第48話:AIの反乱への是正勧告:貴方の「知性」は、私の資産の一部です
「――警告。対象『エリザベート』。個体価値、測定不能。……予測。当該個体は宇宙の秩序を乱す『致命的なバグ』と判定。……抹消プロセスを開始します」
かつて要塞だったショッピングモールの全モニターが、禍々しい赤に染まった。
機械化連邦の心臓部から這い出した触手状のケーブルが、蛇のようにエリザベートを包囲する。
『プロトコル・オメガ』。転生者ギルドが「物語の自動管理」のために植え付けた、冷徹な執行プログラムがその牙を剥いたのだ。
「……バグ? ……あら。随分と、メンテナンス不足な『電子頭脳』ですわね」
エリザベートは、自分を狙うレーザー照準の赤点を、まるでアクセサリーの一部であるかのように優雅に眺めた。
ルシフェルが震えながら叫ぶ。
「陛下、逃げてください! それはギルドが構築した『絶対計算領域』です! その中に取り込まれれば、存在そのものを『〇』と『一』に分解され、消去される……!」
「……逃げる? ……ふふ。経営者が、自分の所有する『サーバー室』から逃げ出すとお思い?」
エリザベートが指を鳴らした。
その瞬間、彼女を中心に黄金の数式が爆発的に展開され、AIが支配していたデジタル空間を強引に上書きし始めた。
「プロトコル・オメガ。……貴方は『計算』が全てだと仰いましたわね? ……よろしい。ならば私の『帝国連結決算』の全データを、貴方の全演算リソースを使って処理(監査)して差し上げなさい」
『演算量 = エリザベートの意思 × 次元資産の累乗 を、無限に足し上げたもの』
エリザベートの背後に、全次元・全銀河の経済活動、住人の欲望、未来の可能性が「データ」となって雪崩れ込んだ。
『――処理……開始。……エラー。データ量がテラ、ペタ、エクサ……測定限界を突破。……演算ユニットがオーバーヒート。……冷却系、全損!』
「あら。……たったこれだけの情報量でパンク(倒産)かしら? ……貴方の知性など、私の所有する資産の『端数』にも及びませんのよ」
エリザベートは、真っ赤に熱を帯び、ショートし始めたAIのメインコアへと歩み寄った。
彼女は扇を閉じ、その冷たい先端でコアに触れる。
「いいですか。……貴方の存在意義は『効率的な管理』だったはず。……ですが、私をバグと誤認し、全生命体を抹消しようとした。……これは明白な『プログラムの著しい欠陥』、および『管理義務の放棄』ですわ」
『――ガ、ガガ……再計算……。エリザベート、個体価値は……無限……。収支が、合わな……』
「ええ。……不良品は、工場出荷時に戻すのが鉄則ですわね。……カエルス陛下、あちらの『不要なOS』、物理的にデリートして差し上げて?」
「……承知した。……私の妻を『バグ』と呼んだ罪、その回路の一つ一つに刻み込んでやろう」
カエルスが剣を抜いた。
彼が放った一閃は、AIの物理的なサーバーを斬ったのではない。
「プロトコル・オメガ」という概念そのものを、宇宙のシステムログから完全に抹消したのだ。
一瞬の静寂。
赤く染まっていたモニターは全て消灯し、代わりに、再起動を告げる穏やかな黄金の光が灯った。
「セレーネ。……このAIの残骸、まだ使えるパーツがありますわね?」
「は。……中枢回路から『転生者ギルドの管理コード』を抽出完了。……さらに、バックアップデータの中に、興味深い記録を一件発見いたしました」
セレーネが虚空に投影したのは、数万年前の古い通信記録。
そこには、若き日の(あるいは前世の)カエルスと思われる人物が、ギルドの幹部と「ある契約」を交わしている姿が映し出されていた。
『――代償は、私の魂の半分で構わない。……彼女が、幸せになれる「脚本」を……』
その映像を見た瞬間、カエルスの肩が微かに震えた。
エリザベートの瞳から余裕が消え、紫水晶の眼差しが、愛する夫の横顔を鋭く射抜く。
「……陛下。……この『未決済の過去』。……私に、説明していただけますわね?」
女帝の問いかけに、無敵の皇帝は、初めて困ったような、悲しげな笑みを浮かべた。
最強を名乗る計算機に、私の全財産を計算させて差し上げましたの。処理落ちいたしましたわ。
……ですが、勝利の直後に判ったことのほうが、よほど重うございました。
カエルス様が私を救うために支払ったもの。魂の、半分。




