夏
レオン様と今日は何を話せるかな…
初恋を自覚した私は、今日も今日とてレオン様がこの道を通るのを待っている。
日差しは強く、もうすっかり夏になっていた。
店内にはラベンダーやデルフィニウムが上品に揺れている。
私の座っている店先はちょうど陰になっているが、それでも暑い。
あれから私はレオン様が通りかかるたびに、声を掛けるようにしていた。
恥ずかしいが、嬉しさが勝ってしまう。
声を掛けずには居られない。
そんなことを繰り返すうちに、レオン様から話しかけてもらえる機会も増えてきていた。
相変わらず会話は空回ってばかりだが、それでも嬉しい。
もうすぐレオン様が通りかかる時間だ。
店先でドイリーを編む私の指がうまく動かなくなってくる。
いつもこの時間は緊張する。
あ!レオン様だ!
視線の先にレオン様を見つけた私の心臓が跳ねる。
いま目が合ったかも!
うわっ!こっち近づいてくる…!
どうしよう。どうしよう。
ちらちらとレオン様を確認しながら編んでいたからか、手元が狂ってしまった。
あ…間違えた!私は一瞬手元のドイリーに意識を向ける。
「お!いつものやってんな。今回は何編んでるんだ?」
いつの間にか私の目の前までやって来ていたレオン様から声を掛けられた。
「こんにちは、騎士様!今はドイリーを編んでるんですよ!」
レオン様の声にぱっと顔を上げ、私は答えた。
今日もお話できた!
それに、自分の作品について聞いてもらえた!
レオン様にとってはただの世間話かもしれない。
それでも胸が弾んだ。
私は嬉しさのあまり、
「このドイリーは家のテーブルに飾る予定なんです。ほら、ここの模様がすごくきれいで…」
と続けて言いながら、作品をレオン様に見せようとした。
しかしその瞬間、先ほど失敗したばかりだったことを思い出した。
さっき失敗したとこみられちゃう!
私は咄嗟に編みかけのドイリーを背中に隠す。
「ん?どうして隠すんだ?」
私の不審な行動に、レオン様は不思議そうにしている。
「あの、さっきちょっと失敗しちゃって…恥ずかしいので見ないでください!」
編み物に興味を持ってもらって、浮かれすぎていたみたいだ。
かっこ悪いところを見られてしまった…。
私は思わず肩を落としてしまう。
「失敗?俺にはどこが間違いかわからんが…。さっき一瞬見たやつは綺麗だったぞ。」
レオン様は笑いながらそう言った後、
「あんまり気落ちするなよ。完成が楽しみだな。」
と、私の頭をポンポンと軽く叩いた。
「へ!?え、あ…え?」
今何が起きたの!?
頭にレオン様の手が触れた!?
私は突然のことに大混乱に陥った。
そんな私をおいてレオン様は、
「またな。」
と言って、いつもより足早に去ってしまった。
私はレオン様の背を見送りながら、頭に手を置いて放心してしまう。
今、触れられたのよね…レオン様の手大きかったな…。
そう思った瞬間、私は急激に体温が上がる感覚に襲われた。
「あらまぁ。よかったわね、アンナ。」
その場で固まってしまっている私を見て母が店内から出てきた。
その時、私は呼吸が止まっていたことにようやく気付く。
「っ!…お、お母さん…今、わたし…」
困ったように母を見上げる。
そんな私に、母はふふふ。と笑うばかりだった。
そんな私たちの様子に気づいた父が店先に出てきて、
「よかったって、何が……ん?アンナなんでそんな顔が真っ赤なんだ?」
と、私に尋ねた。
今それを私に聞かないでほしい。
ここはお母さんに任せよう。
私は父の質問に「何でもない」とそっけなく返すと、店内へ逃げた。
「何でもなくないだろ!」
背後で騒ぐ父の声が聞こえる。
「あら。お父さん。そんなこと聞いちゃ野暮ですよ。」
「なんで野暮なんだ?」
「まぁ!まさか気づいてないんですか?」
「だから何が・・・?」
そんな夫婦の掛け合いが店内まで響いてくる。
二人とも声が大きいんだから…
自分の話題を大声でしないでほしい。
私は少し恥ずかしい気持ちになりながらも、聞こえてくる会話に自然と耳が傾く。
「アンナに春が来たんですよ!」
「春…?…ア、アンナに!?どこの馬の骨だ!」
母の投下した爆弾に、騒ぎ出す父。
ほんとに勘弁してほしい。
「ほら、よく巡回でお店の様子を見に来てくれる騎士様ですよ。あの赤い髪の。」
お母さんの言葉のあと、しばしの沈黙が続く。
次の瞬間、父が勢いよく店内に戻ってきた。
「なに!?アンナ。本当なのか?年も離れすぎているように見えるし、早すぎるんじゃ…」
「なんてこと言うんですか!あなたと私もかなりの年の差じゃないですか。たしか、私、アンナくらいの年に結婚したのよねー」
口早にアンナに駆け寄る父を追って、母も店内に戻ってくる。
「それとこれとは…!」
「はいはい。もういいですから仕事に戻って下さい。配達に行くんでしょう?」
「む…。でも。あー」
まだ粘ろうとする父の背を母が強引に押して、店外へ追い出す。
父を見送った後、母は内緒話をするように声を潜め、
「お父さんのことは気にせず頑張りなさい。」
と私にささやいた。
いつも通りの家族の会話になんだかホッとした。
今日は大事件もあったが、とってもいい日だった。
「私も作業に戻るね」
私は母にそう告げると、店先の椅子に戻ってドイリーの続きを編み始めた。




