第五話裏設定
<真面目な役人>
名前:アーネスト
年齢:41歳
肩書:王国北部都市フロントニア 市民管理局 主任官
四十代前半。
王都の名門貴族ストリックランド家の三男。この世界は貴族には姓がある。
フルネームはアーネスト・ストリックランド。
貴族といっても家督継承権上ほとんど期待されていない。
家の中での扱いは、万が一の場合の予備程度だった。
そのため若い頃から自力で評価されることを望み、役人の道を選んだ。
バツ1。長年貴族として結婚を約束していたフィアンセがいた。
21歳の時、結婚した。その翌年長女が誕生。
しかし役人としての仕事を優先し続けた結果、30歳の時に結婚生活を解消された。
元妻は長女を連れて家を出た。
ストリックランド家も引き留めなかった。
三男の娘は家督争いと無縁だったからである。
妻は貧乏貴族の出だった。
そのため長女はストリックランド家の庇護を受けることなく育った。
しかし、父親個人としては養育費の仕送りと生活支援は陰ながら続けている。
現在も心のどこかで後悔している。
妻と娘の居場所は把握している。会いに行こうと思えば会える場所だ。
何度も会いに行こうと考えただが、拒絶されるのが怖い。今さら父親を名乗る資格が無い。
そう思ってしまう。結果として会いに行けていない。
若い頃は理想主義者だった。少なくとも結婚したころぐらいまでは。
しかし役人として働くうちに、保証人のない融資を通したら返済不能になった。
感情で判断した案件で不正が発生した。そういった案件に直面してきた。
感情で判断すると不公平になる、例外を許すと混乱が起きると考えるようになった。
結果、「規則を知り守っていくことが最善」という結論に辿り着いた。
住民からの評判は悪い。理由は厳格だから。
そのため住民からは「クソ真面目主任官」と呼ばれている。
役所内での評判は非常に高い。
理由は、書類を必ず確認する、ミスが少ない、汚職しない、からである。
上司も融通は利かないが信用できる。部下も怖いが仕事はできる。といった印象だった。
市民管理局主任官として、戸籍管理、身分証発行、身分証審査、入都許可証発行、外来者管理、宿泊施設監査、不法入国調査、商業許可照会などを広範にわたり担当している。
<受付職員>
名前:クラリス
年齢:20歳
肩書:市民管理局受付担当
勤続二年目。
住民からの評判とは違い、主任官アーネストを高く評価している。
怖い。厳しい。融通も利かない。
けれど仕事で嘘をつかない。
責任を部下へ押し付けない。
困った案件から逃げない。
そのため彼女自身は主任官を信頼している。
本人は認めていないが、実際にはアーネストへ好意を抱いている。
ただし相手が二十一歳年上であり、自分でもその感情を恋愛感情と認めたがらない。
周囲から指摘されると必死に否定する。
フィリアの案件では、最初は「変わった子だな」と思っていた。
だが盗難届を出しに来た少女が、氏名不明。出身地不明。身分証なし。保証人なし。
という状態だったため、自分の判断では対応できずアーネストへ引き継いだ。
その後フィリアが留置所へ送られたため、「自分のせいではないか」と気に病んでいた。
しかし後にアーネストから、「あれは拘束ではなく保護だ」と説明を受ける。
少女を夜間の市中へ放置する方が問題だと聞き、一応は納得した。
ただし、その後フィリアが宿にも泊まれず、仕事も見つからず、町の外で生活していることを知り、
「それで本当に良かったのだろうか」という疑問は残っていた。
後日、アーネストが古い法規集を調べ続けていることを知る。
さらに、自分達ですら知らなかった臨時身分証制度を発見し、フィリアへ適用したことも知った。
その時改めて、「やっぱりこの人は凄い」と思った。
本人に直接言うことはない。
言っても、「規則を確認しただけだ」と返されるのが分かっているからである。
実は2人ともフィリアのことは忘れているが、いろいろと調べすぎたためフィリアに関する大量の報告書と調査記録を残していた。
アーネストが刺された際は、役所職員の中でも特に取り乱した一人。
普段は冷静に仕事をするが、その日は提出書類を三回も間違えた。
本人は寝不足のせいだと言い張った。周囲は誰も信じていなかった。
その後、「死んでから後悔したくありません」という理由でアーネストへ猛アタックを開始する。
アーネストは当初、「一般的に周囲からどう思われるか」「年齢差もある」と難色を示した。
しかしクラリスは、「説明なら私がします」「説得も私がします」
「内規的にも問題ありません」「問題があるなら教えてください」
と一歩も引かなかった。結果としてアーネストが折れる形で交際が始まる。
結婚後の生活は意外なほど順調だった。
お互い仕事人間であり、趣味や価値観も近かったためである。
休日も本を読む。
仕事の話をする。
法規集や記録書類の話で盛り上がる。
一般的には少し変わった夫婦だが、本人達は満足していた。
1男1女をもうけた。
また結婚後、クラリスは長年放置されていた元妻と娘の件にも介入している。
「会いに行ってください」
と何度も背中を押した結果、アーネストはようやく娘との再会を果たした。
娘は予想以上に肝が据わった性格だった。
初対面でクラリスへ、「趣味悪くないですか?」と言った人物でもある。
しかしクラリスとはすぐに意気投合した。
二人がアーネストの仕事人間ぶりで盛り上がる一方、元妻はアーネストへ向かって、
「あなた……本当に変わらないわね」と呆れた顔をしていたという。
その後も娘とクラリスの交流は続き、一番肩身が狭かったのはアーネスト本人だったらしい。
<王国北部都市フロントニア>
王都の手前に存在する大規模都市。
王都へ向かう者の大半が必ず通過する。
王都は大陸の北、出っ張った半島にある。
北部にはあるが年中を通して温暖な気候が保たれている。
王都に住む魔女が年中気候を調節しているらしい。
町が息苦しい理由はアーネスト個人の問題ではない。
王都へ近いため、入国審査・身元確認・宿泊管理・夜間巡回は重要視されている。
その中心業務を担当しているのがアーネストである。
結果的に住民の不満は彼へ集中している。
しかしアーネストがいなくなっても制度自体は変わらない。
<手帳を盗んだ男>
名前:フォル・ダンフォス
実は別の王国の元貴族。家は没落してしまい、国にもいられなくなり、この国にたどり着いた。
三男坊、実は幼少期に社交場でアーネストに会っていくつか言葉も交わしている。
アーネスト自身は全く覚えていない。
貴族としては20歳の時に家が没落、隣国であるこの国にたどり着く。
家業の伝手と経験を基に工房経営者となる。3年前に事業拡大を計画したが失敗。融資申請を行ったが、アーネストに却下される。事業倒産し借金を負う。離婚。住居喪失。結果的に窃盗と詐欺の生活に。
融資の審査担当、そして却下したのはアーネスト。
しかし判断自体は正当だった。理由は、帳簿不備、保証人不在、返済能力不足であり意見書にもそう記載されていた。しかし、十分な対策を取れなかった。つまり、逆恨みだった。
フィリアの手帳を盗んだのは偶然。
中身を見ても誰かの日記帳か何かと思い、価値が分からなかった。
売り物にもならないため捨てようとしたが、持ち歩いていた。
男の中では、「人生を壊したのはアーネスト」という認識になっていた。
その結果、アーネストを刺し、男はその場で拘束された。
その後の捜査で、複数回の窃盗(フィリアの手帳窃盗は被害届が受理されていないので除外)、詐欺未遂などの余罪も発覚した。
男は死刑を覚悟していた。少なくとも本人はそう思っていた。
市民管理局主任官であるアーネストを殺そうとしたのだから当然だと考えていた。
しかし判決は予想と違った。懲役刑。決して軽くはないが、しかし死刑でも終身刑でもなかった。
むしろ過去の窃盗や余罪の方が重く評価された。
判決後、アーネストが市民管理局の主任官として監獄に視察に来た。
アーネストになぜ自分が死罪にならなかったのか尋ねた。
アーネストはしばらく黙った後、当然のように答えた。
「ただ規則に従った判決だ」だと。
許した訳ではない。
情けを掛けた訳でもない。
同情した訳でもない。
ただ規則に従っただけだった。
男は最後に、「本当に変わらねぇな」と呟いた。
アーネストは答えなかった。
<臨時身分証制度>
300年以上前の戦時中に制定された特例制度。
対象者は、
①戦災孤児
②地方統治の混乱による国内難民
③災害被災者
④戸籍や出生記録を喪失した者
⑤何らかの事情で本人確認が困難となった者
である。
当時は戦火によって役所そのものが焼失することも珍しくなく、戸籍台帳や出生記録が失われる事例が頻発していた。
そのため、「本人であることを完全に証明できない者を、社会から排除しないため」に作られた制度である。
通常の身分証発行では、戸籍や出生記録などの一次資料が必要となる。
しかし臨時身分証制度では、
宿帳
雇用記録
商取引記録
教会台帳
税記録
証人による証言
など、複数の補助資料によって本人確認を行うことが認められている。
そのため、本人の素性を完全に証明する制度ではなく、「社会的実在を確認するための制度」という位置付けである。
発行される身分証は通常のものより権限が制限されており、一定期間ごとの更新や再審査が必要となる。
平和になって以降は利用者がほとんどいなくなったため、制度そのものが忘れられていた。
役所職員ですら存在を知らず、古い法規集の中へ埋もれていた。
フィリアの場合は、宿屋での勤務記録、宿帳、エリーゼ達の証言、長期間の滞在記録などが条件を満たしていたため、アーネストが適用可能と判断した。
<アーネストとフィリア>
アーネストがフィリアを留置所へ送った理由は、本人の認識では「拘束」ではなく「保護」であった。
当時のフィリアは、「氏名不明、出身地不明、身分証なし、保護責任者なし、未成年に見える外見、窃盗被害直後」という状態であった。
アーネストの判断基準では、そのような人物を夜間の市中へ放置する方が問題であり、危険であると考えた。
そのためフィリアを危険人物として扱ったのではなく、「身元確認が完了するまでの一時保護対象」として扱った。
ただしアーネスト本人は、その処置を親切や善意だとは考えていない。
あくまで市民管理局主任官として必要な措置を取っただけであり、規則に従った業務処理の一つという認識である。
一方で、その後フィリアが宿泊先を得られず、仕事も見つからず、町の外で生活している事実を把握したことで、問題そのものは何も解決していないことも理解していた。
そのため案件の整理を進める中で、フィリアを制度の中へ戻す方法を探していた節がある。
その後、アーネストは刺傷事件によって重傷を負う。
回復後、フィリア本人のことは完全に忘れていた。
しかし役所には報告書や陳情記録が残されていた。
アーネストはそれらの記録を再確認し、関係規約や過去の法令を精査した結果、長らく忘れられていた臨時身分証制度へ辿り着く。
提出されたフィリアの宿泊記録、勤務記録、証言記録などを照合した結果、制度の適用条件を満たしていると判断し、臨時身分証の発行を許可した。
本人にとっては善意でも恩返しでもない。
あくまで規則と記録に基づく業務処理だった。
ただし、過去のアーネストであれば、そこまで古い規約を掘り返さなかった可能性がある。




