第4話 桃太郎と上京
――そして、俺は吉備ダンジョンを後にした。
東京へ行く。
……とはいえ、その数日後、俺はまた吉備ダンジョンに来ていた。
別に東京へ行くのをやめたわけじゃない。引っ越しまで少し時間があるし、その間にもう少しだけ桃太郎の力を試しておきたかった。
ダンジョンの入口に浮かぶ黒い渦を抜ける。その先には、見慣れた森林が広がっていた。
それから数日、俺は何度か吉備ダンジョンへ通った。桃犬、桃猿、桃雉を連れて森を歩き、魔物を倒す。最初の頃と比べると、3匹との連携もかなり自然になってきた。
俺が指示を出さなくても、桃犬が敵の足を止め、桃雉が上空から隙を作り、その間に桃猿が石を投げる。そこへ俺が刀を振る。そんな流れが、いつの間にか当たり前になっていた。
戦闘を繰り返すうちに、3匹のレベルも上がっていく。
そして、東京へ向かう前日。俺は最後の確認としてステータスを開いた。
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【三獣情報】
桃犬:Lv.4
桃猿:Lv.4
桃雉:Lv.4
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3匹とも、Lv.4。
十分とは言えないだろうが、最初の頃とは比べ物にならない。
「まあ、こんなもんか」
来週には東京へ向かう。大学生の間は向こうのダンジョンを中心に探索することになるだろう。
そう思いながら、俺は吉備ダンジョンを後にした。
* * *
そして、東京へ向かう日が来た。俺は新幹線の座席に座っていた。窓の外を流れていく景色を眺めながら、これから始まる東京での生活について考える。
ダンジョンがこの世界に現れてから、およそ50年。
最初の頃は突然現れたダンジョンと、そこから出てくる魔物によって、各地で大きな混乱が起きたらしい。けれど、人間側も時間をかけて対応を進めていった。ダンジョンの管理体制が整えられ、探索者という職業が生まれ、今では、魔物を倒してその数を抑え、スタンピードを防ぐ探索者は、社会に必要な存在として扱われている。
俺が15歳のときに初めてダンジョンへ入り、ステータスを確認したのも、ごく普通のことだった。保護者の同意があれば、危険の少ない浅いダンジョンへ入ることができる。そういう制度が当たり前になっているくらいには、ダンジョンは社会に定着していた。
ダンジョンの出現によって変わったものは多い。探索者という職業が生まれたこともそうだし、魔物から得られる素材や、ダンジョン内で採取できる資源を利用する産業も大きく発展した。
魔石は、その代表だ。
魔石は重要なエネルギー資源として利用されていて、発電などにも使われている。魔物からは食用になる肉が手に入ることもあるし、皮や骨、牙、爪といった素材がドロップすることもある。それらは武器や防具、特殊な道具を作るための材料として利用される。
さらに、ダンジョン内には、外ではほとんど見られない植物も自生している。薬草として利用できるものもあり、採取された薬草から薬が作られることも珍しくない。
魔石をエネルギーに。魔物の素材を武器や防具に。食料や薬に使えるものまで手に入る。危険な場所ではあるが、それだけダンジョンが生み出す資源には大きな価値がある。
もちろん、ダンジョンが現れたことで社会のすべてが変わったわけじゃない。50年経った今も、電車や車は走っているし、スマートフォンも使われている。コンビニや大学だって普通にある。ダンジョンに関係のない人間にとっては、昔から続いている生活の形がそのまま残っている部分も多い。
変わったものと、変わらなかったもの。
その両方を抱えたまま、この世界は50年かけて今の形になった。
「……東京か」
窓の外を見る。
これから俺が暮らす街だ。
吉備よりも人が多く、ダンジョンも多い。探索者の数も、それだけ多いはずだ。
今まで知らなかった魔物や素材、そして桃太郎としての力を試せる場所も、きっとある。
* * *
東京駅に着いた。
人が多い。
吉備で暮らしていた俺からすると、それだけで少し疲れる。
東京駅から乗り継いで、事前に契約していたアパートへ向かった。大学の入学式までは、まだ2週間ほどある。荷物を部屋へ運び込み、最低限の家具を確認する。
そして、俺は探索者用の武器ケースを開いた。中には、今まで使ってきた模造刀が入っている。探索者がダンジョンへ持ち込む武器を収納するための専用品で、ダンジョン庁が認めたものなら、登録した探索者が購入できる。
今のところ、俺が持っている武器はこれだけだ。
「さて……」
荷解きを一通り終える。
そして、ふと思った。
部屋の中なら、人目を気にする必要もない。
ここなら、出しても問題ないよな。
俺はスキルを発動する。
「三獣招来」
次の瞬間、部屋の中に3つの気配が現れた。
桃犬。
桃猿。
桃雉。
桃犬はすぐに部屋の匂いを嗅ぎ始め、桃猿は家具を珍しそうに眺めている。桃雉は窓際まで歩いていき、外の景色をじっと見ていた。
「お前らも今日からここだからな」
3匹がこちらを見る。
「勝手に外へ出るなよ」
言葉が通じているのかは分からない。ただ、3匹とも大人しくしている。
俺はその様子を眺めながら、少しだけ苦笑した。
「俺、刀士だったんだけどな……」
これじゃ完全に召喚士みたいだ。まあ、刀も使えるから完全に間違いというわけでもない。
そんなことを考えながら、俺はスマートフォンを取り出した。東京のダンジョンについて調べる。
数が多い。規模も吉備ダンジョンとは比べ物にならないものがあるらしい。探索者向けの情報サイトには、各ダンジョンの推奨ランクや出現する魔物、採取できる素材などがまとめられていた。
「……へえ」
知らない魔物の名前。
知らない素材。
そして、知らないダンジョン。
見ているだけでも少し楽しくなってくる。
画面には、巨大な施設の中に黒い渦が浮かんでいる写真が表示されていた。
「……明日、行ってみるか」
そう呟くと、桃犬がこちらを見る。桃猿も顔を上げ、桃雉も窓から振り返った。
3匹とも、妙にやる気があるように見えた。
大学の入学式まで、あと2週間。
東京での生活は、大学より先にダンジョンから始まりそうだった。




