第三十一話 ラフ(rough)
病院のベッドの上で右手にギプスを巻き、
頭にガーゼに包帯。その上から果物ネットの様なものを被せられて俺は横になっていた。
「お前…。お祓い行った方が良いんじゃねえか?」
俺の横で先輩はりんごを食べながら言う。
「厄災の中にあなたも入ってますよ。」
俺は力無く答えた。
後輩は、隣のベッドで漫画を読んでいる。
俺は
右腕の骨折。頭部の打撲。裂傷。
肋骨に1箇所ヒビが入った状態だ。
後輩は
肋骨のヒビ。のみだ。
「お前、普段何食ってんの?ダイヤモンド?」
後輩の丈夫さに呆れて俺は聞いた。
「受け方があるんだよ。」
後輩はそう言いながら、先輩の持ってきてくれたりんごを丸齧りした。
俺たちはあの後救急車に運ばれて病院に来た。
1日目は療養で、2日目に警察が来て取り調べ。
今日の朝も警察が来て少しだけ取り調べを受けていた。
3日も経っている。
先輩は、警察が来ると色々と厄介なので帰ってから連絡して来てもらった。
すでに説明済みだ。
「五島って奴は聞いたことあるな。元々別のグループに居た男だな。」
先輩は教えてくれた。
「どうも手がつけられねぇ暴れ者って聞いたぜ。昔、顔だけは見た事ある気がすんなぁ。」
「今は、俺と先輩を標的にしてるみたいですね。」
「そうか。面白えな。」
先輩はニヤリと笑って指の骨をバキバキ鳴らした。
俺はおもむろに自分の鞄の中から、以前先輩から受け取った100万円の束を出して先輩に渡す。
「あ?なんだ?」
素っ頓狂な顔で100万円と俺を交互に見る。
「加藤と会う時、俺も連れてって下さい。五島も来るでしょうから。」
「リベンジか?」
「はい。アイツは俺の獲物です。」
ぶっ壊された愛車とこの怪我の清算がまだ終わっていない。俺はかなり頭に来ていた。
「お前、やれんのか?」
そう言って俺の全身を見る先輩は、やめとけと言わんばかりの態度だ。
「アイツに吠え面かかさなきゃ気が済まないので。」
そうして先輩の目をしっかりと見る。
先輩は金を受け取り、
「しゃねぇな。今回はお前にやるよ。」
と言って了承したが金は返してきた。
「俺が1度払ったもんだ。出したもん引っ込めるわけにはいかねえからな。それにだいぶ扱き使っちまった。」
そう言って俺の鞄の中に札束を戻した。
「加藤にはいつ会いますか?」
「あぁ、明日だ。」
「了解しまし……明日!?」
「?。あぁ。明日だ。」
「え、俺、この状態で明日行くんすか!?」
「だからやれんのか?って聞いただろうが。」
「いやいやいや、さすがに明日は…。」
先輩はギロッと俺を睨んで言う。
「敵がお前の万全を待ってくれると思うか?体調が悪ければ予定をずらしてくれる相手か?遊びじゃねえんだぞ。」
ぐうの音も出ない。
それはそうだ。
「明日は奴らの密輸のシノギだ。そこに乗り込む。こっちから連絡したところで応じるとは思わねぇからな。」
そうして先輩は立ち上がる。
「00時00分。場所はゴミ処理場だ。裏手に埠頭がある。そこで取引するつもりだ。じゃあな。」
去り際に明日の場所と時間を口にして病院を後にした。
「明日かぁ。牛乳じゃあ間に合わねえだろうな…」
ギプスを眺めながら俺はつぶやいた。
「てか、明日ってか今日の夜じゃねぇか!」
そうして後輩に、
「夜に備えて寝るぞ!」と言い、俺は無理やり寝ついた。
辺りが暗くなり、病室には静寂が訪れる。
そんな中俺たちは中腰に靴下。時には匍匐前進をしながらフロアを移動する。
病院からの脱出だ。ナースステーションに居るのは
3人。1人は看護婦長だ。
入院してから数回見たが、この看護婦長はやたら口うるさく厳しい。バレたらきっと大目玉を喰らう事になる。
息を殺しながら階段へと着いた。
「ふぅ〜。緊張したぁ〜。」
「朝までに帰れると良いな。」
「他人事みたいに言ってるけど、お前も当事者だからな。」
そんな会話をしながら階段を降りて、非常口から外に出た。
「「………………。」」
30秒ほどの沈黙の後、後輩が口を開く。
「で?移動手段は?」
「……ぁ〜。」
人は普段から使っていた物がいきなりそばから消えると実感が湧かないと言うが、納得だ。
今の今まで、俺は自分の車で移動する前提で話を進めていた。
「タ、タクシーで行こう。」
「いくら掛かるんだろうな。」
そう突っ込まれた俺は唇を噛み財布を見つめた。
タクシー会社を探しながら喫煙所でコソコソタバコを吸って居ると、誰かがこちらに歩いてきた。
「やべっ!婦長かも!逃げるぞ!」
そう言って俺は慌ただしくタバコの火を消す。
ライトが顔に当たった。
(バレた〜!)
「失礼。」
そう言ってライトを下げた人物は聞き覚えのある声だった。
「お疲れ様です。お迎えにあがりました。」
目を凝らしてよく見ると、先輩の舎弟だった。
「びっくりしたぁ。婦長かと思ったぜ。」
そうして消したばかりのタバコにまた火をつけた。
「兄貴が、足が無いから行ってやれと…。」
先輩の計らいだ。
「なんか、最近株上げ過ぎじゃねぇか?あの人。」
俺は舎弟と後輩を交互に見て言った。
高級車の後部座席に座り窓の外を流れる景色を眺めていた。
誰も口を開かず、誰も目を瞑ったり、あくびをしたりすることも無く。
ただ少しだけ、俺の足が震えていた。
(五島は来るだろう。必ず。問題はどう勝つかだな……。)
そんな事を考えていた俺は神妙な顔つきになっていたのだろう。
「アイツ、ぶっ飛ばした後に全裸にして名古屋駅のど真ん中に捨ててこようぜ。」
後輩が俺を見て口を開いた。
あまり、そう言う類の冗談や話題の振り方をしないので、本気でやりたいのだろう。
その言葉を聞いて、想像してしまい俺は吹き出した。
「ブハッ!良いねぇ〜何なら赤いロープで縛って変態に仕立て上げてやろうぜ笑」
「あ、それでしたら自分の家から持ってきましょうか?」
舎弟が急に話に割り込んできて驚いたが、
それよりも赤いロープを持っている事実がより一層面白かった。
「はっはっはっはっは!何で持ってんのよ!」
コレから修羅場に突っ込むとは思えない様な車内の雰囲気は、どちらかと言うと、旅行や、遊びに行く様な空気になった。
きっと不安の裏返しなんだろう。
しかし、今はこんな冗談でも救いだ。
時刻は23時07分。
俺たちは目的地に着くまで笑い続けた。




