第10話 桃太郎と4級昇格
転移結晶に触れた瞬間、視界が一度だけ白くなった。
次に目を開けると、そこは1階だった。
10階のボス部屋にいたはずなのに、目の前には見慣れた管理所の設備が並んでいる。転移結晶の周囲は柵で囲われ、その外側には受付がある。係員がこちらを確認すると、すぐに声をかけてきた。
「10階から戻られましたか?」
「はい。ボスを倒しました」
「確認しますので、探索者証をお願いします」
カードを渡すと、係員が端末に通した。
しばらく画面を確認したあと、係員が顔を上げる。
「10階ボスの討伐記録が確認できました。おめでとうございます。4級への昇級条件を満たしています」
「ありがとうございます」
「昇級手続きは地上の管理所で行います。こちらをお持ちください」
渡されたのは数枚の書類だった。
「必要事項を記入して、ダンジョンの外にある管理所へ提出してください。そこで正式に4級へ更新されます」
「分かりました」
書類を受け取り、俺は転移結晶を振り返った。
これまでは使えなかった。
正式に4級になれば、これが使える。
10階まで来たときは、ここから先へ行くには歩いて進むしかないと思っていた。これなら、11階より先へ進んでも帰りを気にする必要はない。
俺は出張管理所を出て、そのまま外にあるダンジョン管理所へ向かった。
書類を提出し、いくつか確認を受ける。登録内容が更新され、新しい探索者証を受け取った。
「これで4級です」
カードを見る。
準4級だった表示が、4級に変わっていた。
「4級になると、10階と11階の間にある転移結晶が使えるようになります。11階以降へ進む場合は、こちらの利用規則を確認してください」
「はい」
説明を聞きながら、資料に目を通す。
11階。
10階までとは違う場所。
それだけで少し気になった。
ただ、すぐに向かうつもりはない。
さっきの戦いを思い出す。
ハイオークには、今の刀では攻撃が通りにくかった。
腰にさしてある刀を見下ろす。
今まで使ってきた模造刀。
15歳のときに買ってもらった、思い入れのある刀だ。
これで十分だと思っていた。
10階までは。
でも、11階から先も同じとは限らない。
そのとき、ふと思い出した。
「そういえば、魔石も溜まってたな」
品川ダンジョンに来てから、拾った魔石はその都度、管理所に預けていた。
ダンジョンから戻ったときに受付へ渡せば、探索者証を使って預かり記録をつけてもらえる。必要になれば、同じように受付へ頼んで出してもらえる仕組みだ。
毎回持って帰る必要がないので、今まで特に不便は感じていなかった。
4級になった今なら、まとめて売ってもいい。
俺は管理所の買取窓口へ向かった。
「魔石の買取をお願いします」
「はい。探索者証をお願いします」
カードを渡し、保管してあるロッカーの番号を伝える。
係員が端末を操作すると、しばらくして奥から魔石の入ったケースが運ばれてきた。
「こちらで間違いないですか?」
「はい」
ケースの中には、これまで少しずつ貯めてきた魔石が入っている。
大学帰りに潜った日も、休日に長く潜った日もあった。
こうして並べてみると、結構な量だ。
「4級になってから売ろうと思ってたので」
「なるほど。4級ですと、買取手数料も準4級の場合より少し下がります」
やっぱり待っておいてよかった。
魔石は一つずつ状態を確認され、まとめて査定されていく。
しばらくして、係員が金額を告げた。
「今回の魔石ですが、合計で19万2,600円です」
「19万……」
思ったよりあった。
品川ダンジョンに来てから数週間。
大学帰りや休日に少しずつ潜ってきた、その成果だ。
「素材はお持ちじゃないんですか?」
「素材はあまり拾ってないです。管理が面倒なので」
「確かに、低階層だと量が増えますからね。ただ、素材は種類によっては結構な値段になりますよ」
「そんなにですか?」
「はい。大きさや状態、部位でも査定が変わります。品質のいいものなら、魔石より高くなることもあります」
魔石はケースにまとめて預けておけばいい。
素材は種類ごとに分けたり、状態を気にしたりする必要がある。
今まで面倒だと思っていたけど、値段がそこまで違うなら話は変わってくる。
「……次からは良さそうなものがあれば、拾うようにします」
「おすすめしますよ」
係員が笑った。
買取を終えると、口座への入金を確認する。
19万円。
これなら、新しい刀を買っても少しは残るだろうか。
俺は管理所を出て、アパートへ戻った。
* * *
帰宅してから、スマホでダンジョン庁の公式サイトを開く。
探索者向けの装備販売ページがある。
防具、靴、手袋、収納用品。
そして、刀。
刀のページを開くと、いくつかの商品が並んでいた。
刃渡り、重量、材質、適合する探索者ランク。
値段もそれぞれ違う。
どれも普通の日本刀とは違う、探索用に作られた量産品らしい。ダンジョン内での使用を前提に、耐久性や扱いやすさを重視している。
何種類かスペックを見比べる。
ハイオークに斬りかかったときの感触を思い出す。
今の模造刀より重い。
その分、造りがしっかりしている。
値段は15万8,000円。
安くはない。
でも、命を預けるものだと思えば、変に安いものを選ぶ気にもなれなかった。
商品ページには、ダンジョン庁認定の表示がある。
購入時に本人確認と所有者登録もまとめて行われるらしい。
俺は少し迷ってから、購入画面を進めた。
配送先を確認して、注文を確定する。
これで、届くまで数日待つだけだ。
減った残高を見て、少し、いや、かなり嫌な気持ちになる。
大学生の財布としては、かなり痛い出費だ。
でも、しばらくはこれでいい。
プロテクターは、そのまま使うことにした。
10階までこれで問題なく動けたし、今すぐ買い替える必要はない。11階へ行ってみて、必要だと思ったら考えればいい。
装備のことが一段落すると、今度は吉備団子のことが気になった。
残っている数を確認する。
まだ5個ほどある。
『吉備団子』を覚えてから、作ったものは専用の亜空間に入っていた。吉備団子しか入らない、専用の収納だ。
最初は、その日のうちに使うことが多かったから、収納について深く考えたこともなかった。
でも、狩犬が怪我をしたときに分かった。
吉備団子には、強化だけじゃなく回復の効果もある。
作れる数にも限りがある。
なら、これからは無駄に使わない方がいい。
俺は残っている吉備団子を確認して、そのまま亜空間へ戻した。
次に使うのは、怪我をしたときか、本当に必要な場面だけにしよう。
* * *
それから数日。
大学の講義が終わる前の休み時間、俺は教室でスマホを見ていた。
「高槻」
顔を上げると、後藤が隣の席まで来ていた。
「そういや最近、ダンジョン行ってる?」
「行ってるよ。後藤もだろ?」
「まあな。大学入って時間できたし」
後藤はそう言って椅子に座った。
高校の頃より、ダンジョンに行く回数は増えたらしい。講義の予定や休日の話をしながら、自然とダンジョンの話になる。
「そういや、10階ってどうだった?」
「ボス倒した」
「マジで?」
「うん」
後藤が目を見開く。
「じゃあ、4級?」
「昨日なった」
「もう4級かよ」
「そんなに驚く?」
「いや、だって俺まだ5級だぞ」
後藤が苦笑する。
「前に一緒に潜ろうって話したけどさ」
「うん」
「やっぱりあれ、なしにしよう」
俺は後藤を見る。
「なんで?」
「今の俺が4級のお前についていったら、ただ連れてってもらうだけになるだろ」
「別に俺は気にしないけど」
「俺が気にするんだよ」
後藤は少し笑った。
「俺は俺で、今のパーティでやるよ。もう少し自分たちで上がってからでいい」
「そうか」
「それに、せっかく4級になったんだろ。俺がくっついてたら、やりたいこともできないだろ」
「まあ、それはあるかも」
俺がそう答えると、後藤は満足そうに頷いた。
「だろ?」
そのまま次の講義の話になった。
結局、ダンジョンの話はそれで終わった。
俺はスマホを見る。
注文した刀が届くのは、もう少し先だ。
新しい刀が届いたら、11階へ行く。
今まで見たことのない景色が、そこにはあるはずだ。




