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第3話 桃太郎と集団戦

 鬼門を抜けてから、しばらく森の中を進んでいた。


 桃矢は刀を腰に差したまま、前を歩く桃犬の背中を眺めていた。少し後ろでは桃猿が周囲の木々を見回し、頭上では桃雉が木々の間を縫うように飛んでいる。3匹とも、桃矢から離れすぎることはない。


 そのときだった。


 桃犬が突然、足を止めた。


 耳がぴくりと動き、鼻を地面へ近づける。


「……何かいるのか?」


 桃矢がそう呟いた直後、桃雉が頭上で短く鳴いた。


 同時に、前方の木々の間から緑色の影が飛び出してくる。


 1体。


 続いて、2体、3体。


 さらにその後ろから、次々とゴブリンが姿を現した。


「……6体か」


 全員が粗末な武器を手にしている。棍棒を持つものが3体、短い刃物を持つものが2体。そして最後尾には、少し大きな個体が1体いた。


 桃矢は刀の柄に手を添える。


 6体。


 数だけなら、1人で相手にするのは少し面倒だ。


 だが――今は1人ではない。


「桃犬」


 名前を呼んだだけだった。


 それだけで桃犬が前へ飛び出した。


「……え?」


 桃矢が声を漏らす。


 桃犬はゴブリンの群れへ真っ直ぐ突っ込むことはせず、横へ大きく回り込んだ。先頭のゴブリンがそれを追って身体を向ける。


 その瞬間。


 桃猿が地面から拳ほどの石を拾い上げ、腕を大きく振った。


 ヒュッ、と風を切って石が飛ぶ。


 狙いは、桃犬を追っていたゴブリン。


 石が肩に直撃し、ゴブリンがよろめく。


 その隙に桃犬が懐へ潜り込み、脚へ噛みついた。


「……連携してる?」


 桃矢は思わず呟いた。


 だが、そんなことを考えている暇はなかった。


 別のゴブリンが桃矢へ向かって走ってくる。


 桃矢は半歩だけ横へずれた。


 振り下ろされた棍棒が目の前を通り過ぎる。


 そのまま身体を捻り、右上から左下へ。


 刀を斜めに振り下ろす。


 刃がゴブリンの肩口を捉え、そのまま胴へ抜けた。


 ゴブリンが倒れる。


「……重くない」


 刀を返しながら、桃矢は思った。


 以前なら、この一撃でここまで簡単にはいかなかっただろう。


 身体強化 Lv.4。


 そして、刀術 Lv.5。


 桃太郎へジョブチェンジしたことで、刀術のレベルまで上がっている。


 その実感があった。


 だが、今はそれ以上に気になることがある。


 左から気配。


 桃矢が振り向くより先に、桃雉が急降下した。


 ゴブリンの顔の前を翼が掠める。


 ゴブリンが反射的に顔を覆った。


 その隙を見逃さない。


 桃矢は踏み込み、刀を右から左へ水平に振った。


 横薙ぎ。


 刃がゴブリンの胴を捉え、敵がその場に崩れ落ちる。


「……またか」


 桃雉が何をしようとしているのか、分かった。


 いや。


 正確には、桃雉の意図が伝わってきた。


 言葉ではない。


 声が聞こえたわけでもない。


 ただ、桃雉が「こいつの動きを止める」と考えていることが、感覚的に分かったのだ。


 桃矢が桃雉を見る。


 桃雉も桃矢を見る。


 それだけだった。


「……妙だな」


 その間にも戦いは続いていた。


 桃犬が1体を引きつけ、森の中を駆け回っている。


 桃猿は新しい石を拾った。


 桃矢は、何となく思った。


 ――今だ。


 直後、石が飛んだ。


 狙いは桃犬を追っていたゴブリンではない。


 その後ろにいた、別の1体。


 石が頭に当たり、ゴブリンが怯む。


 桃犬が振り返る。


 そのまま一気に距離を詰め、脚へ噛みついた。


 倒れたところへ桃矢が駆け込む。


 刀を両手で握り、上段から真っ直ぐ振り下ろした。


 最後の大きなゴブリンが棍棒を振り上げる。


 桃矢は真正面から受けず、身体を左へずらした。


 棍棒が空を切る。


 その懐へ入り込み、刀を下から上へ振り上げる。


 斬り上げ。


 ゴブリンが怯んだところへ、桃猿の石が飛んできた。


 そして桃雉が背後から急降下する。


 ゴブリンの動きが止まった。


 桃矢はその瞬間を逃さない。


 右足を踏み込み、刀を左上から右下へ、袈裟懸けに振り下ろす。


 最後のゴブリンが倒れた。


 静かになった森に、荒い息だけが残る。


「……終わったか」


 桃矢は刀を振って血を払い、鞘へ戻した。


 すると、倒れていたゴブリンの身体が光の粒へ変わっていく。


 やがてそこには、いくつかの魔石だけが残った。


 桃矢はそれを拾い上げる。


 そして、改めて3匹を見る。


 桃犬。


 桃猿。


 桃雉。


「お前ら……」


 桃矢は少し考えた。


「強いな」


 3匹がそれぞれ違う方向を向いていた。


 だが、桃矢には何となく分かる。


 褒められていることを喜んでいる。


 そんな気がした。


 普通なら、こんなことができるはずがない。


 魔物と人間。


 しかも出会ったばかりだ。


 それなのに、言葉を交わすこともなく、互いに何をすべきか理解していた。


「三獣招来の効果……なのか?」


 答えは返ってこない。


 もちろん、桃犬たちが喋るわけでもない。


 ただ、桃矢が「右」と思えば桃犬が動き、「今だ」と思えば桃猿が石を投げる。


 まるで、最初から一緒に戦っていたかのようだった。


 桃矢は少しだけ考えた後、深く追及するのをやめた。


 分からないものは、使っているうちに分かる。


 それよりも、気になることがあった。


「桃太郎、か……」


 鬼門を抜けたことで変わったジョブ。


 15歳からずっと刀士だった。


 それが、18歳になった今になって突然、桃太郎になった。


 しかも、犬、猿、雉を従える能力まで持っている。


 偶然にしては出来すぎている。


 しかし、それを誰かに話すつもりはなかった。


 桃太郎というジョブについて公表すれば、当然ながら調査しようとする人間は出てくるだろう。


 ダンジョン探索管理庁。


 研究機関。


 大学や企業。


 場合によっては、もっと面倒な連中。


 15歳で『刀士』になったとき、ジョブやスキルについては登録している。


 もし18歳になって突然ジョブが『桃太郎』へ変わったと知られれば、どうなるか分からない。ジョブがレベル上限に達して進化することはあっても、全く別のジョブに変わるなんて聞いたこともない。


 それに、桃矢自身も分かっている。


 戦闘能力を持つジョブ。


 それに加えて、複数の魔物を従える召喚系の能力。


「……珍しいなんてもんじゃないだろ」


 これほど都合のいい組み合わせが、そこら中に存在するとは思えない。


 だったら、自分から情報を渡す必要はない。


 幸い、探索者にはランク制度がある。


 5級から始まり、準4級、4級、準3級、3級、準2級、2級、準1級、1級と上がっていき、さらにその上には特級がある。討伐実績や魔石・素材の納品、ダンジョンでの到達階層などによってランクは上がっていく。


 3級からは多くの権利や権限が与えられ、いわゆるプロ探索者として扱われる。そして、準3級から3級へ昇格するときには、ステータスの再登録が義務付けられている。


 逆に言えば、準3級までは、自分から再登録を申し込まない限り、15歳での登録時のステータスがそのまま残る。

 

 桃矢はまだプロを目指しているわけではない。大学へ進学する。探索者は、その合間にやるつもりだ。


 ならば。


「それまでは、黙っておけばいいか」


 桃矢はそう結論づけた。


 わざわざ自分から面倒事を背負う必要はない。


 桃太郎というジョブについて知られるのは、本当に必要になってからでいい。


「そろそろ帰るか」


 桃矢がそう言うと、桃犬が立ち上がった。


 桃猿も腰を上げ、桃雉が頭上を旋回する。


 3匹とも、桃矢の言葉を理解しているように見えた。


「……まあ、そういうことなんだろうな」


 桃矢は苦笑する。


 そのまま4人で森の中を戻っていく。


 しばらく歩いたところで、木々の隙間から巨大な鬼門が見え始めた。


 その瞬間、桃矢は足を止めた。


 鬼門の周辺には、観光客の姿が見える。


 写真を撮っている者もいれば、門を眺めながら話している者もいる。


「……やっぱり人がいるか」


 ここから先は、3匹を連れて歩くわけにはいかない。


 桃矢は周囲を見回す。


 まだ森の中だ。


 鬼門からはこちらの姿が木々に遮られている。


「お前ら、ここまでだ」


 桃犬、桃猿、桃雉を見る。


 少し寂しそうにしているようにも見えた。


 だが、桃矢が三獣招来を意識すると、3匹の身体が淡い光に包まれる。


 桃犬が消える。


 続いて桃猿。


 最後に桃雉が光となって消えた。


 森の中に、桃矢1人だけが残る。


「……便利だな、これ」


 これなら人目を気にする必要もない。


 桃矢は鬼門へ向かって歩き出した。


 やがて森を抜け、巨大な鬼門の下へ出る。


 柱に埋め込まれた鬼は、相変わらず苦悶の表情を浮かべていた。


 桃矢は一度だけ振り返る。


 その向こうには、さっきまで犬、猿、雉と歩いていた森が広がっている。


「また来るかもしれないな」


 そう呟き、鬼門を離れた。


 吉備の街が見えてくる。


 もうすぐ大学が始まる。


 東京へ行けば、今までとは違う生活になる。東京にも当然、ダンジョンはある。吉備ダンジョンより規模の大きな場所も多いだろう。探索者の数も多い。それだけ情報も集まりやすいはずだ。


 桃矢は歩きながら、これからのことを考える。


 大学に通う。


 その合間にダンジョンへ潜る。


 レベルを上げる。


 そして、できるだけ桃太郎であることを知られないようにする。


「東京のダンジョンか……」


 まだ見たことのない場所。戦ったことのない魔物。そして、これから出会う探索者たち。


 桃矢は少しだけ口元を緩めた。


「……行ってみるか」


 こうして、桃矢の吉備ダンジョンでの探索は終わった。


 次に彼が潜るダンジョンは、東京にある。


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