第12話 桃太郎と探索者サークル
翌日の昼休み。
大学で昼食を済ませたところで、スマホが震えた。
『今日18時からサークルな』
後藤からだった。
「あ」
昨日のことを思い出す。
11階から戻ったあと、完全に忘れていた。
『分かった。今日は行く』
すぐに返す。
少しして、既読がついた。
『昨日みたいにダンジョン行って忘れるなよ』
『気をつける』
『その返事がもう怪しい』
思わず笑った。
昨日のことは、もう後藤にも話している。
11階に行ったこと。そこでフィールドウルフと戦ったこと。そして、途中で切り上げて戻ってきたこと。
ただ、どんな戦い方をしたかまでは話していない。
話す必要もない。
18時。
大学から少し離れた建物の一室に向かう。
探索者サークルの活動場所だった。
「お、来たな」
先に来ていた後藤が手を上げる。
部屋には10人ほどの学生が集まっていた。
テーブルにはノートパソコンや資料が並び、壁際にはダンジョンの地図が何枚か貼られている。
思っていたより普通だった。
もっと探索者らしい装備を並べているのかと思っていたが、見える範囲では大学のサークルと大差ない。
「こっち。紹介する」
後藤に呼ばれて、奥のテーブルへ向かう。
「佐々木さん。この前話してた高槻です」
「高槻くん?」
資料を見ていた女性が顔を上げた。
3年生らしい。
肩より少し長い髪を後ろでまとめていて、動きやすそうな服装をしている。派手な感じはなく、大学内を歩いていても特に目立つタイプではなさそうだった。
「初めまして。佐々木です」
「高槻桃矢です。よろしくお願いします」
「4級なんだよね?」
「はい」
「じゃあ、結構潜ってるんだ」
「最近4級になったばかりですけど」
「ああ、それなら11階に行けるようになったところか」
佐々木さんが少し考えるように首を傾ける。
「もしかして、もう11階まで行った?」
「昨日行きました」
「早いね」
佐々木さんは少し笑った。
「11階のことを調べる前に行ってしまって」
「あー、あるある。フィールドウルフに会った?」
「会いました」
「群れだった?」
「最初は1匹ずつでした。最後に何匹かまとまって出てきて」
「ああ、それならたぶん普通の動きだね」
佐々木さんはテーブルの上にあった資料を一枚取り出した。
「11階の情報、これ見たことある?」
「いや、まだです」
「じゃあ、これ持っていっていいよ」
「いいんですか?」
「サークルの資料だから。コピーもできるし」
桃矢は受け取った。
11階の簡単な地図と、確認されている魔物の一覧。
フィールドウルフの名前の横には、いくつか手書きの書き込みまである。
「これ、佐々木さんが書いたんですか?」
「一部だけ。私も4級になったばかりの頃、11階で結構苦労したから」
「苦労?」
「フィールドウルフに囲まれた」
さらっと言われた。
「……囲まれたんですか?」
「3匹くらいだと思ってたら、草の中から追加で出てきてね。逃げたけど、あれは焦った」
佐々木さんは資料の一部分を指で叩く。
「ここ。11階って見通しがいいから、こっちからも敵が見えるんだけど、向こうからも見えるんだよね」
「確かに」
「あと、草が思ったより邪魔。しゃがんでると見えないし、歩いてるとこっちが見つかる」
昨日の光景が頭に浮かんだ。
膝くらいまである草。
遠くまで見渡せる開けた場所。
そして、途中から動き始めた草。
「昨日、そこは気になりました」
「やっぱり?」
「敵がどこにいるか分からなくなると、かなり面倒でした」
俺の場合は、狩犬と迅雉のおかげで索敵範囲が広いからよかったが、普通のソロがあの状況ならかなり危険だっただろう。
「そうだよね。だったら、この辺も見ておくといいよ」
佐々木さんが別のページをめくる。
フィールドウルフ以外にも、11階以降で確認されている魔物の名前や、探索者が書いた簡単なメモが載っていた。
「品川はもう結構深いところまで攻略が進んでるダンジョンだから、資料もそれなりに溜まっててね。11階なんて、他のダンジョンなら最前線扱いされてもおかしくないくらい浅い方だよ」
「そうなんですか」
11階を出た瞬間の景色を思い出す。
あれで浅い方だとすると、この先がどうなっているのか、少し想像がつかない。
「11階って、最初の10階までとは結構違うから。敵だけじゃなくて、地形の情報もあると楽」
「……これは助かります」
桃矢は資料をめくった。
昨日、自分がほとんど見ていなかった情報が普通に載っている。
フィールドウルフの群れ。
草地での遭遇例。
遠距離から近づいてくる個体がいた場合の注意。
読めば読むほど、昨日の自分が思っていた以上に何も知らなかったのが分かる。
「ちなみに、佐々木さんって3級なんですよね?」
後藤が横から聞いた。
「そう。今3級」
「このサークルって3級の人も結構いるんですか?」
つい気になって俺も質問する。
「何人かいるよ。探索部のほうにはもっといるけどね」
佐々木さんはそう言って、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「探索部って、そんなに違うんですか?」
「結構違うかな。あっちは本気で稼ぎたい人とか、卒業後に探索者を仕事にしたい人が多いから」
「後藤はそっちじゃないんだな」
「俺は普通に大学生活したいからな」
後藤が即答した。
「探索もしたいけど、大学まで来て探索だけってのも違うだろ」
「それは分かる」
桃矢も頷く。
「それに、探索部って結構ピリついてるらしいしな。俺みたいな中途半端な気持ちのやつは絶対浮くだろうし」
そうなのか。
まあ、大学に来たのだから、授業も受けるし、友達とも遊ぶ。俺も探索だけをするつもりはない。
もっとも、昨日はダンジョンを優先してサークルを忘れたわけだが。
「高槻くんは?」
「俺も普通に大学生活をするつもりです」
「なら、このサークルくらいがちょうどいいと思う」
佐々木さんはそう言って、資料を一枚追加した。
「ここ、最近の11階の情報。誰かが更新してくれてるから、古い資料よりこっち見たほうがいい」
「ありがとうございます」
「あと、4級なら10階まで戻るときは転移結晶使えるよね?」
「はい」
「じゃあ、無理だと思ったら戻ればいいよ。品川は深くまで潜ってる人も多いけど、無理する意味はないから。特に4級のうちは」
それだけ言って、佐々木さんは別の学生から呼ばれた。
「佐々木さん、これってどこに貼ります?」
「あ、それはこっち」
すぐにそちらへ向かっていく。
桃矢は手元の資料に目を落とした。
さっきまでの話を思い返す。
説教されたわけではない。
ただ、自分が知らなかったことを知っている人から聞けた。
それだけだった。
「どう?」
後藤が隣から聞いてくる。
「結構いいな、ここ」
「だろ?」
「昨日来てればよかった」
「だから言っただろ」
「昨日は……」
「ダンジョン行ってたんだろ」
「うん」
即答すると、後藤が呆れた顔をした。
「お前、分かりやすいな」
「何が?」
「ダンジョンの話になると、それまでよりちょっと楽しそう」
「そうか?」
「そうだよ」
桃矢は少し考えた。
「……まあ、嫌いじゃないからな」
「知ってる」
後藤は笑いながら、机の上の資料を片付け始めた。
「でも今日は忘れんなよ」
「何を?」
「この後、みんなで飯行くって話」
「知ってる。聞いてる」
「知ってるのかよ」
後藤が意外そうな顔をした。
「昨日の今日だぞ。さすがに覚えてる」
「まあ、それもそうか」
後藤は納得したように頷いた。
桃矢は手元の資料をバッグにしまう。
11階の情報は、帰ってからもう一度読むことにした。
このところ、ダンジョンにばかり気を取られていた自覚はある。
今日くらいは、ちゃんと大学の方を優先しよう。




