第二十話 進退窮まる。
「そーゆー訳で、コイツ好きに使ってやって下さい。」
後輩はそういうと、俺の頭をスパァーンと叩いた。
「あいっ…た。」
(台本にねぇぞこんな事!いや、そもそも台本自体ないんだが…。)
俺たちは無事に潜入を果たした。
19時にこのマンションの603号室で面接。というより、強制就職し、免許証のコピーまで取られた。
(コレ、一生飼い犬コースじゃねぇ?)
予想よりしっかりと身の回りを固められたが、
飛び込んでしまった事は後悔しても仕方がない。
潜入では、俺は後輩に借金がある、無職の中年。
という設定だ。
「ふーん。まぁ、コピー取ったから逃げはしないだろうけど、お前変な事考えんなよ?」
強面で恰幅の良い男は免許証のコピーをパタパタ揺らしながら俺に言う。
「そ、そんな…逃げる…だなんて。」
(怖えよ!半グレってこんなに怖えのかよ!)
ここに居る、大人7人の内、4人が手首から足首まで刺青が入っている。
(これ、半グレじゃなくてヤクザだろ。)
心の中でツッコミが追いつかなくなってきた所で、
この面接(?)をしている男は、山本と名乗った。
加藤でも五島でもないが、今まで見た奴よりヤバそうな雰囲気は感じる。
(この件が終わったら、田舎に引っ越そう。スローライフを送るんだ。)
そう固く決意し、俺は覚悟を決めた。
「どこまでできんの?」
山本は突然聞いてきた。
「は?どこまで?ですか?」
何のことを言っているのかは分からなかった。
「一応、いま、トリコ((取り子)ほかの強盗や詐欺のグループを襲って現金を奪い取る役)も探してんだよね。おっさん意外とガタイ良いからどうかなって。」
(やれるわけねぇだろ!)
「いやぁ、ちょっと自分、そういうの怖くて…。」
そう答えると、以外にも山本は
「そうか。まぁパクられても困るからな。とりあえず手押し(違法薬物の直接取引役)から始めようか。」と、こちらの言い分を飲んでくれた。
(ほう。適材適所意外と考えてるんだな。)
おそらくはリスクの軽減だろう。
恐怖心に駆られて、自首したり、脚がすくんで動けなくなり失敗。なんて事のないように、意外と考えられている。
「どのみち、手押しも別のトリコに狙われる事もあるから気をつけてな。」
(何だよそれ!どの仕事も危ねぇじゃねぇか!)
少しだけ雑談や、俺の嘘の生い立ちが話に入り、30分ほど会話をしてると突然、山本の側にもう1人体格の良い男が近づき耳打ちをした。話を聞いていた山本が一瞬だけコチラに目を向けて、すぐに視線を外した。
(コレは、まずい流れか?先日の無茶が祟ったか?)
軽く体勢を直して、すぐに対処出来るようにした。
緊張が走る。山本は男に対し相槌を返している。
「マジか…。今日?…うん。加藤さん?そうか。」
(今、加藤って言ったな?コイツやっぱりそれなりの立場にある人間だ!)
耳打ちが終わり山本がコチラに姿勢を直しながら口を開く。
「すまんが、緊急事態だ。応援がいる。おっさんは最悪運転手だけ任せるから、ちょっと来てくれ。」
「は、はい。わ…かりました。」
(どっちだ?俺たちの事がバレたのか?本当に何かの緊急事態か?)
「お兄さんは、帰って良いよ。部外者だから。」
そうして山本は後輩を帰るように促した。
「そうすか。分かりました。それじゃぁコレで。
お前、ちゃんと金返せよ。」
そう言って後輩は俺の頭をまた軽く叩き出て行った。
「ってぇ〜」頭を掻きながらも、後輩が帰されたという事は、俺たちの素性がバレた可能性は低そうだなと思い、山本の指示に従う。
黒いアルファードに乗り込み、俺は山本の指示通りに走る。
(良い車だなぁ。やっぱ金持ってるやつは違えわ。)呑気な事を考えながらハンドルを握った。
後部座席では体格の良い男が何やらゴソゴソと準備を始める。
売人の大学生みたいな奴は、着いてこずに、自分の仕事をしろと言われていた。
「コレから仕事ですか?皆さん一緒にってなると結構大きそうな案件なんですね。」
そう言って俺は探りを入れてみた。
「そうだな、おっさんが変な動きしないように先に伝えておくけど、今からタタキ(傷害や暴行の隠語)だ。俺の指示通りに動けよ。逃げたら解ってんな?」
そう言って、説明ついでに脅しを入れてきた山本は、何やらガムテープ(?)のような物を手に巻き付けている様子だった。
「だ、大丈夫ですよ〜逃げませんってぇ〜。」
俺はそう言って、前を見て姿勢を正した。
「3本目の交差点右に曲がれ。」
「しばらく道なりでいい。」
「2本目超えたらすぐ右だ。」
山本は的確な指示を出して俺を誘導した。
(指示が上手い。なるほど。コイツは能力の高さから、この立場に居るんだな。結構大捕物じゃねぇか?)
そうして走るうちに、到着したのは潰れたパチンコ店。
敷地の外に路駐をし、山本たちが覆面を被り、手に鈍器のような物を持って静かに降りた。
俺は車のエンジンを切り、建物の影に待機しろとのことだ。
車からはそれほど遠くは無いが、すぐには逃げられない状況を作られた。
タタキが終わったら走って車に戻り、全員が乗り込んだ瞬間に車を出す。コレが今回俺の任された役になる。
「はぁ〜…コレで俺も晴れてお尋ね者か…」
ため息をつく。
錆とひび割れで劣化した立体駐車場の上から、微かに話し声が聞こえ、人の気配がした。
「この上にターゲットが居るのか。可哀想に。」
通報しようか迷ったが、自分自身の身を案じて、今回は覚悟を決めて役を徹することにした。
しばらく身を潜めていると、上から声が聞こえた。
「何だぁ!?テメェら!」
その怒号を合図に、様々な音が聞こえてきた。
長物が空を切る音。肉を打つ様な音。金属が硬い地面や壁に当たる音。靴底が地面を叩く音。服が破れた様な音に、何か大きものが別の大きな物にぶつかる様な音。叫び声や怒鳴り声。
まるで物騒な音で奏でる、オーケストラだ。
(ひぇえ〜。神様〜。)
「4、5人(ゴッ!)きが(バガン!)てると(ビリッ!)なよ!」
(BGMデカすぎですよ!音声さん!)
命の危険すらある状況にも関わらず、何故か俺は心の中で、実況し、ツッコミを入れていた。
おそらく現実逃避に近い物だろう。
それから10分ほどすると、少しずつ雑音が収まり、
最後にドゴン!と大きな音が鳴ってから静寂が訪れた。
(終わったのか?俺はどうすればいいんだ?車か?逃走か?)
自分がいったいどこへ進んでいるのか、全く分からなくなってきた。
時刻は午後22時45分。
廃墟となったパチンコ店は、不気味なほど沈黙を貫き、俺の不安を掻き立てる。




