第十五話 探偵 〜生き方〜
空を見上げていた。
どんよりと雲のかかった空は何も言わずに俺を見返している。
雲に対しての感情は一切なく、ただただ映像として取り込んでいた。
依頼者が殺されたのは俺の所為だ。
きっと何も知らないので本当に何が何だかわからぬまま殺されたのだろう。
犯人はコイツじゃないなら誰だと夫の方に手を下した。
コイツでもない。だから、またあの闇探偵を雇い、俺の監視を続けた。
依頼者の友人の証言していたスーパーに居た反社風の男たちは重要な証言だったのだ。
あの人は無事か?マッシュは?新城市の建築会社のおっさんは?そう思って立ちあがろうとするも、
自分の行動が全て裏目に出てしまうのではないかと、また、すでに手遅れになってしまっているのではないかと、怖くて力が入らない。
目の前が滲んで星が泳ぐ。
「お、俺が……俺が殺したんだっ…!」
きっと怖かっただろう。逃げたかっただろう。
助けて欲しかっただろう。見てもないのに容易に想像できる依頼者の顔や悲鳴が脳裏から離れなくて思わず両手で目を覆った。
「………。」後輩は俺のそばで何も言わずに立っている。
ビルの屋上は下界の喧騒を拾う事なく静かで、薄気味悪さを感じる。
顔に水滴の当たる様な感覚があった…。気がする。
雨が降り出した。
サーっという音が頭のノイズに紛れて少しだけ気が楽になる。
だが動く気力はまだ湧かない。
「…風邪引くぜ。」
後輩がようやく口を開く。
「風邪引いたら俺は死ぬのか?」
かなり性格の悪い返しをしてしまったと自分でも理解した。でも自分を責められずには居られない。
後輩はまた黙り込んだ。
雨は段々と激しくなり、屋上にはすでに何ヶ所か水溜りが出来上がっていた。
手を顔から離し空を見る。雨粒が目に入るが、瞬きすらしないまま、また空を見上げる。
誰かが階段を上がってくる。
俺は見向きもしない。先輩の舎弟が上がってきた。
「兄貴が呼んでいます。」
そう俺たちに言う男は、気を遣ってなのか、俺たちに傘を持ってきてくれた。
舎弟について行き先輩のいる所へ。
「おう、お前らもう用済みだ。帰れ。今から親父が来る。」たったそれだけの為に呼ばれた俺たちは断る理由も無かったのでそのまま何も言わずに帰路に着く事にした。
あの男はもう居なかった。
おそらく先輩の言っていた(ハエ)に該当したのだろう。きっとまだ尋問を受けているはずだ。
俺と後輩は車に乗り込んでからアパートに帰るまで一言も話さなかった。
雨で濡れた身体をエアコンの熱が少しずつ乾かしていく。車に水滴が当たる。水しぶきを跳ね上げる。
車内で聞こえた音はそれくらいだった。
アパートに着き後輩は、
「今日は帰るよ」
と言った。気を遣ってくれたのだろう。
俺は短く返事してから後輩に謝った。
「さっきは意地悪な返しして悪かったな。すまない…。」
「気にすんなよ。責任は俺にもある。」
そう言って踵を返した後輩を見送る。
戸締りをして、布団に横になる。
しばらく目を瞑っていたが、眠る事が出来ずに目を開けて天井を眺めていた。
どれほどぼーっとしていただろう。
気付けば外は明るくなりかけて、昨日の雨はすでに止んでいた。
スズメなのか、朝のあのチュンチュンと聞こえるお決まりの声が外から聞こえていた。
(外に出よう…。)何かしたかったわけでもなく、
だが何もせずにはいられなかった。
シャワーを浴びて、着替えて外へ出る。
朝の空は雲ひとつなく、まだ日の出前の世界は静かに空気が止まっていた。
皆んなが寝静まった頃に地球は空気の洗浄をしたのだろうか。こんな気分だというのに空気は美味い。
家からしばらく歩いた場所にある国宝へ来た。
犬山城の麓には、針綱神社というところがある。
普段参拝なんてしないのだが俺は、何故だか足を踏み入れた。鳥居を潜った瞬間に何となく空気が変わるのが分かった。
(なるほど。参拝に来る奴らの気持ちが今ならわかる気がする。)
そう感じて奥へ進む。
境内は外から見た感じとは違い、広い印象を受けた。
(へぇ。子供の頃一度来た記憶しかないから、こんな感じになっているとは記憶になかったな。)
神社に対する感想を小出しにしながら奥へと進む。
大きな賽銭箱のある社を発見した。
ポケットの中を探ると、小銭がいくつか出てきた。
720円ある。
俺は少し躊躇しながらも1番でかい500円玉を入れた。
(コレ、お辞儀とか何回すんだっけ?)
分からなかったので、取り敢えずお辞儀をし、手を2回鳴らした。
特に、お願い事なんて無かった。何も考えずにきたものだから、何を願えば良いのか。
俺は思いの丈をぶつける事にした。
(神様。アンタが何を司る神なのかは分からない。でも、知り合いの神様に俺の悩みに強い奴1人ぐらいいるだろ?俺は、どうすれば良い?俺のせいで人が亡くなってしまった。どうやって償えば良い…。どう生きれば良いんだ。)
そうして顔を上げた時にふと自分が神頼みなんて…と思い直し、
「ハッ…馬鹿馬鹿しい…。」
と、冷静になりポケットに手を突っ込みながら神社を後にする。
アパートに着き、応接室のソファにドスンと座り込みタバコに火をつけ、お決まりの天井に向かって吐き出した。
そこからはあまり何をしたか覚えていない。
布団に横になったり、パソコンを開いたり、携帯をいじったり。
気がつくと俺はソファに横になり寝ていた。
目を覚ました時には周りは暗くなっていて、夜になった事を理解した。
しかし、それでもやっぱり何をすれば良いのか分からない。
(いっそ、このまま何処か遠くへ行って死のうか。)そんな考えが頭をよぎる。
ふと携帯に目を移すと、後輩からメッセージが来ていた。
(いつでも呼んでくれ。)
ただそれだけの、しかし、何だか俺にとってはとてもありがたく思える文だった。
そこで、ふと、例の依頼者のSNSを見ようとして、見れなかった事を思い出す。
(まだアカウント残ってるか?)そう思いながら検索した。アカウントはすぐに見つかった。
投稿を覗く。
××月××日
今日は○○ちゃんとランチに来た。
食べ方上手過ぎん?w
××月××日
今年初のライブに来たよ!
推ししか勝たん!
(意外と、投稿の内容が若いんだな)
そして1番最新の投稿に目が止まる。
04月××日
「私には私の生き方がある!」今日、言われた言葉。当たり前だけどそうだよね!
ありがとうございました。ハッとして気付かされました!
俺の事だ。
俺が、相談を受けた日に依頼者の背中を押した言葉だった。投稿が涙で見えなくなる。
「何やってんだ俺は……。」
そうだ。俺たちは自分の人生を生きるしか無いのだ。思った様な結果にならなくても、たとえ努力が報われなくても、自分で自分の人生を選んだのならば、道を切り開いていかなければならない。
俺は自分の頬を思いっきり叩いた!
バッチーン!!
「イッ!!」少々強く叩きすぎた様だが、お陰で目が覚めた。鏡の前に行き、自分の顔を確認する。
俺の目にはしっかりとハイライトが入り、
強い目力には揺るぎない決意と固い意志を感じる。
「俺は、探偵として生きる事を選んだんだ。俺には俺の生き方(探偵)がある!」
そう自分へ言葉をかけ、鼓舞し、後輩へ電話を掛けた。
さっきの500円玉の効力がじわじわと効いてきたのか、身体が熱く、燃えるようだ。
俺を敵に回した事を後悔させてやる!
俺はしぶとくて悪名高く有名なんだからな!
血液が沸騰している様な感覚が、俺を加速させた。
そんな気持ちとは裏腹に、外の空気は涼しく、心地よい風の吹く散歩にはちょうど良い春の気候。
どこかで、カエルが鳴く。
そんな平和な夜だった。




