第二十五話 普通
「車検証見せてくれ。」
俺と後輩は運転席と助手席に座りながらダッシュボードの中身を確認していた。
「アイツ、名前なんて言った?」
「あ〜。中村?中島?」
「あ、中谷だ中谷圭吾。」
車検証の名前が違う。
「藤沢康介。」
サンバイザーの間に挟まっていた免許証と、名前が一致した。
「本物の免許証と車検証の名前が一致したな。」
「ここの住所に行くぞ。」
ようやく、手掛かりがつかめそうな状況になってきた。
後部座席には変装用の着替えがあり、トランクには鞄とカメラがあった。
鞄の中は空で、おそらくカメラを隠し持つ用だろう。
「住所どこだっけ?」
後輩がナビをセットしながら聞いてきたので、
俺は手元の免許証を渡した。
「俺のご近所さんだ。」
そう差し出した免許証の住所には、
小牧市の文字が書かれていた。
「桃花台の方だな。」
「集合住宅っぽいな。聞き込みは楽そうだぞ。」
そうして後輩はナビをセットした。
「聞き込みは明日だな。時間が遅い。とりあえず一旦張るぞ。夜中まで動きが無ければ、一度解散だ。そろそろ風呂に入りたい。」
半グレ潜入からまだ1日しか経っていないと思えないほど、俺たちは汚れていた。
「1日でこんなに汚れるんだな。人間って。」
そう考えると、睡眠もまともに取れていないが、今の所は特に眠気も無い。
身体にガタが来る前に寝なければと考えながらも、自分達の車に闇探偵の私物を全て積み込み走り出す。
「やっぱり先に風呂入らねぇ?」
まだ半渇きの髪の毛を拵えたまま俺たちは張り込んでいた。
部屋の明かりは消えている。
(アイツ、独り身なのか?)
指輪をしてはいなかったので、おそらく独身なのだろうが、一応念のために様子を伺う事にした。
「家の鍵車の鍵と一緒に付いてたんだろ?入っちゃえば?」
「バカ。もし誰かと同居してたらどうすんだ。それに人の家に無断に…」
「ハイハイ。住居侵入は犯罪。だろ?聞き飽きたよ。どのみち俺たち既にグレーじゃねぇか。」
痛い所を突かれた。
「侵入は最終手段だ。」
その後、朝まで張り込んでいたが部屋の明かりに変化はなく、玄関から誰か出てくることもなかった。
「一応、昼過ぎまで様子見だ。13時になったらインターホン押してみるか。反応無ければ聞き込みだ。」
またしてもアンパンと牛乳を手に張り込みをしている俺のポケットから音楽が鳴った。
「時間だ。これ食ったら行くぞ。」
そう言ってからアンパンを口に押し込んだ。
インターホンを押す。
ピンポーン。………ピンポーン。……
「反応無いな。聞き込むか。」
スーツ姿に首から社員証の様なものをぶら下げて、
メモ帳を片手に聞き込みを開始した。
後輩の方は、同じ格好に小さい初心者マークを胸につけた。
俺たちは市役所の調査と称して隣接する部屋や、同じ棟の住人に接触した。
「アンケートは以上となります。ご協力頂きありがとうございました。」
深々と頭を下げる。
「いえいえ、そんなとんでも無いですよ。こちらこそありがとうございます。」
インターホン越しではあったが、女の人は礼儀正しく応えた。
ここは男の住む部屋の真上に位置する階だ。
「あのーちなみに、下の方なんですけど、さっきお訪ねした時に留守だった様でして。お帰りの時間とかって分かったりしますか?」
「あぁ。藤沢さんですかね?そうですね〜多分夜になると思います。」
「あ、そうでしたか。ありがとうございます。
ちなみにどんな方がお住まいなんですか?」
「普通の男の人よ。今は1人だと思うわ。」
「今は?以前は誰かとご一緒だったんですか?」
「もうだいぶ大きいですけど、息子さんと一緒に住んでたわ。今は出て行ったみたいですけど。」
「そうですか。ありがとうございました。」
(息子がいるのか。という事は、元妻とは離婚か死別か。だいぶ大きいって言ってたな?次の聞き込みで突いてみよう。)
そうして、俺達はフロアを1つ降りて、次の部屋のインターホンを押した。
「あー息子さんね?多分、30歳ぐらいかしらね。結構悪そうな見た目してたわ。」
「藤沢さんのところか?あそこの息子は一度見た事あるぐらいだなぁ。」
「202の人?知らないなぁ。」
「藤沢さん?挨拶するぐらいかな。普通の人だよ。ちょっと禿げてるけど。あ、これ内緒ね?」
数件の聞き込みをまとめると、
藤沢はそれなりに近所付き合いはある方。
(挨拶、雑談程度。)
息子が30歳前後。(チンピラ?)
仕事の事は周りには話していない。
(一部の人間には会社員と言っていた。)
特に目立つ様な言動は無い。
どちらかというと息子のほうが、話題になる。
ここに住んでからはかなり長く、20年近くになる。
離婚を経験してから息子と住み始めた様だ。
(父子家庭か。まぁ、それにしても特に目立った話は無いな。グレた息子の話ぐらいか。)
「……。仕方ねぇ。夜、少しだけお邪魔するかぁ。」
俺は侵入を決意した。
どちらにしろ、このままだと藤沢は殺されてしまう。出来れば防ぎたい。
「手土産1つでも持って帰れば先輩の気も変わる可能性ある。」
望みは薄いが…。
俺達は夜を待つ事にする。
どんよりと曇った空はまるで俺の心とリンクしている様だった。




