第5話 桃太郎と品川ダンジョン
東京での生活が始まって、まだ数日。大学の入学式までは、もう少し時間がある。
「ダンジョン、行くか」
朝食を済ませ、俺は部屋を出た。
住んでいるのは立川市錦町。立川駅から歩いて10分ほどの場所にある、大学生向けの1Kアパートだ。俺が通う東都明成大学も立川市内にあり、自転車なら20分もかからない。大学が始まれば、授業とダンジョン探索を両立することになる。そのためにも、まずは東京のダンジョンがどんな場所なのか知っておきたかった。
俺は駅へ向かい、電車に乗った。
* * *
立川駅から電車を乗り継ぎ、品川駅へ。
そこから少し歩いた先に、品川ダンジョンの管理施設が見えてきた。
「……デカいな」
吉備ダンジョンの管理所とは、明らかに規模が違う。
ダンジョンの入り口そのものは吉備と同じく、黒い渦のはずだ。ただ、その周囲には大きな管理施設が建てられていて、朝から多くの探索者が出入りしている。武器ケースを持った人、大きなリュックを背負った人、複数人で集まって話している人。明らかに俺より年下に見える探索者もいれば、ベテランらしい雰囲気の人間もいる。
吉備ダンジョンでは、あまり見慣れなかった光景だ。
「……さすが東京」
俺は人の流れに混ざり、ダンジョン管理所へ入った。
まずは活動場所の登録だ。探索者は自由にどのダンジョンへでも潜れるわけじゃない。普段利用するダンジョンを登録しておき、別のダンジョンを継続的に利用する場合は、そのダンジョンの管理所で登録を変更する必要がある。
受付で探索者証を提示すると、すぐに確認が始まった。
「高槻桃矢さん。準4級ですね」
「はい」
「活動場所の変更でよろしいですか?」
「お願いします」
受付の女性が探索者証を確認する。
「品川ダンジョンは初めてですか?」
「はい」
「それでしたら、いくつかお伝えしておきますね」
女性は端末を操作しながら続けた。
「現在のランクですと、活動可能なのは10階までです。ただ、品川ダンジョンは3階以降でオークが出現することで知られています。オーク自体はそこまで珍しい魔物ではありませんが、ゴブリンなどと比べるとかなり危険ですので、遭遇した場合は十分に注意してください」
「分かりました」
「それと……高槻さんはソロですか?」
「はい」
受付の女性が、少しだけ俺を見る。
「準4級でソロなら、無理はしない方がいいですよ。危険を感じたら、階段付近のセーフエリアまで戻ってください」
「分かりました」
「では、活動場所を品川ダンジョンに変更しますね」
手続きが終わり、探索者証が返ってくる。
「ありがとうございます」
俺は探索者証を受け取って受付を離れた。
3階以降にオーク。
それだけ覚えておけばいい。
俺はダンジョンの入口へ向かった。
* * *
黒い渦に入る前に、俺は一度だけ周囲を確認した。
人は多い。
さすがにここで桃犬たちを出すわけにはいかない。
俺が身につけているのは、模造刀とプロテクターだけだ。
余計な荷物を持ってきたわけじゃない。必要なものがあれば、その都度判断すればいい。
俺は黒い渦へ足を踏み入れた。
一瞬、視界が揺れる。
黒い渦を抜ける。
目の前に広がっていたのは、木々の生い茂る森林だった。
「……吉備と同じか」
思わず声が出た。
地面には草が生え、少し離れた場所には太い木が何本も立っている。見上げれば木々の隙間から空が見えるし、風が吹けば葉が揺れる。
東京の都会にあるダンジョンだから、もう少し人工物が残っているような場所を想像していた。でも、実際に入ってみれば街の景色はどこにもない。
吉備ダンジョンで何度も見てきたような、普通の森林。
違うのは、ここが品川だということくらいだった。
俺は少し移動する。周囲を『気配感知』で確認し、人の姿がないことを確かめる。
「三獣招来」
3匹が現れた。
桃犬はすぐに周囲の匂いを嗅ぎ始め、桃雉は上空へ飛び上がった。桃猿は地面に落ちている石を拾い、いつでも投げられるように構える。
それぞれ、もう自分の役割を理解しているらしい。
直後、桃犬が足を止めた。
上空にいる桃雉も、こちらへ視線を向ける。
何かいる。
俺も刀に手をかけた。
木々の向こうから、緑色の肌をした魔物が姿を現した。
ゴブリン。
数は4体。
「4匹か」
俺が呟いた瞬間、桃犬が飛び出した。
正面から向かっていたゴブリンの横をすり抜け、その足へ噛みつく。
「ギッ!」
体勢を崩したところへ、桃猿が石を投げた。石がゴブリンの肩へ直撃する。
その隙に俺は踏み込んだ。
右上から左下へ。
刀を斜めに振り下ろす。
ゴブリンの胸元を切り裂いた。
魔物の体が光へ変わっていく。
「1匹」
残った3匹がこちらへ向いた。
だが、そのうち1匹の頭上を桃雉が通過する。翼を広げて急降下し、爪を叩き込まれたゴブリンがよろめく。
俺はその横を通り抜けながら、刀を右から左へ横薙ぎに振った。
首元を狙った一撃が入る。
2匹目が消えた。
残り2匹。
そのうち1匹が桃犬へ棍棒を振り下ろした。
桃犬が横へ跳ぶ。
振り下ろされた棍棒が地面を叩いた瞬間、桃猿が石を投げる。
石がゴブリンの腕に当たった。
動きが止まる。
その隙に俺が踏み込んだ。
桃犬が左。
桃猿が右。
桃雉が上。
俺は正面。
気づけば、4方向からゴブリンを囲む形になっていた。
……やっぱり妙だ。
3匹とは、言葉を交わしていない。
それなのに、次に何をすればいいのかが何となく分かる。
三獣招来の効果なのか。
それとも、単純に何度も一緒に戦ってきたからなのか。
今のところ、判断はつかない。
まあ、使えるなら問題ない。
俺はゴブリンの棍棒をかわし、刀を下から上へ振り上げた。
腹から胸元へ、斜めに切り上げる。
残った1匹には、桃猿の投げた石が直撃した。
よろめいたところへ桃雉が急降下する。
さらに桃犬が足へ噛みついた。
倒れたゴブリンの首元へ、俺は刀を振り下ろした。
光が弾ける。
静かになった。
* * *
地面には魔石が4つ転がっていた。
それと、ゴブリンの牙がいくつか。
「……これも素材か」
拾い上げて確認する。
魔石はもちろん、牙や皮などの素材も買い取ってもらえる。
少し進んだ場所では、緑色の葉をつけた植物も見つけた。
「薬草か」
ダンジョン内に自生する植物の中には、薬の材料になるものがある。吉備でも何度か採取したことがある。
俺は持ち帰れそうな少量の素材だけを採取した。
せっかく東京まで来たんだ。
魔石だけ集めて帰るつもりはない。
その後も何度か魔物と遭遇した。
ゴブリン。
レッサーウルフ。
吉備では見たことのない魔物もいた。
俺は魔物を倒しながら、少しずつ奥へ進んでいく。
しばらくすると、開けた場所に出た。
そこには複数の探索者がいた。
「……ここがセーフエリアか」
魔物の姿はない。
探索者たちは休憩したり、食事を取ったり、装備を確認したりしている。その奥には、下へ続く階段があった。
どうやら、階段の周辺は安全に休める場所になっているらしい。
俺は少し休んでから、階段を下りた。
* * *
3階。
空気が少し違う。
俺は慎重に周囲を見回した。
受付で言われた言葉を思い出す。
――3階以降では、オークが出る。
桃犬が低く唸った。
「……いるな」
桃雉が上空へ飛ぶ。
少しして、木々の向こうから大きな影が現れた。
「……これがオークか」
ゴブリンより一回り以上大きな体。
太い腕。
そして、その手には丸太のような棍棒が握られている。
オークがこちらを見る。
次の瞬間、地面を蹴って突っ込んできた。
速い。
巨体からは想像できない速度だった。
振り下ろされた棍棒を、俺は横へ飛んでかわす。
ドンッ!
地面が大きくえぐれた。
「……まともに受けたらまずいな」
桃犬がオークの横へ回り込む。
その足へ噛みつこうとした瞬間、オークが腕を振った。
桃犬が後ろへ跳ぶ。
そこへ桃猿が石を投げた。
石がオークの額に当たる。
「グオッ!」
一瞬、オークの動きが止まる。
桃雉がその隙を逃さなかった。
上空から急降下し、顔へ爪を叩き込む。
オークが腕を振り回す。
桃雉は翼を広げて上昇し、攻撃をかわした。
俺はその間に距離を詰める。
オークの右腕が棍棒を振り上げる。
その懐へ入った。
右足を踏み込み、刀を下から上へ振り抜く。
腹から胸へ、斜めに切り上げる。
「グォォッ!」
血が飛ぶ。
それでもオークは倒れない。
棍棒が横薙ぎに振られた。
俺は身を低くしてかわす。
頭上を棍棒が通り過ぎた。
「……硬いな」
一撃では仕留められない。
なら、削る。
オークが再び振り返る。
その足元へ桃犬が飛び込んだ。
牙がふくらはぎへ食い込む。
「グッ……!」
オークが桃犬を振り払おうとする。
だが、その瞬間には桃猿が石を投げていた。
ゴッ!
今度は膝に直撃する。
オークの体がわずかに沈んだ。
俺は走る。
桃雉が上空から降りてくる。
桃犬が離れる。
桃猿が次の石を構える。
それぞれが別の方向からオークを崩していく。
俺はその隙を使う。
オークの正面へ入る。
オークが棍棒を振り上げる。
その腕が伸び切る前に、俺は刀を振った。
左上から右下へ。
斜めに振り下ろした刃が、肩口から胸へ食い込む。
「グ、オ……」
オークがよろめく。
そこへ桃雉が顔面へ急降下する。
オークが顔を覆った。
その隙に桃犬が足へ噛みつく。
桃猿の石が脇腹へ叩き込まれた。
体勢が崩れる。
俺は一歩踏み込んだ。
刀を頭上へ振り上げる。
そして、そのまま真っ直ぐ振り下ろした。
刃が頭部へ食い込む。
オークの体が大きく揺れた。
次の瞬間、その巨体が光へ変わった。
地面に魔石が1つ落ちる。
そして、もう1つ。
少し大きめの魔石だった。
「……倒したか」
俺は息を整えながら刀を下ろす。
桃犬がこちらを見る。
桃猿はさっそく次の石を探している。
桃雉は上空を一周してから、俺の近くへ戻ってきた。
3匹を見る。
まだLv.4。
それでも、吉備で戦っていた頃より明らかに動きが良くなっている。
そして何より、この連携だ。
俺が動けば、3匹も動く。
3匹が動けば、俺も次の手を選べる。
戦いやすい。
それだけでも、十分な価値がある。
俺は地面に落ちた魔石を拾った。
「……東京、悪くないな」
まだまだ知らないものが多い。
なら、しばらくここで試してみるのも悪くない。
俺は3匹を連れて、来た道を戻り始めた。
東京でのダンジョン探索。
思っていたより、退屈はしなさそうだった。




