第7話「舞台の歯車」
濁った太陽が建物に隠れ始めた頃。
みんなと別れた後、人通りが少ない裏路地を歩いていた。
「はぁ…どうするか」
今は、11時40分。21時まで、あと約9時間だ。
南区に帰る時間の事も考えると…6時間くらいか。
「あと6時間でどうやって情報を集めるか…」
ドン
「おっと、すまん」
通行人に肩が当たった俺は軽く謝ると、また歩き始めた。
「Fulgur Iaculare」
背後から独特な口調のラテン語が響いた。
全身の毛が逆立つ。
「!?」
急いで飛び退くと、さっき肩が当たった人が目を地走らせて睨んでいた。
バチッ!!
背後で電気が弾ける音が鳴る。
そして、手には杖が握られていた。
———魔術学者か。
「貴様……この服がいくらすると思っている!」
男の高そうな服の肩は、うっすら赤く染まっていた。
「くそ…さっき洗濯しとくんだった…」
まずい。どうする?あたりに人はいなさそうだ。
それに、殺せば死体の処理が面倒だ。銃は使えない。それにもう尋問官の顔は見たくない。
どこか…逃げれるような場所は———
その時俺の目に止まったのは、古い店だった。
看板があるから、……多分店なんだろう。
俺は店に転がり込んだ。
———◇———
店の中は酒場だった。
客は皆、筋骨隆々のチンピラばかりだ。
店の端には、血がこびりついた剣が立てかけてある。
北区は高貴な街と言うイメージがあるが、やはり影というものは光がある限りあり続けるらしい。
酒場の角にはジョッキ、弾丸、溢れた酒が散乱している。
その中で、なぜか俺の目に止まったのは一個の歯車だった。別に、工業部品には興味なんてなかったはずなんだが。
「はぁ…」
どうやら、2回も死んじまったせいでおかしくなってきたらしい。
———100回死んだら、言葉すら話せなくなるかもな。
ギシッ
俺はとりあえず、カウンターに座ることにした。
「……なんか、おすすめはあるのか?」
店主の背後の棚には酒など何もないが、とりあえず聞いてみることにした。
「………」
残念ながら、睨まれただけだった。
スッ
店主がカウンターの下に手を入れた。もしかしたら、酒かもしれない。
チャキッ
残念ながら、ナイフだった。この店主は睨むだけじゃないらしいな。
ガタッ
背後から椅子から立ち上がった音がなった。
どうやら客と店主はグルらしい。
「酒場は選べ。……か」
どこかで聞いたことのある言葉を呟き、俺は立ち上がった。
ダン!!
すかさず銃を抜き、目の前の店主の頭を吹っ飛ばす。
「これ、借りるぞ」
店主のナイフを空いた手で奪い取り、振り返って構えた。
数は……13人ってとこか。ナイフが11人、銃が2人。
(まずは…銃持ちを片付けるか)
ダン!!ダン!!
チンピラ共の隙間に弾丸を打ち込んだ。
———◇———
「ふぅ……久しぶりだな。こういうのは」
俺は脚についた肉片を指で弾いた。
もっと綺麗にすませたかったんだが、意外と抵抗するせいで汚くなっちまった。
地面には血と、爪と、指と……あと色々だ。
血を吸った木製の床が、不気味な光沢を帯びている。
———こういう光景を見てると、あの日の事を嫌でも思い出す。
10年前の、あの戦争。
———◇———
「メディック!メディック!」
俺の声は、虚しく銃声にかき消される。
指の隙間から、血が流れ続ける。
手に伝わる感覚は、血と、鉤爪でかっさばれた喉仏の荒々しくえぐれた傷だけだ。
息はしていない。目に光が宿っていない。
死んでいる。それは明白だ。
「死ぬな!…死ぬなよ!」
———◇———
ギイッ—————
俺の意識は、扉が開かれる音で現実へと引き戻された。
「逃げやがって… Fulgur Iac———
男の声はそこで途切れた。
「……は?」
目には、恐怖の色が浮かんでいる。
「さっきの奴か。さっきはちゃんと前を見てなくて悪かったな」
バタン
扉が乱暴に閉められると、再び静寂が部屋を満した。
「はぁ……」
服が汚れたことに悪態をこうとしたが、すでに汚れていた事を思い出し、出かけた言葉を飲み込んだ。血が染みて温かったコートが冷め、静寂感をさらに強めた。
耳が痛い程の静寂を置いて、俺は店を出———
カチッ———カチッ———
突然、時計の音が店に響いた。
時計なんてなかった筈なのに、急にだ。
(……聞き間違いか?)
カチッ———カチッ———
いや。聞き間違いなんかじゃない。
頭にまるでこの音に反応するように痛みが広がっていく。
「どこからだ?」
俺は「2つしか無い」耳で音の源を探る。
「……これか?」
部屋の隅に転がっている、1つの歯車。
間違いない。ここから鳴っている。
床に屈んで、歯車を拾う。
血がかかった歯車を、コートの裾で拭き取る。
何やら、文字が彫ってあるようだ。
CLOCK TOWER No.Ⅶ
「クロック……タワー」
俺は濁った窓から微かに見える時計塔を見据えた。
「あれの歯車が…どうしてここに?」
ツルッ
「あっ」
歯車には少し血がついていた。
だがその少しの血は、俺の手を滑らすのには十分だった。
ガシャン
歯車は、カウンターの上にあったガラス製の何かを割って着地した。
「はぁ……ん?これは…」
歯車が割っていたのは、「マナセル」だった。
マナセルっていうのは、電池のマナバージョンだ。
マナセルは高価だ。だが、俺が気にしてるのはそこじゃない。
「歯車が……」
歯車はまるでスポンジのようにマナセルの中を満たす液体を吸っている。
そして…吸えば吸うほど、音が大きく、早くなっていく。
カチッ———カチッ——カチッ—カチッカチッ
そうなればなるほど、頭痛も酷くなっていく。
「くっ……」
頭が割れるような痛みに、俺は床に倒れ込んだ。
髪が、血を吸う。
鉄の匂いを肺が満たした時には、もう意識を手放していた。
———◇———
——————う一杯!もう一杯酒を!」
「こっちにもだ!」
「それでなぁ…」
「本当かよ!?」
大声はくぐもって、頭痛が残っている脳に響いた。
先程の静寂は跡形もなく消えていた。
「う…………」
俺が少し目を開けた時、目の前にあったのは靴底だった。
「!?」
靴底は俺の頭を貫通した。
「くそっやられ……た?」
———違う。すり抜けたのか?
俺はまだしっかりとしない視界で辺りを見回した。
……どうやら、ここはさっきいた酒場のようだ。
でも、死体も、血も、剣もない。
店は人で埋まっており、少し乱暴な雰囲気があれど、明るく賑やかだ。
そして、濁った日の光が窓に差し込んでいる。
「何が…どうなってんだ……」
バサッ
俺の横に、新聞が落ちた。
1964年9月23日
「8年前の……新聞?なにが…どうなってんだ…?」
ガチャン
その時、扉が開かれた。
「……?」
俺は少しずつ視線を上げていく。
見覚えのある靴。ズボン。コート。そして……
(俺の見間違いじゃなければ、あれは…)
「俺……なのか?」




