第二話 寝覚が悪い
警察署を後にした俺はしばらくぼーっとしていた。
駅の方に向かい歩き出し、喫煙所が見えたのでそこに入る。
タバコに火をつけて吸わずにダラリと下へ手が落ちる。
「何があったんだ…。」
警察の話によると、
依頼人の失踪は4日前。
俺に依頼料を振り込むために銀行に行き、
そこからすぐに消息を絶った。
被害届は、不倫をしていた旦那だ。
一体どのツラ下げて心配してんだ!と言う気持ちは置いておき、報告書は1週間前に中見が分からないようにし、旦那のいない昼間に直接手渡した。おそらく旦那は見ていないのだろう。
依頼人は俺の電話番号を逐一消していたようなので、着信履歴は振り込み前に口座の確認の為の1本だけ。銀行で振り込みをした後に近くのスーパーへ行き、駐車場に車を残し、失踪。
旦那も初日は気にしてなかったと言う。
職場の同僚と飲みに出かけ、そのまま同僚の家に泊まり、そのまま仕事に向かう事もある人だったらしい。
年齢も2人とも若く、30代前半だ。
そんな日もあるだろうと思っていたが2日目に帰って来ず。3日目の朝も帰って来ない。
コレはおかしいと思い、捜索願いを出す。
その日に車が見つかる。
警察が捜査を開始。手がかりが薄い。翌日、
携帯のパスワードの解読。着信履歴、車に報告書、俺の電話番号。電話。
こんな流れだ。
「コレで新しい人生に進めますって言ってたじゃ無いか!」喫煙所の壁を殴る。
思ったより硬く、手首を捻り火のついたタバコを落として悶絶する。
「あっぐぎぎぎぎ…。」
電車に乗らずに犬山の城下町を歩きながら考える。
(報告書を裁判で出せば勝てる状況だ。失踪なんてするか? もしかしたら、まだ旦那が好きで気持ちに耐えられなくなってしまったから、どこかに出かけて心を落ち着かせているのでは無いか? 友達の家とか、実家とかに匿ってもらっているのでは無いか。まさか旦那に探偵調査がバレて…。いや、ソレは無いな。多分。)
「まぁ、俺にはどうしようもない件だ。考えるだけ無駄だな。」お得意の気持ちを切り替えて、特に予定のない日なので、食べ歩きを楽しんだ。
「Fカァーップ!」
昨日に続き、今日もガールズバーで俺は酒を飲んでいた。いや、呑まれていたと、言う方が正しいだろう。酒は飲んでも呑まれるな。
このセリフの意味は俺を見ていたら分かる。
試合で相手をKOした後輩を連れて、上機嫌でいた。自分があげた成果ではなかったが、何故か誇らしかった。
「優勝おめでとう〜!」本日何度目か分からない乾杯を持ちかける。
「だから、優勝とかじゃねぇって。」そう言いながらも称賛される事自体は嬉しいのか、ニヤけながらグラスを合わせてくる後輩にまた、俺は嬉しくなるのだ。
読者の諸君には是非、俺を反面教師にしてほしい。
嫌われる飲み方の代表例だ。
女の子達も、後輩の試合の動画を見て、もう、メロメロだ。昨夜の喧嘩を捌いた事もあり、株の上昇は否めない。今日の主役はコイツだ。
まぁ勝ったら祝勝会。負けたら激励会の2択だったので、どちらにせよ酒は飲んでいただろう。
酒で近くなったトイレを済ます為一度離席する。
トイレでふらつきながら壁にもたれかけ用を足す。
手を洗い、鏡で自分の顔を確認する。
「結構酔ってんなぁ…。」そう言いもう一度にやけた顔で席に戻る。
最近はSNSで色んな投稿が見れる。
後輩の勝ち星もソレで知ったのだ。
コイツは自分から言うタイプじゃない。そこが可愛いところで誇らしいところだ。早い話、クールなんだろう。たまにお茶目な一面もあるが、ギャップ?と言うやつか。
トイレから戻ってきた俺にママがおしぼりを渡してくれる。
「どうも〜。」と言いながらおしぼりを受け取り、そのまま顔を拭く。
「おっさんじゃん」後輩のツッコミに皆が笑う。
「バカヤロウ!男はな30超えたらおっさんなんだよ!」また、皆が笑う。
楽しい。最高に楽しい。
もう、ここに住んでしまいたい。
時間帯は深夜を回る。
時刻は午前3時17分。店を後にした俺たちは、タクシーを拾い帰る。夜風に当たりたいと言う俺のわがままで1駅分手前で降りて歩いて帰る。
「付き合わせて悪いな。」
フラフラとやや千鳥足で隣を歩く後輩へ言う。
「別に、俺も散歩嫌いじゃないし。」
「ツンデレかよ!このやろう!可愛いなお前は!」
そう言いながら後輩の首に腕を回し、ヘッドロックの容量で頭をぐしゃぐしゃと撫でまわす。
「あっ!おい!バカやめろ!」
満更でもない様子だが、簡単に外され軽くローキックをもらう。本当に痛いのだ。
素人と、格闘技経験者。特に試合なんか出るようなやつの《軽く》は普通に痛い。
「あいってっ!」叫びながら地面に転がり脚を抑える。ソレを見て笑う後輩と、情けなくも嬉しくて笑う俺。
酔いの所為もあり、少しカッコつけたくなった俺は、後輩に前から言おうと思ってた事を言う事にした。立ち上がり、裾を払い、後輩の目を見て真っ直ぐに伝えた。
「お前、プロ目指してるなら、昨日みたいな暴力はダメだ。俺に付き合ってくれるのは嬉しいけどな。暴力以外で場を納める方法を覚えろ。」
真剣な、しかし赤みを帯びた顔で伝えられた後輩は少し考えてから、言う。
「いや、ボディガード頼んだのあんただろ。」
ソレはそうだ。返す言葉も無い。
助けてくれと頼んだのに、助けたら助けたで文句を言ってくる。コレは酒がよく無いな。
いや、俺がよく無い。
返しに困って、俺が口を金魚よろしくパクパクさせていると、フッと笑って
「分かったよ。次からはなるべく締め技で落とすようにするよ。」と、
優しいのか、怖いのかよく分からないセリフが返ってきたので、「お、おう。」としどろもどろな言葉が出てしまった。
でも、ちゃんとこういう時慕ってくれるコイツがやっぱり誇らしい。
後輩と解散し、家に付き、布団にダイブした後にそのまま気持ちよくなって眠ってしまった。
ここ最近色々なことがあった。
反社に追いかけ回され、飲み屋で喧嘩の仲裁に入り、依頼人が失踪。そして今日も…。
そんな事を思いながら眠りについたのがいけなかったのか、夢を見た。
「あの〜。大丈夫ですか?」
そう言いながら、真っ暗な世界で泣く女の人にハンカチを差し出した。
女の人はまだずっと泣いている。
「あ、よかったらコレ使ってくださいよ。」
さらに近づいてハンカチを顔の近くまで持って行き、目線を合わせるためにしゃがんだ。
すると女の人が顔を上げてこっちを見た。
俺はギョッとした
泣いている人は例の失踪した依頼人だったのだ!
「…けて…」
「は?」
「見つけて…」
ッハァ!!
飛び起きて汗がビショビショになっている事にしばらく気付かぬまま、布団の上で息を切らし、
今のが、現実なのか夢なのかわからない状態になっていた。
少しして、顔を洗いに立ち上がり、
布団に座り込んでタバコに火をつけた。
「……寝覚悪りぃな……。」
時刻は午前5時22分。
まだ蝉も鳴かない肌寒い明け方が、俺の不安を掻き立てる。




