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第6話「火薬の匂いは煙に混じって」

ドカン!!


男の体は床に叩きつけられ、鈍い音が駅に響く。

獣人が呆然とした顔でヘイルを見つめる。


「大丈夫?」


「あ…あ…あ」


獣人は、急に主人が気絶してしまってうろたえているようだ。

クソみたいな主人とは言え、あいつの世界は主人が中心だったはずだ。

———そうさせられたんだろう。


「ほら、大丈夫だから」


ヘイルは獣人の手を握ろうとしたが、手を引っ込められてしまった。


「私の手…汚いので…触らない方がいいです」


ヘイルはそんな獣人の忠告を無視し、手を優しく、でも力強く握ると、今にも出発しそうな列車に飛び乗った。


———◇———


……財布からさらに5シリング無くなった頃。

列車の中には重い空気で満たされていた。

無賃乗車の女に、獣人の奴隷。さらには奴隷商人をぶっ飛ばした男。そんな奴らと同じ列車に乗ってるんだから、無理もない。


だが、この重い空気を文字通り吹っ飛ばしてくれるやつが現れた。


ガラガラガラ


その時、車両の連結部の扉が音を立てて開く。

車掌かと思ったが…扉から出てきた男は、虚な目をした男だった。

分厚いコートはしわくちゃだ。恐らくだが、元々はいい服だったんだろう。

———もう汚れすぎてよくわからんが。


その男は、俺たちの座席の真横でコートのボタンを一つ一つ取り始めた。


一つ。


また一つと取れていくたびに、嫌な予感が大きくなる。

異変を感じたのか、周囲から会話が消えた。


———?この匂いは…


「火薬か?」


その時、男がコートの中身を見せつけるようにして広げた。

中には、びっしりと括りつけられた爆弾があった。

男の右手には、スイッチが握られている。


「おい!お前ら動くんじゃ———


ズドン!!


男が最後まで喋ることはなかった。

なぜか?

答えは一瞬で分かった。


「ヘイル…」


聞き馴染んだ銃声だった。

あいつも俺も、返り血のことを考えて黒い服を着てはいるが……

乗客の奴らはそうじゃない。


「キャアーーー!!」


地獄絵図となった車両では、乗客がわれ先にと逃げ惑っている。

男の近くにいた人は血を頭から被ったようになっていた。


「なぜ頭を撃った?ヘイル。手の指でも吹っ飛ばせばよかったじゃないか」


しかも炸裂弾で。


「足でもボタンは押せるでしょう?」


———ヘイルは、いつも犯罪者に対して容赦ない。


「はぁ…」


俺は呆れながら服にべっとりとついた返り血を見下ろす。


「最悪だ」


———洗濯代は小遣いから抜いてやるからな。


———◇———


「なぜ人を殺した!」


俺達は、北区の留置所で尋問を受けていた。

そう。「俺達」だ。


「別に…毎日数えきれない程死んでるだろうが…それにやったのは俺じゃない」

俺は横にいるヘイルを指差す。

ヘイルは一切動じない。

「爆弾を持っていて、さらなる被害が起きるところでした」


「スイッチを押さない可能性もあっただろうが!それに炸裂弾を使った理由はなんだ!」


「込めていた弾がたまたまそれでした。なんの弾だろうが別に死ぬしいいじゃないですか」


———よくない。


俺は溜め息を吐く。

この会話はもう聞き飽きた。

かれこれ2時間以上同じ会話をし続けてる。

今頃、レトロと獣人は楽しくお買い物中だろう。


「いいわけないだろ!周りの人に迷惑だろ!それに車両の掃除だって!」


「おぉ」

初めて俺と尋問官の意見があった瞬間だった。


ダン!!


その時、尋問官が机を力一杯叩き、コップが倒れた。

———俺の方に。


ビシャッ


「なんで…俺の服ばっかり…」

ズボンにかかった水が、ズボンに染み込んだ血と混じり、薄いピンク色の液体が地面に垂れる。


その時。

俺のなかで何かが切れた。

血の滲んだ服を着替えず、2時間も座り続けた俺からは最悪な匂いが漂っていた。


ガタッ


俺は椅子から立ち上がると、格子窓の外を見下ろした。

外では、箒に乗った青年がゆっくり飛んでいた。

もう帰りたい。


「ちょっと!座れ———


バキッ


俺の拳は、格子を叩き割った。


「えっ?素手で?ちょっ、座らないと撃つぞ!」


「いくぞ。ヘイル」


「え?あっ、ここ5階で結構高いですよ?」

俺はヘイルを担ぐ。

「ちょっ、なに———」


「舌噛むなよ」


俺達は———空を飛んだ。

いや違うな。自由落下だ。


でも、空を飛んでる奴はいた。

「えっ?」

箒に乗った新聞売りの青年は、新聞の束を片手に俺達をあっけに取られて見つめた。


俺は空いた片手で箒を掴む。


ガクン


「うわわわっ」

衝撃で箒が揺れたが、新聞売りは姿勢をなんとか戻した。

「新聞くれ」


「えっ、今?…いっ、1ペニーです」

俺は片手でコートをまさぐる。

「ちょっ、何を呑気に新聞なんか買ってるんですか!」


俺が血がこびりついた銅貨を差し出すと、少し顔をしかめて受け取った。


だが、その時俺は重大なことに気がついた。

右手は箒…左腕にはヘイルだ。

「腕がないな…一旦ヘイルを下ろすか」


「や、やめてください!血まみれになったの、少し怒ってるんですか!?ごめんなさい!本当に!」


「じゃあ…ヘイルが新聞を受け取れ」


ヘイルは震える手で新聞を受け取った。


「ありがとな」


俺は手を離した。


「ああああああああああああ!!」


ヘイルの情け無い絶叫が、街に響き渡る。

俺は警察署の壁を蹴り、地面に着地した。


「こ、今度こそ死んだかと…」


俺はヘイルを地面に降ろす。


「待て!」

背後から大勢の警察が追いかけてきている。


「早い奴らめ…撒くぞ」


「えっ、いや…はい。わかりました」


俺達は大通りから路地裏に転がりこむ。


「どうやって逃げるんですか?路地裏って大体は行き止まりじゃないですか」


「それはな…これを使う」


俺は走りながらコートの内側から手榴弾を取り出した。


「えっ?それ使うくらいなら銃でやりましょうよ」


「これは爆弾じゃない。「魔導具(マキナ)」だ」

金を払えなかった依頼主が金の代わりにくれたやつだが…まさかこんなとこで使うことになるなんてな。


足の音が近づいている。

後ろを見ずとも、警察が何人いるかわかる。


それから少し走った頃…予想通り、行き止まりに当たった。

煉瓦造りの壁がそびえ立つ。


「そのマキナで周囲一帯吹き飛ばそうってことですか?」


俺は答える代わりに、マキナの安全ピンに指をかける。冷たい金属が指の腹に当たる。


ピンッ———


ピンを引き抜くと、乾いた金属音が響いた。


そして、足元に置いた。

地面に接した瞬間、魔導具がかすかに光り始めた。


「え?」

ヘイルは理解できないという風に俺を見つめる。


「いたぞー!」


背後を振り返ると、狭い路地裏を埋め尽くす警察の群れ。

先頭の警官は銃を構えている。


「あと、3…」


心臓の鼓動が聞こえる。


「2…」


ヘイルの顔が、蒼白になっていくのが見える。


「1」


ドカン!!


爆心地から吹き荒れた突風が、俺達の体を襲う。

足が地面から離れた。

そして……


———空を飛んだ。


いや違うな。自由落下だ。


耳が痛い。

目が、開けられない。


「ああああああああああああ!!」


ヘイルの絶叫が、街中に響き渡る。


風が、顔を切りつける。


「受け身とれよ」


ヘイルは泣きながら言った。

「ちょっ、grayさん!?また助けてくださいよ!」


回転する視界。

地面が近づく。

カフェの看板が見える。

人々の顔が見える。


身体を丸め、右肩から地面に触れた。


スタッ


その衝撃と同時に、前回転するように転がる。

背中、右腰、足———

エネルギーを逃がしながら、滑るように着地。


「おおーー」


周りの人々が感嘆の声を漏らし、手を叩く。


ガシャッ!!バキッ!!バリン!!


上を見上げると、ヘイルはカフェのパラソルに奇跡的に上着が刺さっていた。

パラソルもカフェのテラスもバラバラになり、金属枠だけが残っている。


「こ、今度こそ死んだかと…」


その時、俺の視界に入ったのは———レトロだった。

俺はそばまで近寄り、後ろから話しかけた。

「レトロ。買い物は済んだか?」


「…?あぁ、grayさん。尋問は終わったんですか?」


「あぁ。終わったぞ」


「いや…終わらせたんでしょ?」

やつれたヘイルが、後ろから顔を出した。

手には、クシャクシャになった新聞が握られている。

「どう言うことがあったのかは知らないけど…いい知らせだよ。この近くにスイーツがすごく美味しいカフェがあるらしいんだけ…ど……」


レトロが指差したのは———ぐちゃぐちゃになったカフェだった。


「…なんであんなぐちゃぐちゃに?爆発でも起きたの?それとも何か落ちた?」


後者の方に、ヘイルがぎくっとした。


「あの子に食べさせてあげたかったのに…」


ヘイルの視線を追った先には…新品の服を手に入れた、獣人の姿があった。

北区は、ドレスしか服がないもんだと思ってたが、普通の服もあるらしい。床屋にも行ったのか髪も綺麗になっていて、よく似合っている。首には、鎖の跡を誤魔化すためか、チョーカーがついている。

そして、獣人のことを隠すための帽子。


———ん?待てよ。


「そういえば、金はどうしたんだ?服に床屋…北区だと、相当高いが…」


「あ!ごめん。返し忘れてた」

レトロは懐から財布を取り出した。

「———!俺の財布!」

いつの間に取られてたんだ?


俺はレトロが返してくれた財布を、震える手で開ける。

中身は…無い。いや、帰れる分の金はあるが、それを含めたらゼロだ。


「そ…んな……俺の…金」


事務所に金庫はあるが、あれは俺の金じゃない。

それに獣人に使った金だから、怒るわけにもいかない。


「ごめんね。獣人が床屋に行くと大抵はまともに扱ってもらえなくて…お金を積んで、なんとか切ってもらったんだ」

———さらに怒れない。

「美容師がどさくさに紛れて耳を切り落とそうとした時は、焦って組み伏せたよ」

———もうやめてくれ。


と言うか、北区に来たのは情報のためだったじゃないか。


「き、気を取り直して…すまないがみんな、駅で待っていてくれ」


「どこに行くんです?」


「ちょっと野暮用だ」


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