デルア 1
〜 闘将 ト 舞将 〜
「やぁ師匠、奴の話は聞きましたか?」
声をかけて来たのはリッツ。
敵に囚われて痛めつけられたようだけど、もう随分と良くなったようだ。表情も柔らかい。
「聞いたよ。休みなしで働かされて帰って来たらこれだ。そろそろ過労死する」
「もう様子を見る、なんて悠長なことは言ってられないでしょうね。まさか王子を誘拐されるなんて思ってもなかったでしょうし」
「最初から攻めとけば良かったんだ。守り続けても勝てない。そのせいで何人も部下を失った」
「僕も死にかけましたしね。師匠が助けに来てくれなかったら命はなかったでしょう」
「間に合ってよかったよ」
……。
わずかな沈黙。
「なぁリッツ」
「はい?」
「今回の戦いはなにかが違う。そうは思わないか?」
「えぇ。僕もおなじことを考えてました」
「一千年だ」
「ん?」
「一千年もの間、デルアは負け知らずだった。守護神デ・マウと死神ドミナ・マウ。その二枚の看板で勝ち続けた。シャム・ドゥマルトは攻撃されたことすらなかったんだ」
「ですね」
「それが今回はどうだ。何度も攻め込まれ王城まで侵攻された。不干渉地帯の怪鳥、空を飛ぶ人間、魔術師までいる。いくら高い壁があっても、いくら地上を守っていてもしょうがない。しかも空中戦で唯一対抗できるワイズは及び腰になっている。いままでの戦い方がまったく通用しない上に一人一人のレベルも高い。特にあの剣士——」
「ヨル、ですね」
「あんなのがどこに隠れてたんだ。いままで聞いたこともない。攻撃が効かない上に、剣の腕も確かだ。しかも私と戦った時に使った技……」
「なにをされたんです?」
「恥ずかしい話だが、なにもわからなかった」
「わからない?」
「敵の姿が見えなくなった。そして気がつくと無数の剣に囲まれてた」
「へぇ」
気のない返事だ。
「あいつは人じゃない。人の形をしたなにかだ」
「ヨルの正体、そんなことはどうでもいいです。デルアにどれだけの被害が出たなんて話にも興味ない。僕はただあいつを、ヨルを仕留めることが出来ればそれでいいんだ」
リッツが冷酷で野生的な殺気を放つ。
才能はある。腕も疑いようがない。が、こいつにはこれがある。だから好きになれないし、部下に欲しいとも思わない。
「戦場に私怨持ち込むな。早死にするぞ」
「私怨? そんなもんじゃないです。近いのは、そうですね……。感謝、かもしれません」
「感謝?」
「僕の人生に最高の快楽を与えてくれる相手だから」
「あんたの性格を知ってると、その後を聞くのが怖いね」
「ご推察の通りです、師匠。もう僕は普通の敵をいくら痛めつけても興奮できないんです。慣れ、でしょうか。刺激が足りないんです。平和な毎日がつまらない。敵が欲しい。そんな時にヨルが現れた。最高じゃないですか。無表情で気取ったあの男の皮を一枚ずつ剥いでいき、骨を砕く、どんな顔するんだろう、どういう風に命乞いするんだろう。想像するだけでワクワクする。僕はようやく出会ったんです! 最良の敵に! あいつは、あいつだけは僕がやる。それで完成するんだ。僕の快楽が」
リッツの病気がでた。まったく気持ち悪いったらありゃしない。
「ほどほどにしときな。なにしようとあんたの勝手だけど、総力戦になったら勝手な行動はとるなよ。迷惑だ」
「もちろんですとも。ヨルと遊ぶのは戦いが終わった後ですよ。それからゆっくりと楽しみます」
リッツと話をしていると、訓練場なんかでよく見る若い男が敬礼してくる。
そのまま動かないとこを見るに伝令だろう。
「発言しな。なんだい」
「宰相様がお呼びです。ただちに演舞の間まで来られるよう」
「少しは休みたいもんだけどね」
「申し訳ございません!」
「あんたに言ったんじゃないよ。行っていい」
「はっ」
なにを命じられるやら。
今回もしぶとく生き残ってしまった。
次は私かもしれない。
この戦いは気持ちが悪い。なにかが違う。得体の知れない後味の悪さのようなものが残る。なにをしてもまったく手応えがない。私たちが戦っている相手はいったい何なのだ。
まぁいい。もし負けたら、その時は先に逝った可愛い弟子たちと酒でも飲もうか。
「師匠」
「なんだい?」
「この戦争、負けますよ」
「どうしてだい?」
「デ・マウは偶々力を得た凡人です。いままでは非力な者を力で押さえつけていた。でも今度は相手も力をもってる」
「?」
「裏情報ですがね、敵がデ・マウの魔術を防いだそうなんでよ」
「情報源は」
「ドミナ付きの友人ですね」
友人、か……。
「程々にしておけよリッツ。デ・マウとドミナは底が知れん。迂闊に動けば……」
「わかってますよ、そんなことは。今回の敵は凡人の手には余るでしょう。あるいは僕たちも全滅するかもしれませんね」
ニヤニヤと笑うリッツ。
やはりこの子だけは好きになれそうにない。
〜 竜将ワイズ ト 弓将ルベル 〜
乾燥防止の油もいるかな? でもあんまり重くなるとキツいだろう。ミレドは体力がないし。重いのだけデュカに運んでもらうか? いや飛竜の谷で現地調達するのも悪くない。となると弓と矢がいるな。でも僕、弓の才能ないんだよなぁ。こんなことになるのなら訓練しとくんだった。
ちゃんとやれるだろうか、僕みたいな奴に。
いや、やるんだ。可愛い飛竜のために。ここで踏ん張らないと男が廃るぞ。頑張れワイズ! 僕の飛竜愛はそんなものか!
「おい! なにをしてるんだ!」
「うわっ! ルベル様! こ、こんにちは。いや〜今日はいい天気ですね〜。僕は哨戒に出るところです。ここのところ敵襲が多いですから。こんな時こそ竜騎士の出番。空の安全は僕に任せてください! それではまた」
危なかった。なんでルベルがこんなところに。
腕を組んでジーっとこちらを見てくるルベル。
ダメ? バレてる?
「哨戒にしては荷物が多いように見えるが?」
「備えあれば憂いなし! 準備を怠ってはデルア竜騎士の名折れ! 竜騎士の長たる僕は誰よりも慎重に準備をし、そして力の限り任務を遂行するのです。ややや? 妙な音がするぞ? 敵襲かもしれん! ルベル様、ちょっと様子を見てきます。それではまた」
「そう急がんでもいいだろう」
「いえ、そうはいきません。現在こうしている内にもこの誇り高きシャム・ドゥマルト上空が敵に侵されているかも知れません。私を止めないでくださいルベル様。これ以上敵の好きにさせるわけにはいかないのです!」
僕を無視して竜舎を見渡すルベル。
粗探しされてる。性悪の姑みたいなことしやがって。
信じてくれてもいいじゃないか! こんなに必死になって言ってるのに! だからこいつは嫌いなんだ!
「長旅の予定でもあるのか?」
「いえ、ありません」
「じゃあなぜお前の飛竜は旅装をしている」
「ミレドが、この飛竜が旅装をしたそうな顔をしていたので!」
ブツブツとなにかを言いながらミレドの塒を仔細に観察するルベル。
「エサの量が多いようだな。まるで、遠征の準備のようだ」
「ここ最近の飛竜は激戦につぐ激戦。いっぱい体を動かし、お腹ペコペコだったので沢山食べさせました!」
「もいいい! いい加減にしろ! 貴様! なにを企んでる!」
あ、終わった。完全にバレてる。
もうクビだ。飛竜に囲まれる幸せな職場。給料も待遇も最高だった。
ああ。
処罰されたりするのかな。僕はただ、これ以上飛竜が苦しむ姿を見たくなかったんだ。それだけなのに。
「決して飛竜を連れて家出しようとか、飛竜の谷で余生を過ごそうとか、そういうことを考えていたのではありません! 断じて違います!」
深い溜息をつくルベル。
「この非常時にお前が脱走してどうする。敵は空を飛ぶのだぞ?」
「だ、だ、だ、脱走だなんてするはずないじゃないですか! 僕は竜将ですよ? ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、僕が逃げるだなんて!」
「わかったわかった。我らが有能なる宰相様からお呼び出しがかかったぞ。お前も来い。ワイズ」
「はい。只今! ちょっと準備するので先に行ってて貰っていいですか? すぐに追いかけます!」
「待たん。いますぐだ」
「いや、準備とか色々あってですね、はい」
「ワイズ!」
「はい! すぐに行きましょう!」
〜 五将軍議 〜
舞踏の間。
建国の女王アシュリー・ガルム・フェルトの私室を改装して作られた部屋。
デルア王国はじまりの場所。
中心に置かれているのは重々しい色味の長机と、それを囲むように置かれた六脚の椅子。
肌を刺すような沈黙を破り、最奥に腰かける年端もいかぬ少女が口を開く。
「まず認めよう。敵を羽虫と侮ったことを。しかし我らが寛大でいられるのも今日までだ。敵を侮るのも今日までだ。我らはなんとしてもデルアの至宝を奪取せねばならない。敵は不干渉地帯を根城にしている。攻めれば神の土地の不興を買うことになるだろう。犠牲も覚悟しなくてはならない。が、だとしても守らねばならないものがある。諸君は犠牲を恐れるか?」
……。
「私はこう思う。神の怒り? 上等ではないか! こちらは神に選ばれし王子、ミクリルを奪われたのだ! 大義はこちらにある!
神に思い知らせてやろう。我らの怒りを。我らの力を。
三日だ。三日以内に出撃する。
闘将ユキ・シコウ。期限内に朱恩寺の武僧を招集せよ。
竜将ワイズ・リン・ダバス。竜の谷に赴き、飛竜を集めよ。
魔性ドミナ・マウ。ラピット・フライの対策を。
舞将リッツ・アン・デガルステン。アシュリー教に出兵の体勢を整えさせろ。
弓将ルベル・イム・ステイン。兵を纏め上げろ。
いいか! 力の限り剣を振るえデルアの子らよ! 貴様らの後ろには私がいる。デルア一千年の力を示せ。神の名を騙る不届き者に我らの憤怒を思い知らせてやれ!」




