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第3話「少し前は毒に混じって」

「どれにしよっかな〜」

目の前にある沢山のケーキに、僕は胸を躍らせる。

南区では、スイーツなんてほぼ無い。ケーキなら尚更だ。grayさんは甘いもの好きなのに、街に無いからいっつも我慢してるんだよね。…列車の中で食べよっかな…いや、列車には机はないのかな……。


だけど、流石は駅と言った所だ。スイーツが沢山ある。


「君が、ヘイルさん?」

急に知らない声に名前を呼ばれ、僕は振り返———


ブスッ


声の主は一瞬で僕の胸に注射器を突き立て、中身を注入した。

「何を…した?」

世界が回転している。

心臓が焼けるように痛い。

「君、grayの仲間で合ってますよね?」

声がぐわんぐわんする。

「grayさ…んに何のよ…ゴフッ!」

鼻と目と口から血が噴き出る。


———毒だ。


「どうやら、合ってたみたいですね」


立って……いられない。




———◇———




「遅いな」

ヘイルはちゃんと約束を守るやつだ。

なのにもう30分は経っている。

さっきまでケーキのショーケースを見てたはずだが…いつのまにか姿が消えている。


嫌な予感がする。……やはり心配だ。


その後、ケーキ屋の周りを10分程かけて調べたが、痕跡のひとつも見つけることができなかった。


「一体どこに消えたんだ?」

俺はショーケースに寄りかかる。

———その時、ある違和感に気がついた。


「店員が…一人もいないな?」


南区で無人店なんて、まるで盗んでくださいと言っているような物だ。


「誰も…いないのか?」

俺はショーケースから身を乗り出して店の中をのぞいた。


「———!」


俺は、店員と目が合った。

床に倒れた、死体の店員と。


「……どうなってんだ」


目、鼻、口から血が流れている。恐らく、毒だろう。

だがその時、俺はカウンターの上に小さな紙がある事に気づいた。


——————————————————————


お仲間さん、お掃除ロッカーの中がすごーく好きみたいですね?


——————————————————————


「……掃除…ロッカー」


俺の目に止まってのは、店の中にあるひとつのロッカー。


カウンターを乗り越え、店の中に入る。

一歩。また一歩と踏み出すたびに、背筋の悪寒が強くなる。


ロッカーの扉の下から、血が流れている。

……嫌な予感がする。


(違う。きっと店員だ。ヘイルじゃな———


ガチャ


まず目に入ったのは、真っ赤に染まったモップだった。

その奥に。


「何で———


ブスッ


首に、鋭い痛みが走った。


「凄腕って聞いたけど、大したこと———うっ!」

声のした方に、目の前の包丁を投げつける。

振り返ると、注射器を持った男の腕には、俺が投げた包丁が深々と刺さっていた。


注射器の中身は———空っぽだ。


「ゴホッ」

俺は口に手を当てる。


「ゴフッ」


俺の手は……血に染まっていた。


世界が回転している。

心臓が焼けるように痛い。


「おまえ…なにを……」

銃の照準が、合わない。

指に、力が入らない。


カチャ


銃が、指から滑り落ちる。


「さすがです、gray。噂はかねがね」


声が、水底から響くように低く濁る。

輪郭のぼやけた言葉が、頭の芯で不快なノイズへと変わる。


「黒鴉協会のElias(エリアス)と、申します。以後、お見知りおきを」


黒鴉協会。

暗殺を生業にしているフィクサー協会。


「協会無所属でありながらこの腕とは…流石です。しかし、あなたは黒鴉協会が管理する墓へ埋められます。残念でしたね」


男は、名刺を差し出した。


「葬儀までが、我々の仕事ですので。お仲間もご一緒に埋めて差し上げます」


ドサッ


俺は、床に倒れる。

「料金は、あなたの財産からお支払いで———


男の声が、遠くなる。


そして、何も聞こえなくなった。




「もしもしー、あれ?死んでしまいましたか」

手帳を取り出し、ペンを走らせる。


「ターゲット二名。一般人三名。清掃一件、遺体搬送五体」


ペンが止まる。


腕に刺さった包丁へ目を落とした。


「……あぁ、治療費も追加ですね」


———◇———


——————?どうしたんですか?急にぼーっとしちゃって」



「——はっ…あぁ、いや、なんでも無い」


人々の喧騒と蒸気の音が響いているのにも関わらず、カチ…カチ…と、時間が過ぎた音だけが妙にはっきりと響いている。


戻った…のか。———2回目だが、どうも慣れない。

まだ少し、視界が歪む。


「ヘイル。おまえはここで待ってろ」

俺は遠くにあるベンチを指差した。

あのフィクサーに落とし前つけないとな。


「なんで……いや、はい。わかりました」

ヘイルがトボトボとベンチを歩いていった方向の反対へと、俺は歩き出した。


1度、殺されたからだろうか。一歩。また一歩と踏み出すたびに心臓の奥の方にある、恐れではないまた別の何かが、全身にじんわりと広がっていく。


俺はケーキ屋の目の前に立つ。


ヒュッ———


(———風を切る音!)


ガキン!


俺は瞬時にリボルバーを引き抜き銃身で火花を立てて、飛んできた物を弾いた。


落ちていたのは…針が折れた注射器だった。


俺は頭の中の記憶を振り払うように頭を振ると、殺気がする方へとダガーを向ける。

(ケーキ屋の店員は…すでに死んだか)


「協会無所属でありながらこの腕とは…流石です、gray。噂はかねがね」

俺は後ろを振り返る。

「黒鴉協会のやつがなんの用だ。俺はカラス共に突つかれるような事をした覚えはないが」

俺がそう言うと、エイアスは手帳を取り出した。

「依頼ですよ。あなたに暗殺の依頼が入りました」

———依頼…だと?一体誰が…

「なら、殺られるまえに死るしかないな」


俺は銃を向ける。


「そんなの当たらない、と言いたい所ですが…あなたに限って油断はダメですからね」


ダン!


俺が放った銃弾は、エイアスの肩…をすり抜け、壁にめり込んだ。


「———なっ!?」


「———ですから、最大限の注意を払います」

エイアスは軽く手を振ると霧のようにスーッと消えていった。

地面には、使い捨ての魔導具(マキナ)が落ちていた。

本物じゃなかったのか。


———何か引っ掛かる。

なぜ、エイアスは俺に…依頼の事を話した?

なぜ、最初は問答無用で殺したのに今回はそうはならなかったのか。


「考えてもわからないな…一回、あいつの所に戻るか」


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