最初は動きを見ているだけでも忙しかったが、何度か戦っているうちに、どこから崩せばいいのかが分かってきた。
狩犬が1体を引き離す。
岩猿は残った2体の間に岩を投げて、足を止める。
その上を迅雉が飛び、隙ができた方へ急降下する。
俺は3匹の動きを見ながら、次に狙う相手を決める。
「狩犬、そのまま右」
狩犬がオークの横を抜ける。
「岩猿、左のやつを頼む」
岩猿が岩を作り、投げる。
戦い方が決まってくると、3体相手でも慌てなくなった。
10階に上がったばかりの頃は、オークが3体いるだけで動きづらかった。それが今では、相手の位置を見て次の手を考える余裕がある。
これなら、先へ進める。
そう判断した日の帰り、俺たちは10階の奥へ向かった。
途中で出てきたオークを倒しながら進んでいると、やがて道幅が広くなった。
その先に、大きな扉がある。
これまでの階層とは明らかに違う。
俺は足を止めた。
「ここがボス部屋か」
狩犬が扉の前まで進み、鼻を動かす。岩猿は拳を握り、迅雉は扉の上を旋回している。
扉の向こうから、かすかな物音が聞こえた。
いる。
俺は刀の柄を握った。
扉を開ける。
中はかなり広かった。
中央に立っていたのは、今まで見たオークより一回りどころか二回りは大きい個体だった。
手には、大棍棒。
その後ろには、普通のオークが3体いる。
ハイオーク。
こいつが10階のボスらしい。
ハイオークがこちらを見る。
低い唸り声を上げると、後ろのオークたちも一斉に動き出した。
「狩犬、右の1体を引き離せ!」
狩犬が駆ける。
オークの横をすり抜け、そのまま奥へ誘導する。
「岩猿、残った2体を止めて!」
岩猿が岩を作り、続けざまに投げた。
1体が肩を押さえて足を止める。
もう1体は避けたが、その先には迅雉がいた。
「迅雉、そいつを追い込め!」
迅雉が上空から迫る。
オークが棍棒を振り上げた。
迅雉は翼を翻し、攻撃をかわして横へ抜ける。
その隙に俺はハイオークへ走った。
大棍棒が振り下ろされる。
横へ避ける。
地面を叩いた棍棒が、鈍い音を響かせた。
重い。
まともに受けたら、刀ごと持っていかれる。
ハイオークが棍棒を横薙ぎに振る。
俺は後ろへ下がって避け、踏み込みながら斬り返した。
腕を狙う。
刃が入った。
浅い。
ハイオークがこちらを睨む。
すぐに棍棒が返ってきた。
俺は身を低くしてかわし、脇を抜ける。
その間にも、狩犬がオークを引き回している。
岩猿はもう1体の足元へ岩を投げ、迅雉が上から何度も牽制している。
3匹とも、ちゃんと動けている。
なら、このままハイオークを削る。
「狩犬、戻れ!」
呼んだ瞬間だった。
ハイオークがこちらではなく、狩犬の方へ向いた。
大棍棒が振り上げられる。
「狩犬!」
狩犬が横へ跳ぶ。
完全には避けきれなかった。
棍棒が体の側面をかすめ、狩犬が地面を転がった。
すぐに立ち上がったが、前脚が地面についていない。
俺はハイオークから目を離さず、狩犬を見る。
歩けてはいる。
でも、明らかに遅い。
「狩犬、下がれ」
狩犬が後ろへ下がる。
その隙に、さっき引き離していたオークが戻ってきた。
「岩猿、そいつらを止めろ!」
岩猿が岩を投げる。
オークが腕で防ぐ。
迅雉がその頭上を抜けた。
「迅雉、もう1体!」
迅雉が方向を変える。
俺はハイオークの前に残った。
狩犬が抜けた分、俺が時間を稼ぐ。
大棍棒を避ける。
もう一度。
今度は刀で受け流す。
腕に重さが伝わり、手が痺れた。
きつい。
普通のオークとは、やっぱり違う。
俺は一度大きく距離を取った。
素早く吉備団子を取り出す。
今までに使った感じでは、食べた魔物の動きや力が少し強くなる。
だったら。
「狩犬」
呼ぶと、狩犬がこちらに駆け寄ってくる。
「これ、食べて」
吉備団子を投げる。
狩犬が口で受け、そのまま飲み込んだ。
すぐに走らせる。
「行けるか?」
狩犬が地面を蹴った。
さっきより速い。
まだ前脚をかばっているが、動きは戻ってきている。
狩犬がハイオークの横を抜ける。
ハイオークが振り返った。
狩犬はそのまま距離を取る。
もう一度走る。
今度は、さらに速い。
前脚をかばう動きも減っている。
強化の効果が出ている。
そう思った。
けれど、何度か走るうちに妙なことに気づいた。
さっきまで浮かせていた前脚を、狩犬が普通についている。
走り方も、ほとんど元に戻っていた。
俺は一瞬、狩犬の脚を見る。
「傷、治ってるな」
強化だけじゃない。
吉備団子には、回復する効果もあるらしい。
確かめるのは後だ。
今は目の前のハイオークを倒す。
「狩犬、右から回れ!」
狩犬が走る。
ハイオークが追う。
「岩猿、足元!」
岩猿が岩を作り、ハイオークの進路へ投げ込む。
ハイオークが横へ避けた。
そこへ狩犬が飛び込む。
足に噛みつく。
ハイオークが体勢を崩した。
「迅雉!」
上から迅雉が落ちてくる。
急降下撃。
ハイオークが棍棒を持ち上げた。
迅雉の爪が、その腕を捉える。
ハイオークが怯んだ。
俺は踏み込んだ。
刀を振る。
今度は深く入った。
ハイオークがよろめく。
それでも倒れない。
大棍棒を振り回す。
「狩犬、離れろ!」
狩犬が横へ飛ぶ。
大棍棒が空を切った。
「岩猿!」
岩が飛ぶ。
ハイオークがそれを避けるために体を動かした。
その先へ、狩犬が回り込んでいる。
噛みついた。
ハイオークの体が傾く。
俺は一歩踏み込んだ。
迅雉が頭上を抜ける。
ハイオークがそちらを追って顔を上げた。
その瞬間、首が空いた。
刀を振り抜く。
ハイオークが動きを止めた。
大きな体が、ゆっくりと倒れる。
残っていたオークも、ほどなくして岩猿と迅雉に倒された。
広い部屋に、静けさが戻る。
俺は刀を下ろした。
「終わったな」
狩犬が近づいてくる。
さっき痛めた前脚を確認する。
まだ傷は残っている。
でも、戦う前と比べればかなり小さくなっていた。
吉備団子を食べる前なら、今みたいに走ることはできなかったはずだ。
俺は残った吉備団子を見る。
強化するだけじゃない。
怪我をした仲間を、戦えるところまで戻せる。
さっきの戦いでも、狩犬が戻れたことでハイオークを追い込めた。
3匹がそれぞれ動いて、俺はその動きを見ながら次を決める。
その方が、全部を自分で斬るよりずっと戦いやすかった。
少なくとも、今日の戦いではそうだった。
俺は光に変わりつつあるハイオークを見る。
10階のボスは倒した。
これで4級になるための条件は満たしたはずだ。
あとは1階に戻って、手続きをするだけ。
ボス部屋の奥へ進む。
そこには、今まで見たことのないものがあった。
淡く光る結晶が、台座の上に浮かんでいる。
「これが転移結晶か」
4級になれば使えると聞いていたものだ。
行き先は1階。
俺は結晶の前まで歩く。
10階まで来た。
そして、次は11階。
その前に、一度戻らないとな。
俺は転移結晶へ手を伸ばした。




