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第4話「夜に蔓延る煙」


——————?どうしたんですか?急にぼーっとしちゃって」



「——はっ……あぁ、いや、なんでも無い」


人々の喧騒と蒸気の音が響いているのにも関わらず、カチ…カチ…と、時間が過ぎた音だけが妙にはっきりと響いている。


戻った……のか。……2回目だが、どうも慣れない。


「オシャレな腕時計つけてますね!どこで買ったんですか?」

ヘイルの視線を辿ると、左腕の内側に時計がついていた。


…あの時のやつだ。


「契約成立。ですね」


……聞きたくなかった声が、周りの騒音を掻い潜って俺の耳に届く。


「……そうだな」


「……?どうしたんです————


周りの騒音とヘイルの声が遠くなっていく。

「猫。……お前、何もんだ?」

俺がそう言うと、猫は当たり前かのように答える。

「……あなたは、依頼人が何者か、いちいち聞くのですか?」


——どうやら教える気はないらしい。


「時を戻すのは、別にいつ使っても構いません。あなたへの対価ですからね。ですが、ダメな場合もありますので、その時は止めさせてもらいます」


ダメな場合…か。いつ止められるかわかったもんじゃないな。


—————grayさん?ちょっと?grayさん!」

周りの音が戻っていく。


「…ん?あぁ。……なんでもない。行くぞ」

俺がそう言って歩き出すと、ヘイルは悲しそうな声で言った。

「えぇ?そんなぁ?僕、まだお土産買ってません!」


「……煙臭いケーキを買うのに、金はあまり使うな。北区で好きなだけ買え」


「うぅ…確かに……?て言うか、なんで僕がケーキ買おうとしてるって知ってるんです?」


話していいもんか?……話しておいた方が後で助かる…か。


「あぁそれは——あつっ!」

俺は左腕を押さえる。

………一瞬時計が熱くなった気がしたが……気のせいか?


「それについて話すのは、お控えいただきたいです」

背後から声が響く。


……先に言え。


「ど、どうしたんですか?急に……」

俺の顔をヘイルが心配そうな顔で覗き込んでいる。

「……あと17分で列車が来る。もう行くぞ」


「あ……はい。わかりました」

ヘイルが、それ以上掘り下げてくることはなかった。




———◇———




プシュ—————


熱い蒸気の音が耳に焼き付く。

「これが……列車ですか………」

ヘイルは、切符を握りしめながら唾を飲み込む。


相当前にできた駅は今やさび始めているが、列車だけはまるで魔法でもかけられたかのように時代に取り残され、新品同然だ。


人々は、いたって退屈そうな目で列車を見つめている。


……周りの物に飽きちまった連中だ。


俺も…そうはならんといいな。


結構遠い左端の方には3等車がある。並んでいるのは、ボロ布を纏った人だらけだ。


逆に、右端には、一着何十万はしそうなドレスを着た人たちが並んでいる。時折、こっちを見て軽蔑の顔で鼻に手をやる奴らもいる。


……俺は、こう言う社会が一番大嫌いだ。


ガチャ


その時、駅員が職員扉から姿を現し、列車のドアを一斉に開けた。


人の波が、扉に吸い寄せられるように入って行く。


「俺たちもいくぞ」


列車に見惚れていたヘイルが、ハッと我を取り戻す。

「は!はい!527と528ですね!」


「前から11両目の右側の後ろだ。間違えるなよ。面倒なことになるからな」


〈1分後、発車予定です。駆け込み乗車はお控えください〉


———◇———


座る席は扉の目の前にあったから、別に探すのに時間はかからなかった。


(あと10秒か……)


俺は、腕時計の小さな文字盤を睨む。


「どいてどいてー!!」

一人の帽子を被った若い女が、扉を閉めようとした駅員の隙間を潜り抜け、息を切らして乗車した。


「ぜぇっ…はぁっ……よし!ギリギリせーふ!!」


こっちを見ながら誇らしげな顔で腕を組んでいる。


まて、なんでこっちをそんな見てるんだ。


「あのぉ……そこの席…座らせてもらえませ——うわぁっ!!」


ガタン


その時、列車が走り始めると同時に、女がバランスを崩した。


ガン!


頭が、俺の手を置いていた手すりに直撃する。


「いたっ」


「うえ〜ん!いたいよぉ〜」


……なんで自分の席に座らないんだ?…いやまさか…


「だめ——————

「いいですよ!全然。ほらgrayさん。もうちょっと詰めて」


……これから何が起きても、俺は何も知らん…


———◇———


……あれから30分は経っただろうか。

ヘイルがいる窓からは、南区の景色が後ろに流れて行く。


……やっぱり早いな。


「そうなんですよ。それで〜」


「えぇ?ほんとぉ?」


………二人はすっかり仲良くなってしまった。


ガラガラガラ


その時、車両の連結部の扉が音を立てて開く。

扉から出てきた男が、前の席の乗客へ手を差し出した。


「切符、拝見いたします」


車掌か。


女は車掌をチラチラ見ている。

「へぇ、そうなんだ。私もね〜」

顔から冷や汗が垂れている気がするが……気のせいか?


数分も経たないうちについに俺の目の前で足を止めた。


「切符、拝見いたします」


俺とヘイルは、それぞれ切符を差し出した。


パチン パチン


車掌は切符に切れ込みを入れる。


「お嬢様も、切符を。拝見いたします」

女の方を見ると……まるでこの世の終わりのような顔をしていた。


「お嬢様?」


車掌は女の顔を覗き込む。

「へ…へあう…ひゃ」


「……ご同行お願いいたします」

どこからともなく警備員が現れると、女を引きずって行った。

「あぁっ!!まって!お願い!ちょっとぉ!」

女は必死に抵抗している。…が、警備員は優秀なようだ。


ヘイルは、俺と女を交互に見ている。


「…はぁ……だから嫌だったんだ…」

俺は立ち上がって車掌の肩を叩く。


「5シリングだ」


俺は銀色のコインを一枚取り出す。車掌は意図を察したのか、無言でコインを受け取る。

そして鞄から切符を取り出すと、慣れた手つきで切れ込みを入れた。


パチン


警備員は女から手を離す。


「grayさん……ありがどぉぉ!」

ちょっ……涙を服で拭かないでくれ……

「色々事情があっでぇ…北区からにげでぎだんだげど……おがねはらえなぐでぇぇ!」


「ま…まずはひとまず座ろう」


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