第九話 相棒
今日は探偵らしく虫眼鏡を持って証拠を探す。
訳もなく……
「えぇ〜とね〜。君はぁ〜…俺と結婚する!」
「やだぁ〜」
「やだってなんだよ〜!失礼な!」
俺は今日、久しぶりに駅裏のガールズバーに来ている。
ここ最近働き詰めだったので、羽を伸ばしに来たのだ。新城市の依頼も調査は明後日からで時間があるうちに遊んでおこうと言う魂胆だ。
なんだか久しぶりに眉間に皺を寄せなくてもいい環境になると、ふと探偵なんてやめて一般企業で働こうかと思う時があるが、今更人に使われるのは性に合わないとすぐに思い直す。
俺は、働きたい時に働き、遊びたい時に遊ぶ。
そんな生き方をしたいのだ。欲を言えば、宝くじが当たり、毎日酒を飲み、スポーツカーに乗って、美女を隣に座らせながら悠々と暮らしたい。
「新人ちゃ〜ん!手相見てあげる!こっちおいで〜!」すでにキープボトルの酒を半分ほど空けた俺はいい感じに酔いが回っていた。
「あれれ〜?新人ちゃんもねぇ〜俺と結婚する!」
この様である…。
なぜ人は二日酔いの日にアレほど飲まないと誓った酒にまた飲まれてしまうのか。
誰か、20文字以内で完結にまとめて俺に教えて欲しい。
「アル中だな。」そう5文字ほどで確信に近づくセリフは俺に届かず、後輩はカウンターへ避難していた。
「そういえばあんたが酔っ払ったところ見た事無いわね」カウンターで暇そうにしていた後輩の元へ、タバコの火を着けながらママが近づいていった。
「まぁ、そんなに酒強く無いからな。気持ち悪くなる前に飲むの辞めるからかな。」
2人ともカウンターで話はしているものの、
まるで動物園の猿を見るような視線を俺に飛ばしていた。
「不良探偵ね〜。」
「不良探偵だな〜。」
ママと後輩のセリフが同時に被る。
「あんたアレに付いていっても将来大成しないわよ?」片眉を上げながら、初めてママが後輩へと視線を向ける。
「そうだなぁ。そうなりゃここで用心棒でもするよ。」ガールズバーには、過剰スペック過ぎると思う用心棒は、グラスを傾けながら氷を鳴らした。
久しぶりに酒をたくさん飲んだせいか、いつもより早く酔いが回り、ソファで横になる俺を見下ろしながら後輩はため息をついた。
俺は完全に潰れたのである。
「外に捨てる?」ママが言う。
「回収してくれるか?」後輩がツッこむ
「最悪そのまま置いて行きなよ。どうせ昼まで起きっこ無いわよ」
閉店まではまだまだ時間はありそうだが、俺がこうなったらなかなか起きないことをママは知っている。事実、幾度か店で朝を迎え、誰も居なくなった店内に残された事もある。
「良いよ。今日は連れて帰るよ。」
そう言いながら後輩は俺を背負う。
「良かったら車出すよ?」とママは言うが、後輩は断った。
「良いよ、まだ店もあるだろ?それにこの時間なら電車もある。その代わり車置いていっても良い?」
それは良いけどと心配そうなママを他所に後輩は俺を背負って出口に向かう。
「あんたも大変ね。」
「フッ…。まぁそうだな。おかげで退屈しないよ。それにこんなんでも俺の社長で先輩だ。ツケにしといてくれ。」そう言い残し俺たちは店を出た。
気がつくとバーから家までちょうど半分の距離ほどの公園に座っていた。
(アレ、どこだここ?)酔った頭で状況を判断して周りを見る。
「ほら。」
目の前に突然現れたペットボトルに思考が追いつかないまま受け取る。
「ここまでが限界だわ。後は歩いてくれ。」
少しだけ息を切らせた後輩が隣にドスンと座り水を飲む。
「ここまで運んでくれたのか?」
「一応な。」
「そうか。ありがとな。」
キャップを開け水を喉へと流し込む。
美味い。冷たい水が喉を通り胃に到達したのが分かる。
意識のない俺をここまで運ぶには相当大変だっただろう。それに「後は歩け」と言うことは、背負ってきたのだろう。化け物じみた体力だ。
「ママがツケで良いとよ。」
そう言って、半分ほど残った水を全て流し込んだ後輩は立ち上がる。
全く恩着せがましくない態度で、
行くぞ
というように手を回す。
「よっこらせ」立ち上がり歩き出す。
世界に2人だけになってしまったかと思うほど静かな夜を横に並んで歩き出した。
夜風が気持ちいい。
駅の近くになると人が少しだけ増えた。
きっと仕事帰りや、飲みの帰りだろう。
ワイワイとまだ元気そうな若者たちと、もうすでに限界が来て座り込むサラリーマン。
お酒とは全く無縁そうなOLのお姉さんがしっかりとした足取りで歩く。
そんな何気ない光景の中、千鳥足で歩き、気の許せる後輩と歩く俺はもしかしたら幸せなのかもしれない。
酒のおかげか、少し思考がポエムチックになっている気がする。
俺の千鳥足に気を遣ってなのか、後ろを歩くサラリーマン風の男は俺をなかなか抜かせないでいた。
(すみませんね〜。なんせ酔っ払いな者で。笑)
こんな所で出さなくても良い性格の悪さが少しだけ出てしまう。
「後ろ。人。」後輩にそう言われてしまったので、仕方なく道を譲る事にした。
「あ、すいやせん」そう、聞こえるか聞こえないかぐらいの早口で小さな声を発したサラリーマン風の男は足早に俺たちの間をすり抜けていった。
汗と柔軟剤の混ざったようなにおいが、その後を追いかける。
「大変だなぁ。普通の人は。」
そう独り言のように呟きながらポケットに手を突っ込み、再び歩き出す。
35歳 職業探偵。人の不貞行為で飯を食う。そんな普通とは少しかけ離れた男は今日も呑気に生きている。




