第三十三話 vs加藤(藤沢和人)
「よう和人。」
先輩はゆっくりと歩いて近づく。
加藤もとい和人は鎖骨の辺りを抑えながら震えている。
「あ、兄貴……。」
撥ねた半グレは和人を除き5人で、そのうち2人は完全に伸びている。
「組から逃げたテメェが気安く兄貴呼びしてんじゃねぇぞ。」
そう言うと舎弟は上着から短刀を出して、倒れている半グレの尻を刺した。
「ゴアアー!」そう言って伸びていた男を無理やり気絶状態から叩き起こす。
「何だ生きてたのか。残念。」
そうしてドスを抜き躊躇なくその男の顔面を蹴り飛ばしまた気絶させた。
それを見たおかげで、残りの3人は完全に怖気付いてしまう。
「お、お、俺は違うんだ!今日はついてきただけで何も知らない。誰にも言わないから許してくれ!」
両手を前にして腰を引いた状態の男に対して、舎弟はドスを振り指を2本ほど飛ばした。
「ぎゃあぁあ!」指を抑えながら倒れ込む男の耳を掴み引き起こす。
耳の近くで大声で叫んだ。
「だぁれが喋っていいって言ったんだ!?あぁ!?」
男は泣いていた。
泣きながら
「スンマセン!スンマセン!」と謝っていたが、
舎弟は掴んだ耳をそのまま切り落とした。
「ゔぁぁあ!!」
耳と指を落とされた男は小便を漏らしながら四つん這いで舎弟から離れる。
「もう一回言うぞ?誰が勝手に喋っていいって言ったんだ?黙れって意味だよ。分かるか?分からねぇならそんな耳いらねぇだろ?」
今度はまるで子供を諭す様な優しげな声に変わる。
先輩同様、この人もイカれているのだ。
半グレ達は無言で後退りして、壁まで追いやられた。
「こんなに怖がって可哀想だね。大丈夫だよ〜。」
そう言って舎弟は半グレ達を角に追い詰めたと思ったら頭を撫で始める。
「こんなに弱くて、ビビりで根性無しで可哀想に。」
そう言うと、また表情に影が落ちる。
「弱えくせに…何で喧嘩売るんだよ…可笑しいよなぁ!!」
そうしてドスを1番手前にいた半グレの腹に刺した。
「あぁああー!!!」
言葉にならない叫びをあげて半グレは倒れた。
「処理が面倒だ。殺すなら一箇所でまとめろよ。」
後ろから先輩の声が聞こえて、いつもの様子に戻る舎弟。
「すみません。考えが至らなかったです。承知しました。」
「お前の兵隊……?タ○ミーか?」
先輩は、雑魚を舎弟に任せて和人へ歩み寄る。
「世の中上手く回ってるもんだな。悪い事すると必ず報いが訪れるんだもんなぁ〜。ええ?和人ぉ。」
上着を捨て、黒色のVネックのTシャツから現れた肉体は亀の甲羅や大木の根を思わせる様な神秘さと畏怖を感じる。
「何で、俺だけ…兄貴達だって、ヤクザだって悪い事してるじゃないですかぁ!」
加藤は叫ぶ。
「何を言ってやがる。俺たちは親の言う事は絶対なんだ。お前はそんな親を裏切った。挙げ句の果てに俺までも……。そういう世界なんだよ。俺たちが住む世界ってのは。」
そう言うと先輩は和人との距離を一気に詰めて、
まるで振り子の様な軌道を描き拳を腹に叩き込んだ。
和人は俺たちがぶち抜いてきたシャッターにぶつかり、車でこじ開けた穴の外へと転がった。
先輩は歩き続ける。
和人は胃液を吐きながら走って逃げる。
しかし先輩は全く焦った様子を見せずに冷静だ。
散歩でもするかの様な足取りで追い詰める。
和人は自分の車まで行きエンジンをかけた。
それを見て先輩はズボンとシャツの間から銃を出す。
フロントガラス目掛けて撃ち放つ。
「ヒイィイ!」
和人は運転席に小さく纏まり伏せた。
運転席の扉をこじ開けた先輩は和人の髪を掴み引き摺り出す。
無理やり立たせて顔面へ拳を叩き込んだ。
髪を掴んだ手を離さずにいたので、逆に髪の方が抜ける。毛穴から出血が見える。
だが先輩は構わず、四つん這いになる和人の脇腹に蹴りを入れた。
「ぐぉえええ!」
また吐く。
その時藤沢康介が間に入って土下座をした。
「も、も、もう、もう勘弁してくださいぃ!!」
先輩は止まった。
藤沢康介は、続ける。
「く、車で引いて、こんなに殴られて、和人が死んじゃいますぅ!土地の権利書も、銃もお返ししますから!もう充分でしょう!和人を許してやって下さい!」
「車で轢いたのはお前の補助ありきだろ。」
辺りが真っ暗で見分けがつかないと言う理由で先輩は和人に康介から電話を掛けさせた。
和人が携帯を取り出した事で携帯の光や影の動きを先輩は逆に利用したのだ。
和人の方を見ると先輩に対して最後の手段。
銃を構えていた。
この手はブルブル震えていて、歯をガチガチ鳴らし、髪が抜かれて出来たハゲからは血が流れ、鼻はくの字になり、歯は一本欠けている。
よほど威力が凄まじかったのか、目玉が少し飛び出ていた。
「撃てや。殺してみろ。組から追われた半端者だ。俺1人ぐらい殺せねぇと逃げ切れねぇぞ。早く撃てよ。」
先輩のセリフを聞いて康介は和人の腕を身体ごと抑えた。
「やめろ!和人!やめてくれ!引き金を引いたらお前はもう、戻って来れなくなってしまう!」
2人で揉みくちゃになっているのを先輩は無言で見ていた。
舎弟が後ろから歩いてきた。
「殺したか?」
先輩が舎弟に気づいて声を掛ける。
「いえ、殺す価値が無いと判断しました。」
そう言って隣に並ぶ。
「正解だ。」
先輩はタバコを咥える。
舎弟がすぐに火をつけて、2人して目の前の光景を見ていた。
2人はいつの間にか喧嘩を始めていた。
母親が誰のせいで出て行っただの
俺の気持ちを知らずにだの何だの。
聞くに耐えない。
先輩は2人まとめて殴り飛ばした。
銃がその場に落ちたのを先輩は一度足で踏んで舎弟の方にそのままスライドさせる。
舎弟はそれを拾い上げ大事そうにしまった。
「どーでも良いんだよ。お前らの痴話喧嘩なんか。」
その時、和人はハッとして言った
「五島は!?五島なら勝てる!」
そう言って立ち上がり、和人は叫んだ。
「五島ぁ!!すぐ来い!!」
しかし声は虚しくこだまするだけで反応がない。
「残念だな。腹ぁ括ったアイツらに目ぇ付けられたんだ。2度と会えねぇよ。」
そう言って和人の顔面に正面からヤクザキックを放ち、和人は意識を失った。
「ケッ。あっけねえ。俺があっちに行ったほうが楽しめたぜ。」
そう言って先輩は後方をチラリと見てまたすぐに向き直り、和人を持ち上げた。
「ぼーっとしてんじゃねえ。テメェも来い。」
康介にそう言うと先輩は埠頭の方へ歩き出す。
「は、はい!」
康介が後に続く。舎弟はその後ろからついて歩く。
和人を縛りあげて海へ落とす。
「あっ!」
そう言った康介をギロッと睨んで先輩は言う。
「黙って見てろ。」
5月の下旬。日中は夏日が増えたが、夜はまだまだ寒い。
和人をギリギリ沈まない場所でロープを固定する。
海に落とされた和人は咽せながら水面に上がってきた。
「グボッゲホッゲホ!」
「よう。おはようさん。いい夢見れたかボケナスが。」
「あっ兄貴!助けて!」
「本当にどうしようもねぇな。お前が頑張ればギリギリ沈まねえようにしてある。まぁ、この先はお前次第だがな。」
そう言われると和人は、先輩が自分を殺すつもりはないとようやく理解した。
和人はおとなしくなる。
「少しは頭が回るようになってきたか。」
和人は首を何度も縦に振る。
「よぉし。そのまま聞け、お前の今後の話だ。」
先輩は海に浮かぶ和人に向かって話を始めた。
「お前に親父からの手配書が回ってる。それは知ってるな?その件に関しては必ずケジメをつけなきゃならねぇ。その上でだ。俺のシノギを盗んでいった事に関してもだ。この2つの落とし前…どうつける?」
先輩の手はロープにかかっている。
ここで先輩の望む答えか、それ以上のケジメをつけなければ先輩は躊躇なくロープを手放すだろう。
それどころか、康介にまで被害は及ぶ。
和人がどう出るのか。そして、納得のするケジメをつけられるのか。命に等しいモノを差し出す必要がある。
命の燈が消えかかった頃、ようやく自分の過ちに、愚行に、身勝手に、快楽に気付いた和人の出した答え。
「腕一本置いていきます。」
文字通り、腕を一本ケジメとして落とす事だ。
「良いだろう。親父の方は俺から上手い事言っておく。お前は海外に親子揃って飛ばす。2度と日本に戻ってくるな。命の保証は無いぞ。」
そうして和人を引き上げた先輩は舎弟にドスを借りる。
「地獄の痛みだ。ポン刀を持ち合わせて無え。
俺なら3発で落とせる。気張れ。」
そう言うと舎弟はまな板のようなモノを持ってきて、係船柱の上に置き、この上に和人の腕を置く。
そして口にタオルを噛ませ、和人の腕を抑えた。
先輩は和人がブルブル震えているのをよそに、ドスを高く振り上げた。
濁点のついた叫び声に近い呻き声が埠頭に響く。
男の覚悟が命を繋いだ。




