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帰宅

 「おかえりファウスト君。どうだった?」

 「うまくいきました。想定より敵が弱かったので拍子抜けしましたが……。ヨキさんたちは出発できましたか?」

 「うん。出ていったよ」


 すでに距離が離れすぎて通信できないし、いま接近したらこちらの動きが敵にバレそうだから確認も出来ない。


 不安だ。


 ヨキは不測の事態があってもなんとか対応できそうだけどリズがなぁ。


 あの子って集中しちゃうと周りが見えなくなるから不安なんだよ。


 《動体センサー》は渡してあるけどそれでも不安だ。ヨキがちゃんと守ってくれればいいけど、野盗とかとエンカウントして囲まれたりしたらさすがにキツいだろう。まぁヨキの二本目の刀《朝陽》もあるしなんとかしてくれるか?


 うぅん。


 「不安なのぉ?」

 「通信が届かない場所に仲間が行くのがどうしても。いままでにない経験ですからね。やることがやることだからリスクを負わないといけないってのは承知してるんですよ。でも、いざこうなったら良くないことばかり考えてしまって。野盗に襲われたらどうしようとか……」

 「その辺の野盗にやられると思ってるの?」

 「まぁ、ゴマとヨキはどうとでもなりそうですけど、リズがね。周りが見えなくなる時があるでしょ? 不意打ちとか食らったらどうしようって」

 「君の心配性は病気の域だねぇ」

 「だって狩りの時だって何度かあったでしょう? 不意打ちみたいなの」


 俺の記憶ではそういう局面が二度あった。


 一度はマンデイを襲ったシカの若い個体に背後をとられていた。上空から全体を観察していた俺が気がついて、大声で怒鳴ってみたけどリズの反応がない。集中しすぎてなにも聞こえていないのだ。電気の魔法を落としてようやく気がついてくれた。相手に攻撃の意思がなかったのが救いだった。


 この時の反省を生かして《動体センサー》を創造した。これは周囲に生き物が近づくと、体に微弱な電気が流れるというものだった。


 二度目は木の上でヒヒに襲われた。シカとは違って敵意マックスで襲ってきて、リズは頭を殴られて木から落下。頭蓋骨が陥没して、義手が半壊した。


 《動体センサー》はしっかり起動していた。微弱な電気がリズの体に流れていたのだ。それでも彼女は気がつかなかった。電気を流してもなにも感じないのだから、もはやあれは集中の域を超えたなにかだ。


 これはマズいぞと半年あまり試行錯誤を繰り返し、《光学迷彩コート》を創造した。特徴の付与が複雑で、防御性能は残念なことになってしまったが、うまく隠れてもらわないと話にならない。


 アシスト機能もつけたいし、防御力もそれなりに欲しい、そんな風にやってたら全部が中途半端になってしまった。リズのスーツは本当に難しい。あれも欲しい、これも欲しいとなって、なにを造っても帯に短し襷に長し。いまだに満足のいく出来とは程遠い。


 《動体センサー》の受信機は鈍感なリズでも気がつくように、義手のなかに埋め込んだ。反応したら腕が跳ね上がるようにしたのだ。これならいくらなんでも気がつく。


 ヒヒの件に関しては俺も悪い。樹木のせいでリズに接近するヒヒに気がつくことが出来なかったから。


 と、いうことで熱を感知する《サーモグラス》を創造した。これで視界が遮られていても生物の動きを察知できる。《ナイトビジョン》は、サーモグラスの創造中にノリで造ったのだけど意外と使う機会が多い。


 とにかくリズには不安しかない。初めて会った時も死にかけてたし、ヒヒの事件でもかなり重体だった。二度あることは三度あるというしな。


 まぁもし傷ついてもヨキが応急処置できるしなんとかなりそうではあるが。


 「あの子は君が思ってるよりずっとしっかりしてると思うなぁ」

 「そうでしょうか。不安しかありません」

 「君は本当に過保護だからねぇ」

 「リズは危なっかしいですからね。思えばリズのお蔭で出来た創造物は多いです。《サーモグラス》もそうですし、《通信機》もかなり苦労しました。《光学迷彩コート》は何度か発狂しそうになりましたしね」

 「そうだったねぇ」


 そう考えればリズのためには、かなりの時間と労力を割いてるな。


 最近は近接戦闘に関してもメキメキと力をつけてたし、どうにかなるか?


 「話してたらちょっと安心しました。ありがとうございます」

 「どういたしましてぇ」


 今日はさすがに疲れた。


 ルゥの寿命がいつまでもつかわからないから、あまり下調べもせずに突っ込むことになってしまった。今後こういうことがないようにしたいけど、侵略者と戦うことになれば綱渡りをしなければならないような局面は増えてくるだろう。


 いまのうちに装備を完璧にしたいんだけど、残念ながらアイデアがないんだよな。既存の装備をグレードアップするくらいしか思いつかない。


 俺の生き方って創造する、試す、検討する、こういう地味なことの繰り返しなんだろうな。いままでもそうだったし、たぶんこれからも。


 「ねぇマクレリアさん」

 「なぁに」

 「僕って他の代表者とかに近づいてますかね」

 「さぁ、どうだろうねぇ」


 なんだかなぁ。


 このままメンバーが着々と力をつけていって、置いていかれて、挙句の果てに追放、なんてことになったらどうしようか。まぁ仮にそうなったとしてもマンデイだけは一緒に来てくれるような気がする。最悪、二人で洋服屋さんでもはじめよう。


 そういえば魔王討伐がどれくらい先になるかはわからないけど、その時にはもうルゥとマクレリアはいないんだよな。


 もう、長くないんだ。


 「ねぇマクレリアさん」

 「なぁに」

 「死ぬの、怖くないの?」

 「怖いねぇ」

 「クドいとは思いますが、もう一度だけ言わせてください。マクレリアさんだけでも生き残ることも出来ると思いますけど……」

 「いいよ」

 「ルゥが可哀想だから?」

 「そうだねぇ」

 「ルゥもマクレリアさんとおなじ考えなんですか?」

 「いや、ルゥはファウストに助けてもらえって言ってる」

 「じゃあ……」

 「レイブンがね……」


 マクレリアが俺の言葉を遮る。


 「レイブンがね、私とおなじ真っ赤な瞳だったの。ルゥと繋がって、ルゥの気持ちがわかるようになって、驚いたの。こんなに苦しんでる人がいるんだ、って。レイブンを救えなかったことをずっと悔やんで、子供もデイに奪われて、全部を忘れたくって自棄になってさ、理を求める無限の牢獄でひとり足掻いて、戦って。最愛の人とおなじ目の色をしたラピット・フライと会ってしまって混乱して、わけもわからず逃げて、また傷ついて。今度は助けたラピット・フライも殺されてね。ふふふ、笑っちゃう」


 そう考えればルゥも悲しい人だな。この世界でトップクラスの強さを手に入れもて届かないものがあるのか……。


 「あっ、そういえば、国を追われるまでは、ルゥとデ・マウはどういう関係だったんですか? 子供を奪われたのならそれを理由に断罪することも出来たと思いますが」

 「ルゥも完璧な人間じゃないんだよ。ファウスト君とおなじで、悩んで、苦しんで生きてる」

 「ん? 話が見えませんね」


 マクレリアは深いため息をつく。


 「デイからね、レイブンの幻影を見せてもらってたの。毎晩。だから殺せなかった。殺したらレイブンと会えなくなっちゃうから。だからそのことも凄く悔いてる。その時にすべきことより、幻影を求め続けたことを」


 ルゥのなかでそこまでレイブンなる人物は大きな存在だったのか。


 ていうか、兄弟だからかな。二人ってすごく似てる気がする。一途で、盲目で。


 なんかルゥの過去のことを聞いてると日々印象が変わっていくな。あの化け物じみた人にも、ちゃんと血が通っていることがよくわかる。


 そんなことを考えていると、マクレリアが急に俺の目のまえまで飛んでくる。


 「ねぇねぇ。本当は言いたくないけど、黙っておくのはフェアじゃない気がするから言うね。でも約束して。いまから私が言うことをちゃんと最後まで聞くって。いい?」

 「はい。なんでしょう」

 「この森に逃げてきてからのルゥは理を求めるためだけに生きてきた。過去を忘れて、魔術を極めることだけを。知識を増やすということは不完全な体の私を救うってことにも繋がるしね。でも、ある日を境に価値観が変わった。理を求めるよりも大切なことが出来てしまった。昔、レイブンや子供たちと暮らしていた時のような日々が戻ってきたの。しだいに知りたいという欲がなくなってしまった。牙が折れてしまったの。で、とっくの昔に限界を超えていたルゥの体は急激に老いはじめた」

 「それって……」

 「君たちだよ」

 「じゃあ……」


 ピン、とマクレリアは俺の鼻を指で弾く。


 「ほら、そんな顔する。僕のせいだ、って。だから言いたくなかったんだ」

 「でも……」

 「でもじゃない。最後まで聞きなさい。君たちのお蔭でルゥは、失ってたものを取り戻すことが出来たんだ。だからさ、そんな顔しちゃダメ。もっと堂々としてなきゃ」


 そうだったのか……。


 思い当たる節がないことはない。ここに来た時は無表情の人形だったのに、しだいになにを考えてるかわかるようになってきて、人形みたいだなんて感じなくなって。


 俺が慣れてきたからだと思ってた。でも違ったんだ。感情が戻ってきてたんだ。


 「私はルゥに言ってるの。もうレイブンを失った時みたいな思いはさせないから安心してねって。私も一緒に行くからねって」

 「そう、ですか……」

 「君たちには生き残って欲しいんだ。ちゃんと使命をまっとうして欲しいんだ。後悔なく生きて欲しいんだ。君は、この世界にたった二人だけ取り残された私たちを明るく照らしてくれた人だから」

 「……。はい」


 マクレリアはやれやれと首を振る。


 「私たちはずーっと生きてるのに全然ダメだなぁ」

 「なぜです?」

 「本当はねぇ。なにも言わずに君たちを追い出して二人だけでやるつもりだったんだ。邪魔になったから、とか適当に理由をつけてね。でもそうなったら、たぶんマグちゃんは私を恨むでしょう? そして君だってルゥに不信感を抱くかもしれない。私たちはね、それが怖かったの。愛した人たちから憎まれるのが。最後の最後に嫌われるのが。だから使命がある、なんて言っちゃってさぁ。私もルゥもね。本当は言って欲しかったんだと思う。好きだよって。一緒に戦うよって。ごめんね。ファウスト君。ダメな大人だよねぇ」

 「ダメな人だなんて思いません。まったく」

 「そう」

 「僕は……、僕たちは大好きです。マクレリアさんのことも、ルゥのことも」

 「そっか。よかった」


 と、マクレリアは太陽みたいに屈託のない、眩しい笑顔を向けてくる。

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