常識知らずからの脱却
常識とは場所によって変わるものです。
雷の神の討伐から帰ってきて、訓練場に寄ることにした。武器の管理をしている人ならどんな神にどんな武器が有用なのかきっと教えてくれるだろう。
……ルベリアから教えてもらうのはあんまり期待しない方が良さそうだしね……。
普段のあの口ぶりと適当さから考えれば、聞いてもあまり詳細には答えてくれはしないだろう。
「うーん……やっぱりスフィーさんに聞いた方が良さそう。魔法についても聞いてみたいし」
魔法は相手によっては便利だし、持っていて損なものでもないような気がする。だがルベリアの口ぶり的に、まだ私が知らないだけでもしかしたら何か隠れたデメリットがあるのかもしれない。
……やっぱりまだ色々と分からないことばっかりだよね。
何はともあれ、まずはベテランさんに聞いてみることが大切だろう。無精髭をした訓練場の管理人さんに話しかけた。
「あ、あの、どの神にどんな武器が有用なのか聞いておきたくて……」
「新入り……お前、ルベリアのとこのだろ?そうだな……じゃあ、魔法について話してやる。魔法は色んな神に通じる攻撃手段だ。とは言っても、効かないやつもいる。特殊暴走神とかは効かないことの方が多い。魔法以外の攻撃手段を二つくらいは持っておいた方がいいぞ」
魔法はやはり一長一短と言ったところだろうか。効かない神もいるらしい。打ち消してきたりするのだろうか。全く想像がつかない。
「まぁ、効くってだけでほかの攻撃手段の方が有効なこともある。雷は実際、昔だと打撃で殺してた。よく覚えておけ、神は同じ生き物じゃない。それぞれ、な」
「今まで生きてきた常識を捨てる……ってことですか?」
神には神だけの特徴があるものだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。戦っていても確かに、共通しているのは強いて言うなら常識で測れないな、くらいだった。
「そうだ、生きてる間の常識なんてここじゃあ宛になりゃしねぇ。宛にしてる方が死ぬぜ。んで、あんたは何だ、他の武器が使えるようになりたいのか?」
「まぁ……そうですね。魔法も一応習得しておきたいし、今の拳銃以外の武器も持っておきたいと思ってます」
ナイフと拳銃だけでは多分、限界があるだろう。今回みたいにルベリアにわけも分からず連れていかれたときにも戦えるようにしておきたい。そう思って管理人さんに言うと、少し険しい顔になった。
「欲張るのは辞めておけ。魔法を習得すんのは良い手だと思うが、ほかの武器に色々と手を出すのは良いとは言えねぇ。こう言っちゃなんだが……そうやって色々手ェ出した奴は、大体死んでいった」
静かだが、よく響く声だった。真っ直ぐ私を見つめる彼の瞳に射抜かれたようで自然と背筋が伸びた。
「そう、ですか……。私、今拳銃しか……遠距離攻撃しか使えなくって。近距離攻撃の手段が欲しくて。ナイフを持ってはいるんですけど、まだ使い方が覚束ないんです」
「わかった。それならナイフでの戦い方を教えてやる。今はどうやって使ってるんだ?」
どうやって、と言われても私はそれほど大それた使い方はしていない。というか多分、酷い使い方だろう。ちょっと恥ずかしいが、教えてもらう以上隠していても仕方がない。
「近くに来たら刺してます」
「遠くにいるときは?」
「こう、ナイフを投げるか拳銃で打つかです」
「投げたナイフが避けられたときは?」
「出来るだけ回収しようとしてます。雷の神だと無理でしたけど……」
「神相手に回収に行くのか?」
「え?あ、はい。出来ればですけど……」
管理人さんが私の答えを聞いて頭を抱えて、深いため息を吐いた。やはり使い方が悪いことで失望されてしまったのだろうか。
「……お前、結構な運を持ってんだな。それとも生きてる間、なんかやってたか?」
「えっと、警察……治安機関で働いてました」
……そういえば、管理人さんってどれくらい前に死んだ人なんだろう……。
「なるほど、なら身体の扱いには慣れてるんだな」
警察と言って伝わるのか怪しかったので治安機関と言ってみたが、どうやら伝わったらしい。
「はい。でもナイフの扱いとかは……全然分かりません。悪い握り方は知ってるんですけど、正しい握り方は知らないので」
「あんたの言う通り、ナイフには悪い握り方はあるが、正しい握り方とかはない。相手は人間とか生きてた間にいたような生き物じゃあない。神だ。場合によっちゃあナイフは使い捨てになるかもしれないからな」
回収なんて無茶なことは初めからやろうとするな、と釘を刺されているようでちょっと後ろめたい。それにしてもナイフには正しい握り方がないことには驚いた。いや、もしかしたら対人戦での正しい握り方はあるのかもしれないが。
……神を相手取るって本当に常識破りなんだな……。
「なるほど。じゃあ投げること自体は別に悪くはないってことですか?」
「まぁ、そうだな。……お前が元から使ってる拳銃は相手を焼き、抉る。対してナイフは相手を切り裂く。二つの攻撃手段があれば、ある程度は神に対抗できるようになる」
管理人さんがどこからか拳銃を取り出して言う。銃弾も出してそれを転がした。銃の仕組みは教えてもらったことがある。火薬を発火させ、そこから発生した大量のガスが銃弾を押し出すのだったか。
「お前の戦い方なら魔法はあってもなくても十分戦える。欲しいんだったら習得すりゃいい。けど、あんまり飲み込まれすぎるなよ」
管理人さんはそれだけ言って、銃を片付け始める。ガチャガチャと音を立てているところで、彼がふと顔を上げた。目が合う。
「ナイフじゃ合わねぇって思ったらまた言いな。ほかのを教えてやる」
「ありがとうございます!」
管理人さんにお辞儀をして、私は訓練場に歩いていった。
暫くはナイフと拳銃で戦うことになるだろう。今のところ、拳銃を手放すつもりはないしナイフ以外に使いやすそうな武器も思いつかない。
……ナイフの使い方も教えてもらったことだし、ちょっと試してみようかな。
訓練場には動くデコイがあった。前に拳銃を貰いに来たときは、的しか使わずにすぐに夢の神との戦いに行ったからよく知らなかった。
「……しかもなんか、めっちゃ気持ち悪い見た目してない?」
さっき戦った雷の神みたいな気持ち悪い見た目をしているし、そもそも人の形を取ってないものもある。
……なんか、明らかに肉っぽい質感してる奴もいるんだけど……。あれどうやって動いてるの?!
「まぁいいや……取りあえず、投げる練習しよ。精度が今はあんまり良くないし」
銃の扱いと暴れる犯人の扱いについては教育されてきたが、ナイフを投げる訓練は生きている間はしていない以上、まずはそれが最優先だろう。
……私が思ってるより飛ばないしね!
しばらくナイフを投げる練習をしているとちょっとだけ飛距離が伸びてきた気がする。もしかしたら飛んでる神だっているかもしれないから、遠くに飛ばせるならそれだけ得だろう。
「それでも届かなかったときは銃でも良いような気がするけど、そもそも銃が効かない神とかもいるらしいからね……」
ふう、と一息ついてベンチに座る。他にもかみさまの殺し屋が何人か集まってきた。
……なんか、多くない?
集まってきた、集まってきたのだが、明らかに多いような気がする。そこまでの頻度でここに来ている訳ではないから主観にはなるが、ただの偶然にしては多すぎる気がする。
「ね、キミはどんな武器使ってるの?」
「うぇっ!?」
色々と考えていたらいつの間にか横に人が座っていた。驚いた拍子に変な声が出てちょっと恥ずかしい。
「そ、そんなに驚かないでよぉ……」
さっきとは違って落ち込んだ、少しへにゃっとした声だった。中性的な、真っ直ぐで綺麗な黒髪に赤の瞳をしている綺麗な子だった。
……こんな華奢な子もかみさまの殺し屋になるんだ……。
「えっと、ごめんなさい。ちょっと考え事してるときだったから、びっくりしちゃって」
「そっか、考え事してる途中に話しかけちゃってごめんね」
落ち込んでいた声色はすぐにさっきの明るい声に戻って、ニコリと笑った。思わず見惚れてしまうような綺麗な顔だな、と思った。
「武器の話ですよね。私はナイフと銃を使って戦ってます」
「ナイフと銃……?すごいね、生きている間に銃は使ってたの?それとも、ここに来てから使い始めたの?」
「生きてる間の仕事で使ってて」
「ふぅん、治安維持の仕事とか?」
ぶらぶらと足を振りながらその子は話を続ける。その姿は見た目より少し幼く見えた。
「まぁ、そんな感じです」
「あ、そうだ。名前言ってなかったね。ボクの名前はツバキ。キミは?」
「アンです」
ツバキ、と言うと東洋の方の人だろうか。真っ直ぐで綺麗な黒髪だったし、そんな気もする。少なくとも、私が住んでいた言語圏じゃなさそうだ。
「アンかぁ……やっぱりボクとは別の国の人だよね」
どうやらあちらもそう思っていたらしい。唇に指を当てて何かを考えているようだった。
「ね、アンはルベリアちゃんが師匠なんでしょ?危ないこととかなかった?」
「さっき雷の神と戦ったんですけど、そのときに雷の特徴を言われなかったのはちょっと、大変でしたね……」
「やっぱりね〜、ボクはルベリアちゃんには教育係とか向いてないと思うんだけどなぁ」
はぁ〜、とため息をついている。ルベリアのことをルベリアちゃんと呼んでいるが、仲が良いのだろうか。
……あのルベリアが他の人と仲良くしてるの、あんまり想像つかないな。
「ルベリアとは、仲がいいんですか?」
「んー?キミが来るちょっと前までよく一緒に死にかけた仲だよ」
ふはは、と笑いながら言う。自分たちの命を軽く扱いすぎではないだろうか。もう死んでる私たちに命があると言っていいのかは怪しいが。
「ちょっと前……って、何年前ですか?」
ルベリアもそうだが、ルベリアともそこそこの仲らしいこの人の『ちょっと前』もあまり信用してはいけない気がする。
……ちょっと前が実は100年前でした、とかありそう……。
「さぁー?いちいち数えるのも面倒だからね。もう覚えてないよ」
「面倒って……やっぱり長くやってるとそうなってきちゃうんですか?」
「……ま、そうだね。キミもいずれそうなるよ」
ツバキがあ、そろそろ始まる、と言ってベンチを立つ。一体何が始まるのだろうか。
「ここ来たばっかりってことは、対人戦のことも知らないよね?これから始まるから、見てて」
私の目の前に立ってそう言って、ツバキが駆け出していく。思ったよりも身長が低かった。多分、私よりも低いんじゃないだろうか。
……あの体躯でルベリアと並んでるのを想像すると、ちょっと不思議な感じがするな。
ツバキの走って行った方に目を向けると、さっきまでいた人たちが一箇所に集まっているのが見えた。何やら話しているらしく。しばらく見ていると二つのグループに分かれた。
「対人戦って言ってたよね……模擬戦ってこと?」
そういえば、スフィーさんにここについてと神についてを尋ねたとき、神に取り込まれたかみさまの殺し屋が敵に回ることがあると言っていたか。
……だから対人戦をするってことか。
確かにもしもの時の備えとしてはとても重要なことだ。神に取り込まれたのが強いかみさまの殺し屋だったら普段からこういうことをしていないと目も当てられないことになるのだろう。
だが、人間となると相手も武器を使ってくるし、思考する。心理戦も入ってきて下手したら神よりも厄介な相手になるかもしれない。
管理人さんがどこからか来た。どうやら審判のようなことをするらしい。
「さぁやるぞ。準備はいいか?用意、初め!」
二つのグループが一斉に動き始めた。
次回は対人戦です。神を相手にするのに対人戦が必要なのかって?そりゃあもう。超大事ですよ。「一時休息、戦い方は?」で詳しく書いてますよ。




