見送リ
俺と違ってムドベベ様はたぶん、《ブルジャックの瞳》のターゲットになってない。
だが、いかんせん体がデカく目立ってしまう。低空飛行を続けてたら、そのうち絶対にバレる。
そういうわけで、王子誘拐班には高高度でも活動できるに防寒対策と、気圧などの環境の変化に対応できるように補助具を造った。《適応力》の技術の転用である。
連携確認のため、誘拐の選抜メンバーは今日も空を飛んでいる。下から見る限り小さな鳥が飛んでいるように見えなくもないが、敵にはリズのスーツを見破った弓将ルベルがいる。油断は出来ない。
風、水、電気という三つの属性に適性があるジェイが雲の操作をしてムドベベ様の巨体を隠すことになってはいるのだが、まだ成功していないようだ。
いくらジェイが優秀な魔法使いでも、雲を操作するなんてことは、言われて急に出来るようなことじゃない。
王子の動向は、フューリーが《追跡》の能力で常にストーキングをしている。
基本的に王子は城の敷地外に出ることはない。当然だ。頭のおかしいテロリストが活動してる時期に呑気にお散歩する脳内お花畑な王子なんて存在しない。
だが、日に二度だけ、屋外に出るタイミングがあるそうだ。
「なにをしているのでしょう」
(体を動かしているようじゃのう)
訓練かな?
そういえば武の才に恵まれている、みたいな情報もあったしな。
「ミクリルって強いんですかね」
(さぁのう。だが知の、心配せんでもお主は充分に強いぞ)
ん? 嫉妬してると思われてる?
「いやいや、初動のマグちゃんが返り討ちにされないかが心配なんです」
(考えてもみよ。あの速度で飛んで来られてマトモに反応できる生物がおるかのう)
それもそうか。上空から突然マグちゃんの超高速で飛んで来られたらさすがにどうしようもない。しかも一発でも攻撃食らったら毒入れられて終わり。クソゲーだ。
不意打ち食らったら俺でも反応できない自信がある。
「そう考えたらマグちゃんってアホみたいに強いですね」
(なにもラピット・フライだけではなかろう)
たしかに。
物理無効の剣士、馬鹿力でクレバーで超可愛い格闘少女、遠距離無双の悪魔、神耐久のハイエナと魔法を使える素早い狼。
「確かに。弱点はありますが、それぞれに強いですね」
(それを造ったのはお主なのだからな)
「補助しただけですけどね」
ふぅ、と大きな息を吐くフューリー。
(お主の近くで戦っていると、色々と考えさせられるのう)
「なにをです?」
(我ならどのようにしたか、デ・マウに勝つことが出来るか。そんなことじゃのう)
「ほう。それで結果は?」
(わからん。だがお主よりうまくやる自信はないのう)
「まぁ相性とかもありますからね」
……。
…………。
いやなにこの沈黙。心配しないでもお前の方が間違いなく強いからね? わかってる?
(以前、お主は捕縛されたらどうするか尋ねたな)
「えぇ確か」
フューリーは大きな溜め息をつく。
(なぜ我がこの世界に再構成されたのか、その話はしたかのう)
「いえ、聞いてないと思います」
(聞いてくれるか?)
「もちろん」
フューリーが語ったのは、彼がまだ不死身になるまえの話。悩めるリーダー、常に自分を大きく見せようとしていた若い一頭の狼の話だった。
獣の世界。
フューリーが最初の生を授かった場所だ。深い森の緑、豊かな水、厳しい環境。壮大なスケールの自然がそこにはあった。
いるのは獣人や獣、龍など戦闘能力に優れた生物ばかり。
そんな世界をフューリーの一族は、群れの連携と高い知能を武器に生き抜いていた。
「この森みたいですね」
(当然じゃのう)
ここは獣の世界の飛び地。似ていてない方がおかしい。
若い頃のフューリーは群れの発展のために身を粉にして働いた。
縄張り争いの最前線にはいつも彼がいたし、狩りで最も走ったのはいつも彼だった。
長じると、群れのリーダーになる。身体能力も体格も頭脳も貢献も、他の個体と比較にならない。彼が仲間から慕われるのは必然だった。
優秀な長を得た群れは、規模を拡大していく。縄張りを増やし、子を産み、力をつけていった。
そして、踏み込んでしまった。
(我らが足を踏み入れたのは猩々の縄張りだった。闇に浮かぶ赤い顔。木の陰から伸びてくる太い腕。すべて鮮明に覚えておる)
「猩々は聞いたことがありますね」
(なに!? 知の世界にもいたのか!?)
「空想上の生き物でした。実物を見た人なんていません」
(なるほどのう)
「でもどうして獣の世界の生物が、知の世界で認知されてるんだろう。そういえば知の世界で空想上の生き物が、こっちの世界で普通にいたりするんですよね。不思議だ」
(それぞれの世界は根本の部分で繋がっておるからのう。獣の世界でも頭にだけ毛があり、妙な耳の形をした奇天烈な猿の夢を見る個体がおった。当時はなんのことかわからなかったが、この世界に再構成されて納得したのう)
「人ですね」
(うむ)
「すみません、話が逸れました」
(構わん)
伝説上の生物、猩々の生態なんてわからん。
漠然とオランウータンのような生き物だという印象があるだけだ。俺が元いた世界では空想上の生き物だったわけだから、脅威や畏怖などの特別な感情はないし、これといって深い印象もない。
対してフューリーは猩々とおなじ世界に生き、しかも土地を巡って争った。確かな記憶に基づいた表現はリアルだ。
体の大きさはフューリーと同程度。赤黒く長い毛に覆われていて、握力、膂力、持久力、知能に優れる。
感覚器官に優れたフューリーの種族であるが、猩々は体臭を消し、音を殺し、闇に紛れて襲撃を繰り返してきた。
群れから離れてしまった個体が一頭、また一頭と襲われていく。
選択肢はいくつかあった。孤立しないように群れ単位で纏まって動く、撤退する、戦う。
(いまなら迷わず退くのだがのう)
集団を構成する個が、まったくおなじ感覚を共有し、おなじ考えをもつなんて有り得ない。
若いリーダーを支持する個がいて、また嫌う個がいて、そういう様々なものが混じり合って集団は形成される。
だからフューリーは強くなくてはならなかった。誰もが納得できるほどの実績が必要だった。
川を挟んだ向こう側に一際大きな猩々の個体がいた。
一頭だけ。
怪我をしているようで、足を引きずっている。
(違和感はあった)
「というと?」
(立派な体躯を有する雄の成体。それが一頭、足を引きずって歩いている。ケガをした原因が群れの主導権争いなら猩々の性格上、負けた方を生かしておくはずがない。他の生物との縄張り争いなら一頭ではいないだろう)
「ほう」
逡巡、戸惑い。
背から感じる群れの仲間達の視線。弱った猩々。
ここで討ち取れば戦意高揚に繋がる。が、違和感もある。
悩んだ末、フューリーは、跳んだ。
(罠だった)
猩々は知能の高い生物だ。
どれくらいのことを考えられるかというと、フューリーとそれ以外の個体の身体能力の差の把握、フューリーが置かれた状況の理解、そしてフューリーの性格の利用、その程度のことは念頭に置いた上で行動を決定するくらいには。
川幅は、フューリーには飛び越えることが可能で他の個体には厳しい絶妙な距離。
もちろん、フューリーに続き仲間も跳ぶ。だが対岸には届かず着水。
瞬間、フューリーは見た。
(木々の間、葉叢から覗く無数の赤い顔)
と、次々に岩が飛んできた。狙われたのは対岸に届かず、川で泳ぐ仲間。
伸びてくる腕。叫ぶ猩々と仲間の呻き声。
(それから先の記憶はない。気がつくと獣の世界の管理者と話していた。なにが欲しいと尋ねられたから、こう答えた。仲間のため、最後まで戦える死なない体をと)
「なるほど、それで不死身になったわけですね」
(不死身ではない)
「まぁ厳密にはそうですけどね」
(またおなじことを繰り返そうとしていた。捕まれば戦うことも叶わん)
「そうやって少しずつ学んでいくんですよ。たぶん」
(うむ。そういえば知の、お主が再構成された経緯を訊いておらんかったのう)
「すっごく地味で面白味のカケラもない話ですけど……」
(構わん)
「いつからかは判然しないんですけど、人が怖くなったんです。で、人との関わりを避け続けてたんですが、耐えられなくなってきて、自害しようとしてました。最後の記憶は首を吊るために準備していたベルトを眺めていた場面。そこで終わり。管理者からあなたは友達だから再構成するねって言われ、いまに至ります」
(我も最後の記憶がないのう)
「なんでだろう」
(さぁな。彼奴等の考えはよくわからん。ところで知の。お主の話を聞いて一つ気になったことがある)
「なんです?」
(お主、自死しなくてはならない、という強迫観念のようなものはなかったか?)
「あぁ、どうだろう。生きてても辛いし死ぬしかないかな、って感じだったかな。強迫観念か……。多少はあったかも」
(他の世界に行ったという記憶はあるか?)
「いや、まったく」
(そうか、ならいい)
なにその思わせ振りな感じ。
「なぜそんなことを訊いたのです?」
(思い当たることがあってのう)
はい?
「教えてください。興味があります」
(うむ。ルーラー・オブ・レイスの元に滞在しておった時にのう……)
ふとルーラー・オブ・レイスが眠り込むようなことがあったらしい。で、フューリーが尋ねてみると、こう返ってきた。
レイスは他の世界に移動することが出来る唯一の存在だ。そこで生物の残留思念と結合して知性をもつわけだが、時折、世界の渡りに巻き込まれてしまうお転婆な生物が存在する。
するとお転婆な生物はある症状を発症する。
体の一部が変質し、変質した細胞が増殖していくのだ。
症状は以下の通り。
あらゆるものに恐怖を感じ、強迫観念的に自死を希求するようになる。
「マクレリアさんも似たようなことを言ってましたね。もしかしたら僕もおなじ状態だったのかもしれません」
(うむ。お主は神の世界に迷い込んだのかもしれんのう。そこで交友を深めたとなれば合点がいく)
まったく記憶にないんだけどね。
「記憶にはないですけど知らないうちに他の世界に行ったのかも」
(うむ。それでのう……)
ルーラー・オブ・レイスはそんなお転婆な生物のケアをしているらしい。治療薬のようなものを作っているのだ。
「ここが落ち着いたら会いに行ってみようかな」
(それもいいじゃろうのう)
いよいよ決行の日が来た。
計画に変更点はない。空からの急襲、毒を入れ誘拐。
シンプル・イズ・ベスト。
不安がないと言えば嘘になる。というか不安しかない。
みんなが頑張っている時になにもできないのは辛いものがある。
憎き《ブルジャックの瞳》のせいで、ついていくことが出来ないのだ。俺が行くと無用なリスクが増える。
「じゃあ行ってくるわよ」
と、ジェイ。やっばり顔が赤い。
「もしかして熱があるんじゃないですか? 顔が赤いようですが」
「あ、赤くなんてなってないわよバカ。緊張してるのね。いや、いつもはしないのよ? でも今日はなんていうか、その……」
「《ホメオスタシス》を発動させたら緊張も緩和されると思います」
「これ、本当に大丈夫なの?」
「と、言いますと?」
「だから……。失くしたくない気持ちとかもあるじゃない。そういうのが失くなっちゃわないかなって……。私には失うものなんてないのよ? でもほら、他の奴にはあるかもしれないじゃない!」
「僕とマンデイにはなんの変化もなかったので、おそらく大丈夫かと」
「そ、そう」
ジェイ以外は落ち着いたもんだ。いつもと変わらないように見える。
「それでは最終確認です。最初にリズさんが王子を視認します。リズさん、ルドから送られた映像で顔は憶えてますね?」
「はい。憶えてます」
「リズが視認できなかったら計画は中止。絶対に無理をしてはいけません。次にマグちゃんが高速で接近、ミクリルに毒を入れる。感知されてから弱体化、及び魔術が使用されるまでには若干のタイムラグがあるので、相手が動くまえにやってくれ。いい?」
「わかっタ」
「体の自由を奪ったらムドベベ様が高度を下げます。ヨキさんは周囲の敵の邪魔をお願いします」
「あぁ」
「《ホメオスタシス》の有効性は実証されましたが、レイスの体に効くかはわかりません。もしヨキさんの動きが悪かったらジェイさん、フォローをお願いします」
「もう二万回くらい聞いたわね」
「今回は特殊な体をもつヨキさんに《ホメオスタシス》が効くかの実験も兼ねてますので忘れないように。最悪体を捨てて逃げてください。でも可能なら《夜風》と《朝陽》の回収をお願いします。敵に奪われたら厄介なので。それじゃあ皆さん。くれぐれも気をつけて。絶対に無理はしないように」
「はい!」「わかっタ」「あぁ」「行ってくるわ」
はぁ。
見送るだけってのはやだなぁ。




