第十話 不穏
昨日1日を二日酔いで潰した俺は、今朝早くから調査の準備に取り掛かる。
「あっれぇ?…っかしいな。」変装で愛用していたいつもの帽子が無い。まぁ、普段から掃除とは程遠い生活をしているので、おそらく部屋の何処かにはあるのだが…。いかんせんこんな状態だ。足の踏み場もない。
「っしゃぁーねーなー。」帽子ぐらいならまた買えば良いかと、それ以外の準備を始めた。
今回は新城市へと向かう。
お住まいの方には申し訳ないが、目立ったところもない、山ばかりの田舎…いや、自然の豊かな場所である。
乳岩峡が有名だ。
切り分けられたような洞窟の形が猫の形をしている事で有名だ。
今日の地図を再確認、周りには目立つ建物も無い。
会社というより、一軒家のような出立をしている。
おそらく、居住地を会社として使っているのだろう。マップには無いが、目の前の土地をそのまま土場(材料や道具、車両などを管理する土地とでもいえばわかりやすいか。)として買い取り、使っていると言っていた。
今日は下見をし、本格的な調査は明日からになる。
「さて、行くか。」
車に乗り込み、家から10分程の某作業服店へ。
黒っぽい帽子を買いに来たのだが、無い。
「はぁ?そんな事あるのかよ。」
他の店にも行くかと考えたが、俺の面倒くさがりな性格が迷彩柄の帽子を選んだ。
(まぁ、ほとんど山の中みたいなもんだ。こっちの方がそれっぽいだろ。)
面倒くさいとは裏腹になんだか昔やった軍のスパイゲームっぽくてカッコいいなとか思う俺であった。
車を走らせ、小牧市の高速乗り口からから東名高速道路へと合流。そのまま静岡方面へと向かう。
今回、後輩は法事があるとかどうたらで同行を拒否された。
内容も危険なものでは無いため良しとした。
鼻歌を奏でながら目的地へと向かう。
到着は昼頃だろうか。何を食べようか。
そんな呑気な考えをしながら車線変更をした。
ピンポーン。
インターフォン越しに映る作業着を着た男に女は何の疑いも無く応答する。
「あ、業者の方?」
「はい!そうです!ご主人からお話しあったと思いますが、倉庫のチェックに来ました!良ければこのまま土場の方失礼しますね!帰りはお声掛けしましょうか?」
「いいえ、結構ですよ。よろしくお願いします。」
そう言って挨拶をし、俺は土場に入る。
依頼人が家族に変な心配をかけたく無いと、俺は倉庫の劣化を調査しに来る業者として敷地を跨いだ。
(そんな仕事あんのか?)
自分で演じておきながら疑問に思い倉庫の入り口にかかったキーボックスの暗証番号のダイヤルを合わせた。
それほど大きな倉庫では無いが、立派なものだ。
道具や材料もある程度整理されている。
俺は昔、何社か建設会社に勤めていたが、ここまでちゃんと整理しているところもなかなか無い。
きっと今後も成長していく会社になるだろうと思い、中の状況と状態を確認する。
(裏口は無し。窓も小さな窓が1つ。俺の頭程の大きさか?あそこから侵入は考えにくいな。)
一度倉庫を出て周りをぐるりと一周する。
特に穴や破壊の形跡も無いため、おそらく出入りは入り口からだろう。
(仕事の準備とかしてる時に一緒に持って出てる可能性があるな。)そう思い、敷地内に目を配る。
道路側にある唯一の道。そこの建物の影から散歩?だろうか。男が1人歩いていった。
(人通りも少ない。防犯カメラはあるものの、俺の推理通りだとしたら、このカメラは問題にならないだろうな。)
俺は土場を後にした。
もう一つの目的へと足を運ぶ。
遺体発見現場だ。
何の変哲も無いただの山道。舗装はされているが、街灯も無く、夜になるときっと真っ暗になるだろう。道の側溝沿いには花束が置いてある。
しゃがみ込んで手を合わす。
花の香りか、集落が近いせいか、ほんのりと柔軟剤の様な香りがした。
まるで、私はまだここに居ますとあの依頼者が言っている様な気がして、少し目の前が霞んでしまう。
(何もできないくせに、一丁前に涙は出てきやがる…。)
もしそこに居るのならと思い、俺は依頼者に対してなのか、自分に対してなのか、「俺が覚えているうちは、近くに来たらまた、手を合わせに来るよ」と少しだけ逃げ道を作った様な独り言を呟く。
卑怯な男だ。
立ち上がり少しだけ現場付近を散策してみる。
警察が調査した後に手掛かりが残っているとは思えなかったが、俺だけが分かる何かがあるのでは無いかと周りを見てみる。当然何も見つからない。
(俺に出来ることは無いか…。)そう痛感して自分の車の方へと歩き出す。
夜中になり、本格的に張り込みが始まった。
今回は対象者の住所もあらかじめ分かっている。
26歳。独身。程よい筋肉質で短めのチリチリのパーマ?地毛かもしれない。ヤンキーみたいな感じだ。
1日目は家から会社に向かい建築現場へ。そして帰宅。
何の変哲も無いただの建築作業員の一日だ。
対象者は、社用車で移動しているので道具や材料もいつでも持ち出せる状態にある。
つまり、いつ行動を起こしてもおかしく無いのである。
2日目。自宅から会社へ。現場に入り、終了後帰宅。
3日目。レンタカーで車を変更。
自宅から会社へ。現場に入る。このタイミングでレンタカーに乗り換える。現場へ戻る。終了して帰宅。
(明日は依頼者の会社が休みなので、尾行がメインになるかな。)
そう思いながら張り込みを続けていると、対象者が突然の外出。
車に乗り込み、走り出す。
(このタイミングで動いたか。明日が休みだから、金を使う用事でも出来たのか?)
慎重に追いかける。
特に後ろを気にする様子もなく進んでいく対象者。
俺はしっかりと間に車を一台挟むか、車間を広めに取り追いかける。
(来た道を戻っているな…。)
だいたい察しがついた。
信号で一度離れてしまったが、問題ない。
住宅街に入り突き当たりを左折すればいるはずだ。
予想が外れたらえらい事になるが、多分大丈夫だろう。
住宅街に入る。左折。(居た。)
俺は一度対象者の横を通り過ぎ、ライトを消し住宅の角に車を止めてカメラを構えてながら降りた
対象者は、建築現場に戻り、電子工具(俗にいうインパクトドリル)をケースから出し、本体だけを持ち出して車に詰めた。
そして周りをキョロキョロと見渡し車に乗り込み再び走り出す。
(なるほどなぁ。箱ごと無くなるより、中身だけ無くなる方が少しリアルな感じで無くしたと言えるし、どこかの現場に忘れた可能性もあるとも言えるからな。)
事実尾行をしたこの3日間は全て別の建築現場だ。
そのまま車で尾行していると、対象者は家を通り過ぎて走り、高速に乗った。
(高速!?)驚きはしたが、足がつかないために少し離れた場所で売るのだろう。そう納得し追いかける。
しばらく走っても止まる気配は無い。
もう、岡崎市まで来た。
(あれ?まだ降りないな。用心しすぎじゃ無いか?)
そんな俺をよそにどんどん走っていく。
豊田市を過ぎ、三好、日進、とまだ進む。
そのあと少し走ったところで左にウィンカーを出す。
(コイツ、名古屋向かってないか?)
俺の予想は的中し、社用車とレンタカーの2台は、名古屋の街へと吸い込まれていくのであった。




