第2話「夜に蔓延る煙」
「…朝…だと?」
そう呟くと、ヘイルは俺を不思議そうな顔で見ると言った。
「えぇ、夜の次は朝でしょう?煙で暗い街とは言え、明るくは無いですが朝は来ますよ。」
「あぁ…そ…そう…だな」
これは…魔法とやらなのか?北区では魔法ってやつが進歩してるって話だが…火をつけたりとか、水とか風を操ったりとか、そう言うやつだろ?
…時間を戻せるもんなのか?…だとしたら誰が…
……それかタチの悪い夢か。
「大丈夫ですか?何か難しそうな顔をしてますが…」
「あぁ、問題…ない…それと、これが… 今回の作戦だ。覚えたら…燃やしとけ。それと、銃の整備は忘れずに…な」
ヘイルは紙を受け取ると、こっちを心配そうに見ながら自分の部屋に入っていった。
俺は壁にある時計を見る。
(21時まで…あと15時間はある…時間が戻ったのが夢じゃなきゃ、魔法以外にはない。…まずは情報を集めねぇと……)
俺は、椅子から立ち上がって外に出る。
———◇———
「君から尋ねてくるなんて…珍しいこともあるもんだね。空とは違って、僕の心は晴れやかだよ!」
こいつはノーア。指折りの情報屋だが、かっこいいからと、表では探偵をしてる。なぜか絶対に性を教えようとしない。情報屋のプライドがなんやらかんやららしい。
中途半端に名前を教えるくらいなら、偽名でも使えばいいのにな。
「実は、おまえから情報を買いたいんだが…」
俺が切り出すと、彼はさらに嬉しそうな顔をして言った。
「君から?いつも必死に捕まえてるのに、君から買いたいなんて言うなんて!?どんな情報だい?あのおっきな依頼の話しかな?」
「……そのことは話してない筈なんだが」
相変わらず耳の早いやつだ。
「…まぁいい。……北区に、人の時間を戻す魔法はあるか?」
俺がそう言うと、ノーアはさっきまでニヤついていた表情を引っ込め、困ったような顔をした。
「北区…か……君も知ってる通り、あそこは貴族の街でね、情報が入手しにくい。それに、魔法となると……情報統括機関がねー」
情報統括機関。北区の、個人情報や技術を管理してる機関だ。北区だけが魔法で発展したのは、この機関によって厳しく技術の漏洩を防いでいたからに他ならない。
「あいつらの目が光ってる以上、ここで待ってても大した情報は落ちてこないかな」
…ノースですらわからないのか。
「…情報、感謝する」
俺がソファーから立ち上がった、その時——
「…僕から、一つ助言だよ。他の情報屋回っても、大した情報は得られないと思う……やっぱり、直接行ってみた方がいいと思うよ。北区」
「わかった」
短く答え、俺は事務所のドアを閉めた。
バタン
———◇———
grayが去った静かな事務所で、ノーアはぽつりと呟いた。
「はぁ…せっかくきてくれたのに、大した情報渡せなかったなー」
ゴン、ゴン。
突然、窓ガラスを叩く硬い音がした。見れば、一羽の黒いカラスが外の窓枠に止まり、くちばしでガラスを叩いている。
「おっと?カラスちゃんのおかえりだ」
僕は窓を開けて、カラスの頭に手をやる。
「今日の情報は〜…近くの果物屋が20%OFF…後で買いに行こう。やや?あの旦那さんが浮気?探偵の方で使えそうだ。……よし、バイバイ、カラスちゃん」
僕はカラスに手を振った。
そして、ふっと不適な笑みを浮かべる。
「ふふーん。僕が、北区出身の魔法使いだなんてgray、夢にも思わないだろうなー」
窓の外、南区と北区を隔てている巨大な『壁』を見つめた。
遥か遠くにあるはずなのに、その圧倒的な存在感を放つ壁は、煙をかき分け、ここからでもはっきりと視界に映る。
「grayが言ってた時を戻す魔法、か……時間魔法なんて聞いたことないなー……考えてみれば、北区出身の僕ですら、北区のことなーんにもわかんないんだよね〜。……全く、闇が深そうだ」
———◇———
俺は身支度を整え始める。
「何処に行くんですか?」
ヘイルがそう聞くと、俺は銃を上着に入れながら答える。
「北区だ。用事ができた。」
「へぇ北区ですか……えぇ!?北区に行くんですか!?」
ヘイルは信じられないと言う風に俺を見つめる。
「どうした?北区になんかあったか?」
「いや…その…実は北区に行くのは…その…夢でして…つ、連れて行ってはくれませんか?」
ヘイルが俺に何かを頼むなんてことは滅多に無い…相当行きたかったんだろう。
「10分だ。バスがもう行っちまうからな。それまでに準備しろ」
「…!はい!ありがとうございます!」
ヘイルはこっちが眩しくなるくらいの笑顔をすると、部屋に走っていった。
「ふぅ…どうやら今回の旅は騒がしくなりそうだ」
「準備できました!」
「…?まだ10秒くらいしか経ってないが…ってどうしたその荷物」
ヘイルはトランクととんでもなく大きいリュックを担いでいた。
…鍛えたのは俺とは言え、こんなに力が強くなってたのか…
「…日帰りだ」
「えぇ?そんなぁ…あ!依頼があったんだった…はぁ…」
ヘイルはとぼとぼと自分の部屋に戻って行った。
———◇———
「着きましたよ!」
ヘイルがうたた寝してた俺の肩を揺らす。
「やっとか…久しぶりだな。駅に来るのは」
石炭の匂いが鼻につく。
蒸気の音が響いている。
目の前に広がったのは、巨大な駅だった。
建築面積3平方kmの巨大建築だ。列車は一本しかないくせに、随分と立派だ。
北区、西区、南区、東区…その全ての街を繋ぐ列車が走っている。駅はそれぞれの街の中心にある。
バスから降りると、俺は入り口の横にある切符売り場に向かった。
この街にある列車はこれしかねぇし、これ以外で区の行き来はできない。
「どちらまで?」
「北区までだ。2等を2人分」
「はい、では10シリングです」
(た…高いな…嫌なら歩けってか)
俺は金色のコインを1枚窓口に滑らせる。
「はい…10シリングちょうどですね。こちら北区行き切符です。こちらを車掌にお見せください。」
俺は切符を受け取ると、片方をヘイルに渡す。
ヘイルは宝物のように、大切そうにそれを受け取った。
俺は重いガラスの扉を押した。
「おぉ…」
4年振りなのも相まって、圧巻される。
この駅は殆どが待合室だ。もはや室じゃないが…。
天井は足がすくむ程高く、鉄骨が蜘蛛の巣のように張り巡らされていて、天井のガラスからは煤で濁った日の光が差し込んでいる。
中央には巨大な時計台。
人々の喧騒と蒸気の音が響いているのにも関わらず、カチ…カチ…と、時間が過ぎた音だけが妙にはっきりと響いている。
「うわぁ…」
ヘイルは目をキラキラさせて、走り出しそうなのを我慢している。
俺は巨大な時計を睨む。
「7時…21分…か。出発まであと20分ある。色々見てきたらどうだ?」
「やったぁ!!」
ヘイルは待ってましたと言わんばかりに、地面にある煤と灰を巻き上げて走り去って行った。




