第8話「書き換え中」
「すまんが、そろそろ行かなきゃならないんだ」
俺の脳裏に3人が浮かび上がる。
その3人との思い出も。
———残念ながら、今のところ苦い思い出ばっかりだ。
「そうなの?じゃあこれ、使ってみる?」
エドガーはビデオテープをシャカシャカ鳴らした。
「でも、俺にマナはないぞ」
「心配しないで。このマキナ、定員3人までだから。どこ行けばいい?」
「北区の駅だ」
「なるほど。ちょっと待っててね」
ビデオテープのリールがひとりでに回転を始める。
シャカ……シャカシャカ……と音は次第に大きくなり、焼けたフィルムのような匂いが漂い始めた。
シュルッ!!
テープは俺とエドガーの体に巻きついていく。
そして、視界が黒く塗りつぶされた。
「目、開けていいよ」
ゆっくり目を開けると、そこは駅の……
「何でトイレなんだ?」
「いやぁ、景色がごちゃごちゃしてると場所を間違えやすいんだよ。トイレくらいシンプルだと覚えやすくてさ」
俺は知ってるが……北区以外のトイレは、大体死ぬほど臭い。
思い出しただけで…涙が…
「まぁ…ありがとな。じゃあ、俺はこれで」
「ちょっと待って」
さっさとトイレを出ようとした俺を、エドガーが引き留めた。
「……なんだ?」
「話に付き合ってくれたお礼にね。これ、あげるよ。倉庫に転がってた物だけど、君の方が使いそうだから」
エドガーはどこからともなく、皮のトランクを取り出した。
「トランクか?別に足りてるぞ」
俺がそう言うと、エドガーはニヤッとした。
「これはただのトランクじゃ———
「ひとまず、トイレから出ようか。汚いだろ?」
———◇———
「気を取り直して。これはただのトランクじゃないんだ」
エドガーはポケットから電池のような物を側面にはめ込むと、トランクを開けた。
「おぉ」
中は…真っ暗だった。
底は深く、どこまでも落ちてしまいそうだ。
そもそも、底がないのかもしれない。
「これはね…名付けて4次元トランクさ」
そのまま過ぎる気もするが、名前でこれがどんな物かが一瞬でわかった。
「なるほどな。で、その電池みたいなのが動力ってわけか」
「その通り」
エドガーが電池を外すと、まるで霧が晴れて行くかのように暗闇は消えた。
俺は、電池のような物を見つめた。
「これは…何なんだ?」
ガラスの円柱で、両端は金属でできている。
中には、何とも言えない色の液体が8割ほど入っている。
「それは、マナを液体状にした物。一般的に、マナセルって呼ばれてる。マナセルは、空気中のマナを集める機能もついてるから、壊さない限りはずっと使えるよ。消耗品じゃないから、お財布にも環境にも優しい」
空が煙に覆われた街で、今更環境か。
「……ん?まて。そのマナセル……人間に打ったらマナが体になくても魔法が使えるようになるのか?」
俺がそう言うと、少し暗い顔をして言った。
「使えるね。一時的には。でもね、一度その便利さを覚えたらもう元には戻れない。最後までマナセルに頼り続けた人たちは……まともな最期を迎えられなかった。僕から言えるのは、それだけかな」
さっきまでのエドガーの表情はどこへやら。正直この質問を後悔していた。
「さ。grayには仲間がいるんでしょ?行った方がいいんじゃない?」
俺は自分の腕時計を見る。
「……もうこんな時間か。ありがとな、色々助かった」
「うん。「また後で」ね」
エドガーはビデオテープを軽く振る。恐らく、店に帰るんだろう。
シュル……
フィルムが二人の間を横切った次の瞬間、エドガーの姿は跡形もなく消えていた。
———◇———
「grayさん!無事で何よりです」
「gray?ちょっと長すぎない?」
二人はクレープを片手にそれぞれ不満と心配を口にした。
「全員分の切符は買っといたぞ、ほら」
俺は切符を3つ配る。
———これでついに1文無しだ。
「grayさん?新しいトランク買ったんですか?」
「ん?あぁ。まぁな」
———◇———
「ふぅ。ただいま」
僕は、やっぱりこの店が一番落ち着く。
grayも帰ってしまったし、あとはトランクに入れた「あれ」に気づいてくれるかどうか……
「あ。そういえば」
店の扉を開けた僕の視界に入ったのは、あの男だった。ずっと鎖で縛られたままだ。
「ちょっと失礼……」
僕は男の服をまさぐる。
「はぁ……やっぱりあったか」
男の服の中にあったのは……空っぽのマナセル。
最近、マナセルを体の中に打つ人が増えた。殆ど、誰も知らなかった筈なのに……誰がそんな馬鹿なことを言いふらしてるのか。
その時、僕の目に止まったのは、折り畳まれた高そうな羊皮紙だ。
紙を広げてみると、どうやら手紙のようだ。
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拝啓 お客様へ。
この度はマナ体内注入機を購入くださり、ありがとうございます。
セルをセットした後、液体を体に注入するだけで、あなたも魔法が使える……と言う製品ですが、嘘偽りは全くございません。
マナセルを体内に注入すれば、いずれ体内がめちゃくちゃになる…そんな噂をよく聞かれると思います。ですがご心配なく。我々が開発したこの注入機は、独自の制御技術により、従来報告されていた副作用を大幅に軽減しました。
【正しくご使用いただければ】、安全にお使いいただけます。
さぁ。あなたも、魔法の世界へと踏み出しましょう。
Mr Eより
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「なるほど。こいつか」
僕は赤く括弧で閉じられている部分を睨む。
「正しくご使用いただければ、か」
あまりの胡散臭さと嘘の量に、怒りを通り越して呆れ果て、僕は紙を静かに畳んだ。
———でもやっぱり腹が立って、僕は畳んだ紙をぐしゃりと握り潰した。
「はぁ……Mr Eか……こいつのことも調査する必要がありそうだ」
それに……頭文字が同じなのも不愉快だ。
———◇———
「ただいま」
「ただいま」
「ただいま」
「…お、お邪魔します……」
事務所に入ると、それぞれが挨拶を口にした。
ぎこちなく言う者が1人。帰宅の安堵を滲ませている者が3人。
ん?3人?
俺はもう一度、事務所の中を見回した。
———レトロがいつのまにか、まるで自分の家かのようにくつろいでいる。
洗面所の場所を教えていないのに既に手を洗ってるし、靴も綺麗に棚に納まっている。
俺は怪しくなり、ソファーでうとうとし始めていたレトロの肩を叩く。
「ふぁっ!?あぁgrayさん、なんですか?」
「レトロ…一回ここ、きたことあるのか?」
俺がそう聞くと、レトロは急に真剣な顔をして言った。
「……どう言うことですか?」
「いや、洗面所の場所教えてないのに手洗ってるし、馴染みすぎなんじゃないかと」
レトロは一瞬だけ、何か言いかけるように口を開いた。
「はぁー…なんだ、驚かせないでくださいよ。……ちょっと、期待しちゃったじゃないですか……」
「なんか言ったか?」
「いえ?何も」
レトロはふてくされ、向こうを向いて寝てしまった。なにか、失礼なことを言ってしまったのかもしれない。
俺は時計を見る。
———残念ながら、休む暇はない。
「ヘイル、行くぞ」




