第三十二話 Are you ready?
俺達は30分ほど早く埠頭の手前にあるゴミ処理場まで来た。
「先輩はもう居るのか?」
「ええ、もう到着していると思いますよ。」
道中の楽しかったドライブもここで終点。
建前上は話し合いをしに来たが、それで収まるならこんな時間にこんな場所までは来ていない。
埠頭の先端の方は車を進めると黒いセダンが停まっていた。
隣へ駐車し、俺達は車を降りて運転席側に回る。
窓が空き先輩が顔を出した。
「お疲れ様です。迎えまで面倒見てもらってすみません。ありがとうございます。」
俺は頭を下げて礼を言った。
先輩は無言で車から降りて3人の前に立つ。
よく見ると助手席には藤沢康介が乗っていた。
先輩は海を指さして言った。
「あそこにポツンと船が見えるだろ。アレがブツを運んでくる。」
そうして真っ暗な海に目を凝らす。
埠頭からは離れているが、なんとなくシルエットが伺える。赤いライトが、ほんのりと数秒間隔で弱く光っている。
先輩は指をそのままゴミ処理場の方へスライドさせる。
「あの、トレーラーのコンテナと交換する手筈だ。」
ゴミ処理場には一台の大型トレーラーが停まっている。
「結構大胆な取り引きですね。」
俺はもう少し隠密に行われると思っていたので、つい疑問を口にした。
「土地の話忘れたか?ここは今、和人の土地になってる。ゴミ処理場の人間もアイツの言いなりだ。」
(借地の大家が面倒臭い人と言うのはこう言うことか。)
「そのまま後ろの倉庫に突っ込んで、中で仕分けだ。昼には中にある車、5、60台にブツを振り分け空っぽになる。」
(ん?)
「と言うことは、昼前には5、60人は集まるってことですか?」
「そう言う事になるな。タイムリミットは8時だ。それまでにケリつけねぇと俺らが生きて帰れる保証は無い。」
淡々と命のやり取りの段取りを説明する先輩。
(どれだけ修羅場潜ったらこんな冷静に生き死に語れるんだ…。)
俺は、改めて先輩の恐ろしさを目の当たりににした。
「取引が終わって、トラックが中に入る直前に、コイツに連絡させる。」
そう言って藤沢康介を指差した。
「携帯の光が目に入ったら俺はそのまま突っ込む。五島も近くに居るだろう。そっちはお前の獲物だったな?しくじるなよ。」
そう言って説明を終えた先輩と、襲撃ポイントへ移動した。
「舎弟のアンタは先輩について行くのか?」
車で待機中に時間があったので、俺は暇つぶしも兼ねて聞いた。
「そうですね。すみませんがやっぱり自分は兄貴の方について行かせて貰います。ご武運を。」
(まぁ、そりゃそうか。)
正直あんな化け物と対峙するので、こっち側に来てくれたら心強いと思ったが、現実は非常である。
残り10分。
心臓の鼓動が強くなる。手のひらにじんわりと汗をかく。
10分後に自ら戦地へ飛び込まなくては行けないのだ。
(遺書ぐらい書いてこれば良かったな。しまった。ガールズバーのツケ払ってねぇや。このまま死んだら先輩に怒られそうだ。いや、死んだ後の事考えてどうする。まずは生きて帰ることが大事だな。)
頭の中でゴチャゴチャと考えているうちに、先ほどまで米粒サイズだった船が、もう近くまで来ていた。
(でっけぇな〜。大きすぎて少し恐怖すら感じるぞ。)
車に身を潜めながら船を見上げる。
トレーラの近くにワラワラと人が集まってきた。
おおよそ10人ほどだろう。
一際身長の大きな影がある。
「見つけたぞこのやろう。デケェおかげですぐ分かったぜ」
俺の心臓は今度は違う意味で早鳴りする。
船が完全に横付けされた。
クレーンが伸びて、ワイヤーが下がって来る。
コンテナを吊るすために何人かが動き始めた。
4人ほどはその場で動かずに作業を眺めている。
その中には五島の影も見えた。幹部連中だろう。
クレーンはコンテナを吊り上げてゆっくり甲板の上へ降ろす。
上で数人が動き回るのが見えた。
懐中電灯の様なものが下にいる加藤達に向かって2回点滅した。
するとクレーンがまた動き出す。
先程とは違うコンテナが降りてきた。
コンテナはゆっくりとトレーラーの荷台にセットされた。
船はそのまま出港し、残されたトレーラーとその人だからだけが残る。
トレーラーに五島らしき男が乗り込んでバックで倉庫に向かって下がる。
するとハンドルを握っていた舎弟がフルフェイスのヘルメットを装着する。
「「は?」」
「お二人の分です。どうぞ。」
そうして助手席からフルフェイスを2つよこした。
「「え?」」
エンジンをかける。
シャッターが閉まり出した倉庫に向かって隣で待機していた先輩が車で走り出す。
そのすぐ横を沿うように、車体半分ほど下がって舎弟が走る。
「マジカマジカマジカマジカ!!」
俺と後輩は慌ててヘルメットを被り座席とドアの取手にしがみつく。
シャッターが閉まった瞬間、とても言葉じゃ表せない様な轟音が響き渡る。
ガシャーンだった気がする。
ドギャーンだった様な気もする。
無理やり鉄の塊にこじ開けられたシャッターの破れた部分が金属を削る様な音がして、ドカドカッ!
と何かが車に当たる様な音がして停まった。
数秒の沈黙の後に俺は生きている事を確認して車から出る。
先輩は既に車から降りていた。
舎弟も車から降りて、最後に後輩も降りてきた。
免許証で見た加藤の姿が無い。
ふと後ろを振り向くと、何人かが倒れている。
その中に加藤らしき人物が見える。
「は?」
「え?撥ねたんすか!?」
俺は加藤を2度見した後先輩を見た。
「時間が無いからな。」
そうしてようやく先輩はヘルメットを脱いだ。
(めちゃくちゃだこの人…。)
俺はヘルメットを被ったままシールドを開けた。
相手は3人ほど残っていて、トレーラーに乗った五島が降りてきた。
「あ?お前この前の…。」
そうして俺と後輩を認知した後に先輩を見る。
「ほー。加藤の組の人間と繋がってたか…。」
先輩は五島をチラッと一瞥した後に、舎弟と一緒に加藤の元へ向かう。
加藤はかろうじて生きてそうだ。呻き声が聞こえる。
助手席から藤沢康介が転がり落ちた。
コイツはヘルメットを被ってなかった。
「よく生きてたなお前。」
そう声をかけて俺は五島を見た。
ようやく状況を理解しはじめた半グレの2人が叫ぶ
「コラァ!てめぇら何してくれてんだ!」
その怒号が合図となり火蓋が切られた。
走ってこちらに向かって来る2人のうち1人は後輩が蹴りを合わせて倒した。
「モブキャラは黙ってろ。」
決め台詞まで完璧だった。
もう1人の方は先輩と舎弟の方へ走るが、舎弟が脱いだヘルメットでぶん殴り倒れた。
それだけで終わらずに、馬乗りになり、何度も何度もヘルメットで半グレを叩きつける。
シールドが飛び、白色だったヘルメットが半分ほど赤色に染まってからようやく先輩が声を掛ける。
「いつまでやってんだ。」
そうして舎弟は殴るのをやめ、立ち上がり返り血で汚れたまま先輩の方は走る。
「すみませんでした。お待たせしました。」
頭を下げる。
殴られた男は、鼻が曲がり、上唇が鼻の下まで裂けており、下唇には何本か折れた歯が刺さっていた。
目から出血を起こし、ヒューヒューと呼吸している。
加藤と、撥ねられた半グレの数人が立ち上がって先輩達を見ているが、既に気圧されて、真っ青な顔をしている。
「おかわりいるか!?」
そう叫びながら五島がこちらに向かって走ってきた。
俺はヘルメットを五島の足元に転がす。
俺の事を眼中に留めてなかった五島はヘルメットが足に当たり少し躓いたが、踏みとどまる。
その瞬間に後輩が、車の屋根に飛び乗り、またそこから飛び蹴りをかました。
五島はそれを躱した。
俺と後輩に挟まれた五島は楽しそうにニヤニヤしている。
「そう言えばお預けくらってたな。」
そう言って指を鳴らす。
時刻は00時41分。
ビリビリとした空気が、全身を叩く。
俺はシャツの袖を捲りギプスを巻いた腕を突き出し中指を立てた。
「ジャングルに強制帰還させてやる。」




