第11話 桃太郎と11階
注文していた刀が届いた。
箱を開けると、黒い鞘に収まった刀が入っている。
模造刀よりも少し重い。
鞘から抜いてみる。
刃は鋭く、光を反射していた。
「……ちゃんと刀だな」
当たり前のことを確認する。
部屋の中で振るわけにはいかないので、握った感触だけを確かめた。
重さはあるが、扱えないほどではない。種族レベルが上がり、基礎的な身体能力も上がっていることを実感する。
これなら、今までより強い相手と戦っても少しは安心できそうだ。
俺は刀を鞘に戻した。
4級になって初めての探索だ。
そして、11階へ行ける。
そう思うと、少しだけ楽しみだった。
* * *
刀を武器ケースにしまい、大学へ向かった。
講義室に入ると、後藤が先に来ていた。
「おう、高槻。なんか機嫌いいな」
「そうか?」
「顔に出てる。何かあった?」
「……買ったものが届いただけだ」
「何買ったの?」
「刀」
「あー、探索者らしい買い物だな」
後藤が笑う。
「そういやさ、サークル決めた?」
「まだ。後藤は?」
「俺は入った。探索者サークル」
「探索者サークル?」
「探索者の学生が集まってるところ。パーティ組んだり、ダンジョンの情報を共有したりしてる。前に言ってた俺のパーティも、そこで知り合った連中なんだ」
「へえ」
「先輩にも探索者が多くてさ。4級とか3級の人もいる。階層の情報も、結構詳しく教えてくれる」
「……3級もいるのか」
少し、興味が湧いた。
情報。
刀士だった頃、一番困ったのがそれだった。
「今日の夕方、活動日なんだよ。見学だけでも来いよ。先輩にも紹介する」
「分かった。行く」
「お、即答だな。前は予定が合えば、って濁してたのに」
「情報は欲しいからな」
「素直でよろしい」
後藤が満足そうに頷いた。
* * *
大学の講義が終わった。
俺はそのまま品川へ向かう。
電車を乗り継ぎ、ダンジョン管理所へ。
探索者証を提示して手続きを済ませ、黒い渦をくぐる。
1階の森を抜けて、出張管理所へ向かった。
受付で探索者証を出す。
「4級ですね。転移結晶をご利用いただけます」
前に来たときとは違う。
4級になった今なら、ここから先へ行ける。
転移結晶に触れる。
一瞬だけ視界が白くなった。
次に目を開けると、10階と11階の間にあるセーフエリアだった。
周囲には何人かの探索者がいる。
そのほとんどが、11階へ続く階段の前で準備をしていた。
俺も新しい刀を確認する。
「よし」
階段を下りる。
11階へ。
* * *
階段を下りた先には、森がなかった。
「……え?」
思わず足を止める。
目の前に広がっていたのは、膝ほどの高さの草が続く広大な大地だった。
木がほとんどない。
遠くまで見渡せる。
地面にはところどころ岩が転がっていて、その先には緩やかな丘まで続いている。
10階までとは、まるで別の場所だった。
階層が変わると景色が変わるダンジョンがある、という話は聞いたことがあった。
ただ、実際に見るのは初めてだ。
「本当に変わるんだな」
吉備ダンジョンは森林だった。
品川ダンジョンも10階までは森林だった。
だから、11階もそのまま森が続くと思っていた。
そういう先入観があったらしい。
俺は少しだけ周囲を見回す。
見通しがいい。
これなら魔物を見つけるのも簡単そうだ。
むしろ、今までより探索しやすいんじゃないか。
「……面白いな」
気づけば、少し前のめりになっていた。
階段の近くには、他の探索者もいる。
俺は少し離れてから、『気配感知』と目で周囲に人がいないことを確認し、『三獣招来』を使った。
狩犬。
岩猿。
迅雉。
3匹が現れる。
迅雉がすぐに空へ上がった。
「あまり高く飛ぶなよ。目立つ」
迅雉は少しだけ高度を落として、旋回に移る。
狩犬は地面の匂いを嗅ぎ、岩猿は周囲に落ちている石を確認する。
「少し進んでみるか」
3匹と一緒に歩き始めた。
* * *
しばらく進んだところで、迅雉が旋回した。
少し遅れて、狩犬が低く唸る。
「いるか」
前方を見る。
膝ほどの高さの草が、一部だけ不自然に波打っている。
何かがいる。
だが、姿が見えない。
やがて、草の間から魔物が姿を現した。
四足歩行。
体はレッサーウルフより一回り大きい。
毛皮は深みのある緑で、草の色にほとんど溶け込んでいる。
口元から覗く牙だけが、やけに白く見えた。
狩犬が唸っていなければ、近づかれるまで気づかなかったかもしれない。
「……新しいやつか」
いや、名前だけは聞いたことがある。
情報サイトで見た覚えがある、草の色に紛れるウルフ系の魔物。
おそらく、フィールドウルフか。
だが、知っているのはそこまでだ。
強さも、群れで動くのかも分からない。
魔物がこちらに気づいた。
走ってくる。
速い。
「狩犬」
狩犬が飛び出す。
魔物と正面からぶつかり、そのまま横へ押し流した。
岩猿が岩を作る。
投げる。
岩が魔物の頭へ当たった。
その隙に迅雉が急降下する。
爪が背中を切り裂いた。
俺も走る。
新しい刀を抜く。
魔物がこちらへ向きを変えた。
右から振られた爪を避ける。
そのまま懐へ入り、刀を振り上げた。
刃が毛皮を抜けて、肉に届く。
浅く止まらない。
模造刀のままなら、ここまで通らなかったかもしれない。
魔物がよろめく。
狩犬が足へ噛みつく。
岩猿の岩が脇腹へ当たる。
迅雉が上から爪を叩き込む。
最後に俺が刀を振り下ろした。
魔物の体が光へ変わる。
「……倒せたな」
地面に魔石が落ちる。
拾い上げる。
少し大きい。
「11階だからって、いきなり無理ってわけじゃないか」
俺は周囲を見る。
まだ余裕がある。
なら、もう少し進んでもいい。
そう思った。
* * *
それから少し進んだ。
同じ魔物を、あと2体倒した。
どれも、今の俺たちなら問題なく倒せる。
狩犬も岩猿も迅雉も、動きに余裕がある。
新しい刀も使いやすい。
11階。
思っていたより、なんとかなる。
「もう少しだけ……」
そう呟いたところで、迅雉が突然大きく旋回した。
狩犬も立ち止まる。
「……どうした?」
狩犬がこちらを見る。
その直後。
遠くの草が揺れた。
1つ。
少し離れた場所でも、草が動く。
2つ。
さらに、その向こう。
3つ。
「……」
俺は刀に手をかける。
さっきまで戦ったのとは違う。
数が多い。
そして、ここは森じゃない。
さっきの魔物と同じなら、姿は草に紛れて見えない。
こちらが身を隠せる場所はない。
敵からは、こちらが丸見えだ。
俺は周囲を見回した。
その瞬間、ふと気づいた。
……俺、何をしてるんだ?
11階について、ほとんど調べていない。
他にどんな魔物が出るのか。
どれくらいの数で行動するのか。
この階の地形はどうなっているのか。
セーフエリアはどこにあるのか。
利用規則には目を通した。
魔物の名前も、情報サイトで眺めた程度には知っている。
だが、それだけだ。階ごとの詳しい情報は、何も調べていない。
なのに、ただ11階が見たかったという理由だけで、ここまで来ている。
「……」
俺は黙って刀から手を離した。
普通の俺なら、先に調べている。
4級になった。
新しい刀も届いた。
11階へ行ける。
そのことが、思っていた以上に嬉しかったらしい。
「……ちょっと浮かれてたな」
自分で言ってみると、妙に納得できた。
気づけただけ、まだいい。
狩犬を見る。
「戻ろう」
狩犬が尻尾を動かした。
岩猿も迅雉も、俺の近くへ戻ってくる。
まだ戦える。
たぶん、ここにいる魔物を倒すこともできる。
でも、それと安全に探索できることは別だ。
今の俺には情報が足りない。
「今日はここまでだ」
* * *
走りはしない。
背を向けて慌てれば、追われる。
3匹を周りに置いたまま、早足で階段の方向へ戻る。
草の揺れは、少しずつこちらへ寄ってきていた。
狩犬が何度も後ろを振り返る。
岩猿は手のひらに岩を作ったまま歩く。
迅雉が高く上がった。
しばらくして戻ってきて、短く鳴く。
……追ってはこない。
迅雉の意図が、そう伝わってきた。
草の揺れは、一定の距離から近づいてこないらしい。
それでも気を抜かず、階段まで戻る。
階段が見えてきたところで、3匹を収納した。
上には、他の探索者がいる。
階段を上がり、セーフエリアで少し休んだ。
転移結晶に触れる。
1階へ戻った。
出張管理所を出て、黒い渦を抜ける。
地上のダンジョン管理所で魔石を預け、外に出た。
スマホを見ると、通知がいくつか来ていた。
その中に、後藤からのメッセージがある。
『今日サークル来るって言ってなかった?』
「……あ」
完全に忘れていた。
情報が欲しいと言って、その場で行くと答えたばかりだった。
11階のことを考えていて、すっかり頭から抜けていた。
俺は少し悩んでから返信する。
『ごめん。完全に忘れてた』
すぐに既読がついた。
『やっぱりな。もしかしてダンジョンか?』
『うん』
『サークルより先にダンジョンかよ。まあいいけど、次の活動日また教えるから来いよ』
『分かった』
スマホをポケットへしまう。
「……気をつけないとな」
情報が欲しいと言って、その場で行くと答えた。
それなのに、その日のうちに11階へ突っ込んで、約束を忘れている。
順番が逆だ。
先に先輩たちの話を聞いておけば、あの草原のことも分かったかもしれない。
俺は駅へ向かって歩き出した。
次は、ちゃんと準備してから行こう。
そして――
「……まず、後藤に謝らないとな」




