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第6話 桃太郎と大学生活

  品川ダンジョンを初めて攻略してから、何度か同じ場所へ通った。


 大学の入学式までは、まだ少し時間があったからだ。


 品川ダンジョンは吉備ダンジョンより探索者が多い。その分、魔物の討伐も盛んで、同じ階層でも時間帯によって遭遇する魔物の数が違うこともあった。


 それでも、俺にとっては都合がいい。


 3匹との連携を試しながら、東京の魔物や素材についても知ることができる。


 桃犬は敵の位置を見つけるのが早くなった。


 桃猿は投げる石の威力と命中率が上がっている。


 桃雉は空から周囲を確認しながら、隙を見つけて攻撃するようになった。


 俺自身も戦闘を重ねることで、少しずつ刀の扱いに慣れていく。


 ただ、3匹のレベルは人間よりも明らかに上がりやすかった。


 その一方で、レベルアップによる身体能力の伸びは人間ほど大きくない。


 戦闘を繰り返すうちに、その違いもなんとなく分かってきた。


 そして数日後。


 3匹のレベルは、全員Lv.9になった。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━


【三獣情報】

 桃犬:Lv.9

 桃猿:Lv.9

 桃雉:Lv.9


 ━━━━━━━━━━━━━━━━


 そこから、ぱったりとレベルが上がらなくなった。


 それまでと同じように魔物を倒している。


 それでも、3匹ともLv.9のままだ。


「……ここから先は、簡単には上がらないのか」


 何度か戦闘を重ねても変化はない。


 経験値が足りないのか、それとも別の条件があるのか。


 俺にもまだ分からなかった。


 * * *


 ある日、大学の資料を読んでいると、桃犬が玄関の近くでじっとこちらを見ていた。


「……ダンジョン行きたいのか?」


 桃犬が耳を動かす。


 桃猿もこちらを振り返り、桃雉は窓際から飛び降りた。


「そんなに気になるか」


 3匹とも、何かを感じ取っているらしい。


 俺も少し気になったので、スマートフォンを取り出した。


 検索するのは、召喚士。


 俺自身は桃太郎だが、他の召喚系ジョブについて調べれば何か分かるかもしれない。


 召喚獣。


 使役魔物。


 従魔。


 魔物の成長。


 進化。


 いくつかの検索結果を眺めていく。


「……やっぱり、進化ってあるんだな」


 魔物の中には、一定の条件を満たすことで種族が変化するものがいる。


 それを進化と呼ぶらしい。


 ただし、すべての魔物が進化するわけではない。


 条件も種族によって違う。


 レベルが条件になる場合もあれば、特定の場所や素材、スキルなどが関係する場合もある。


「Lv.10が条件になってる魔物もいるのか」


 確定ではない。


 ただ、3匹がLv.9で止まっていることを考えると、可能性はありそうだった。


 * * *


 そして、入学式の日が来た。


 東都明成大学。


 俺がこれから4年間通う場所だ。


 キャンパスには、新入生らしい学生が大量に集まっていた。


「人、多いな……」


 品川ダンジョンとは別の意味で疲れる。


 案内に従って会場へ向かい、入学式に参加する。


 学長の話。


 来賓の話。


 新入生代表の挨拶。


 どこか現実味がないまま、時間だけが過ぎていった。


 式が終わると、周囲では早くも学生同士が話し始めていた。


 俺も何人かと軽く言葉を交わした。


 まだ名前を覚えた程度だ。


 大学に入ったばかりなんだから、これから少しずつ慣れていけばいい。


 そう思っていた。


 * * *


 翌日。


 今日は経済学科のオリエンテーションだ。


 教室に入ると、昨日よりも少しだけ緊張が少ない。


 席に座っていると、隣の男がこちらを向いた。


「なあ、これって最初に何か書くんだっけ?」


「たぶん履修登録の希望とかじゃないか?」


 男が手元の資料を確認する。


「あ、本当だ。助かった」


「俺もさっき見ただけだけどな」


「いや、それでも助かるわ。俺、こういうの読むの苦手なんだよ」


 男が笑う。


「俺、後藤。よろしくね」


「俺は高槻。よろしく」


 後藤は机の上の資料を眺める。


「やっぱ大学って俺よりはちゃんとしてそうな人しかいないわ」


「そんなことないって」


「いや、高槻なんか特に落ち着いてるよな。実は昨日の入学式から思ってた。」


「ただ緊張してただけだよ」


「それなら俺と一緒じゃん」


 しばらく話していると、自然と出身地の話になった。


「高槻って岡山出身なんだ?」


「うん。吉備の方」


「へえ。じゃあ、あの吉備ダンジョンの近く?」


「そう。結構有名だから、知ってるか」


「知ってる知ってる。探索者やってるなら、有名なダンジョンは一通り行ってみたいわ」


「吉備ダンジョンは広いし、観光地みたいな場所もあるからな」


「観光地?」


「鬼門っていう大きな門があるんだよ。結構有名」


「へえ。ダンジョンの中にそんな観光地があるのか」


「最初は俺も変な感じしたけどな」


 自分でも少し懐かしくなって、笑う。


「岡山って、やっぱり桃太郎のイメージ強い?」


「かなり強いと思う。駅前にも銅像あるし、土産物も多い」


「やっぱりか」


 後藤が楽しそうに笑った。


「じゃあ高槻も子供の頃から桃太郎には詳しい?」


「詳しいってほどじゃないけど、身近ではあったな」


 桃太郎。


 つい先日まで、ただの昔話だった名前だ。今は、それが自分のジョブ名になっている。


 でも、わざわざ人に話す必要はない。


 そんなことを考えているうちに、オリエンテーションが始まった。


 学科の授業についての説明。


 必修科目と選択科目。


 履修登録の方法。


 ゼミについての説明。


 これから4年間、自分が学んでいく内容を聞いていると、ようやく大学に来た実感が湧いてきた。


 ダンジョンとは関係のない話だ。


 俺は普通に大学へ通って、授業を受けて、単位を取って、卒業する。


 そのために東京まで来た。


 休憩時間になると、後藤がこちらを向いた。


「高槻、部活かサークル入る?」


「まだ決めてない。後藤は?」


「俺も。高校のときは部活やってたけど、大学ではちょっとゆっくりしたいなー」


「分かる。大学くらい自由にしたいよな」


「お、珍しく意見合ったな」


「そんなに?」


「いや、なんとなく」


 後藤は笑いながら、机の上の部活とサークルの紹介資料を指で叩いた。


「でも、せっかくだし何か入るかもしれない。友達も作りたいし」


「それならサークルはいいかもな」


「高槻も入ろうぜ」


「まぁ考えとくよ」


 少し話したところで、後藤がふと思い出したように言った。


「そういや高槻って、探索者なんだな」


「……なんで分かった?」


「さっき学生証をしまってる時に探索者証も見えたからな」


「あー、そういうことか」


「何級?」


「準4級」


「準4級?」


 後藤が少し驚いた顔をする。


「結構やってるじゃん」


「15歳からちょこちょこやってたから」


「なるほど。俺は5級。高校1年のときに取った」


「じゃあ、探索者になったのは同じくらいの時期だな」


「いや、級は俺の方が下だけどな」


「それもそうか」


 2人で笑う。


「じゃあさ、ダンジョン今度一緒に行かない?」


「いいな。予定が合えば」


「お、じゃあ連絡先交換しとこうぜ」


「ああ、もちろん」


 スマートフォンを取り出し、連絡先を交換する。


「じゃあ、今度ほんとに行こうな」


「うん。予定が合えば」


「そこは『行こう』でいいだろ」


「いや、大学始まったばっかりだし予定が全くわからんからな」


「確かに。それもそうだな」


 後藤が笑った。


 オリエンテーションは昼過ぎに終わった。


「じゃあな、高槻。また明日」


「また明日」


 後藤と別れて、俺は大学を出た。


 駅へ向かいながら、今日のことを思い返す。


 履修登録。


 授業。


 サークル。


 後藤との会話。


 これから始まる大学生活。


 東京まで来たんだから、まずはこっちを大事にしたい。


 そう思っていた。


 ――なのに。


「……次にダンジョン行くなら、どのくらい潜ろうかな」


 ふと、そんなことを考えていた。


 自分でも少し驚いた。


 大学生活のことを考えていたはずなのに、いつの間にかダンジョンの話になっている。


 さらに考えてみれば、ここ数日もそうだった。


 授業のことより、3匹のレベル。


 東京の生活より、品川ダンジョンの魔物。


 そして今は、進化の条件。


「……なんだこれ」


 思わず苦笑する。


 別に、探索者になるために東京へ来たわけじゃない。


 普通に大学へ通って、普通に学生生活を送るつもりだった。


 なのに、桃太郎になってからというもの、どうにもダンジョンのことが頭から離れない。


「……まあ、考えたって仕方ないか」


 今はまだ、大学に入ったばかりだ。


 授業も始まっていない。


 まずは大学生活に慣れること。


 ダンジョンは、その後でもいい。


 そう考えながら歩いていると、スマートフォンが震えた。


 見ると、さっき交換したばかりの後藤からメッセージが届いていた。


『今日はありがとな。明日からよろしく!』


「……こういうの、大学生っぽいな」


 少し笑って、返信する。


『こちらこそ。よろしく』


 スマートフォンをポケットにしまう。


 大学生活は、まだ始まったばかりだ。


 ただ、頭の片隅には相変わらず、3匹とダンジョンのことが残っていた。


 それが少しだけ気になりながらも、俺は駅へ向かって歩いた。


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