第二十二話 天国?いや、地獄です。
「半グレに落ちた訳じゃ無いんです。」
震えながら俺は声を搾り出した。
「あ?」
先輩は続けろといった感じで、少し止まってくれた。
「先輩が上でぶっ飛ばした奴らの所に潜入してました。」
依然、俺は両腕を上げてまっすぐに先輩を見つめている。
「そんなとこ潜って何がしてぇんだお前。」
「お、俺の…俺のせいで死んだ人が居ます。」
「だからどおした。」
「仇を打ちたいです。」
「お前、本物の馬鹿だな。」
「馬鹿でもいいです。でも…」
俺の脳裏に、殺された依頼者の顔が浮かんだ。
熱く込み上げるものが腹の底から吹き出した。
「このまま、何もせずにのらりくらりと生きていけるわけ無いでしょ……。」
「………。」
「俺だって男として生まれてきたんだ!正義を語るつもりはねぇ!でもなぁ!責任を放棄するほど廃っちゃいなぁえんだよ!!」
気づけば涙を流していた。
溢れ出す感情に歯止めが効かないまま、俺は続けた。
「アンタ知ってるか?俺の所に来る人間は皆んな、苦しそうな表情してるんだぜ?すがる思いで駆け込んで来るんだぜ?依頼に失敗して怒られることもあるよ。でもな、成功した後の依頼者は俺に感謝をしてくれるんだ。勇気を出して相談したのは自分自身なのにだ!依頼者の新しい人生が始まるんだ!笑顔で俺にありがとうって言ってくれた人に、顔負けできねぇ生き方俺がするわけねぇだろ!!俺は探偵だ!真実に辿り着く案内人なんだよ!!」
正直、自分でも何を言っているのか分からなかった。ただ、口に出した思いは嘘ではなく、俺がずっと誰にも言わずに抱えていた思いなのは確かだ。
先輩を説得するという目的を忘れて、何故か自分の気持ちを告白した事に気づいた時、既に先輩は俺の目の前まで来ていた。
「その話、俺に何が関係あるのか?」
俺が最後に見た光景は、先輩がフックを打つ様な姿勢になった事と、その背後から後輩が先輩に向かって飛び蹴りを仕掛けていた事だった。
身体が揺れている。
誰かが俺を呼んでいる。
意識をゆっくりと取り戻した俺は、じわじわと目を開いた。まるで自分の意思では無い何かに命令される様な感じだ。
「…い。おい。おい!生きてるか!?」
目を開くと、男が俺を揺らして顔を覗き込んでいた。
「……お迎えってこんな感じなんですか…?」
「何言ってんだ。知り合いに天使でも居るか?よく見ろ。」
俺の目の前にいる男は後輩だった。
まだ頭が回ってない俺は、呑気にも笑いかける。
「なんだよ〜お前かよ〜俺はてっきり…」
そこで、自分の状況を思い出して、素早く立ち上がる!
「まっ待て!先輩が居る!油断するな!」
一気に心臓が加速して、血液を送り出す!
「そりゃそうだろ。ここはウチの事務所だからな。」
背後から声がして、すぐに振り向き、ガードを固めた!
先輩はソファに座り爪を切っていた。
机にはコンビニのちょっと高いコーヒーが置いてあり、その横に火のついたタバコが灰皿にもたれていた。
「…ん?な?…ど、どういう状況だ?」
前後の記憶が飛んでいるので、何故ここに居るのか、何故先輩は落ち着いているのか。何故俺と後輩は無事なのかが、思考が追いつかない。
「まぁ、とりあえず座れお前ら。」
俺と後輩は目を合わせて、ぎこちなく、警戒しながらも言う通りにした。
「言い分は分かった。お前、あの後どうするつもりでいた。」
先輩は爪を切りながら、目を合わせずに俺に聞いた。
「あの後って……。あ、潜入の事か。」
徐々に追いついてきた思考を独り言で整理した。
「犯罪者集団に潜入して、自首でも促すつもりだったのか?それとも…」先輩は爪切りを置いて言葉を切り、俺たちを見て続けた。
「得体の知れない相手をとっ捕まえて、警察に突き出すつもりだったか?何人居るかも分からない奴ら全員を?まさか。それとも…殺そうなんて考えてはねぇだろうな。」
そう言われて、返す言葉も無い。
今思えば、無鉄砲に突っ込んで、その場凌ぎの突破ばかりしていて、むしろここまでが都合良く運びすぎただけだった。
「………。」
俺は黙り込んでしまった。
視野が狭くなっていた。
「お前、言ったよな。依頼者は自分にすがる思いで訪ねてくるって。なんでお前の所に来るんだ?なんでお前に頼もうと思ったんだ?」
「…え。あ、いや……それは、やっぱり大手の探偵事務所は料金が高いし、あの辺で事務所構えてるのは俺しか居ないからじゃ無いですか?」
「潜入が終わった後、お前は自分の犯した罪をどう償う?」
「…自首します。」
「じゃあ、お前にすがる思いを託して来たこれまでの依頼者、これからお前に助けを求める依頼者は犯罪者のお前に未来を賭けるってわけだ。」
まるで雷に打たれた様な衝撃だった。
確かに、不良探偵と呼ばれ、素行はいい方では無い。しかしそれでも経歴に傷がつかぬ様、依頼者が安心して俺に頼める様に自分自身を潔白して来た。
犯罪歴があれば、探偵業法に則り、探偵業は出来なくなる。
(・禁錮以上の刑に処せられた者、または特定の罪(暴力団対策法やストーカー規制法違反など)により罰金刑に処せられてから5年を経過しない者。
・暴力団員、あるいは暴力団員でなくなった日から5年を経過しない者。
・心身の故障により探偵業務を適正に行うことができない者。 )
「バカが。」
先輩はそう俺を一瞥するとコーヒーを飲んだ。
5分ほど沈黙が続いただろうか。
大きなため息をついた先輩は、俺たちに再び口を開いた。
「お前が真っ白な探偵じゃない事は知っている。けど超えちゃならねぇ、一線ってのがあるんだ。その線よりこっち側に来るなら、俺も俺以外の人間も容赦しねぇ。反乱分子は排除するに越した事はないからな。俺たちの世界じゃ、敵の敵はまたそれも敵だ。」
そうして立ち上がり、先輩は金庫へ向かって歩き出す。そして、百万円の帯付きの束を、舎弟に渡して、舎弟と一緒に対面のソファに戻って来た。
「探偵業法ってのは、反社の依頼受けちゃならねぇんだよな?コイツは見習いで、まだウチの預かりじゃねぇ。経歴上はな。」
そう言うと舎弟の男は俺たちに百万円の束を差し出した。
「お前らに頼みたいことがある。」
「「は?」」
俺と後輩は同時に声が出た。
どう考えても帰らされる流れが急展開したのだ。
先輩はついてこいと地下にある防音の部屋に向かって階段を降りた。
扉を開くとそこには縛られたいつかの闇探偵が居たのだ。
「あ、お前…。」
まだここに居た事に驚き声が漏れた。
「バラ(殺)さずに情報を引き出すのが面倒だ。お前らが吐かせて、お前らで処理してくれ。」
「「は?」」
「ウチの事務所の鍵と、この部屋の鍵だ。好きな時間に出入りしろ。1週間やる。それまでにできなきゃコイツはバラす。」
そうして階段を登っていく先輩を2人で見送り、後輩と傷だらけの顔を合わせてから、男を見た。
男は指の骨が全て変な方向へ曲がっていて、青紫色に腫れ上がっている。
口にタオルを巻かれて、今は気絶している様だ。
(いやいや、探偵の分野じゃねぇだろコレ。それにここまでやって吐かないやつどうしろって言うんだよ。)
アレほど従順そうに躾けられていたのに、一体何を出し渋っているのだろうかと言う思いと、
それに対する闇の深さにまたしても冷たい汗が背中をつたる。
まだまだ、闇の底へは着きそうにない。
時刻は不明。おそらくまだ夜と思われる。
潜入は、地獄への入り口に立つまでの過程だと思い知ったそんな日になった。




