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第1話「夜に蔓延る煙」

石畳は昨夜の雨で濡れていた。

ガス灯の明かりは昼間だというのに薄暗く、

工場煙突から吐き出される煤煙が空を灰色に染めていた。

通りを歩く人は皆、疲れたような顔をしている。

…電柱のカラスが、まるで何かを見透かしているかのような、不気味な視線を降らせている。

ビシャッ

貴族用の蒸気馬車が水溜まりを跳ね上げる。

「…香水くせぇ」

全く…中は鼻がひん曲がるような地獄だろうな。

路地では新聞売りの子供が怒鳴っている。

「東区でまた死体だ! 斧で頭をかち割られたんだってよ!」

…酷い街だ。

だが、ここに住む奴は酷いことに慣れる必要がある。

俺は人波から外れ、狭い路地裏に入る。

右に2回曲がる。すると、いつもの店が見えてくる。


「いらっしゃい」

無愛想な店主が、拳銃を磨いている。

南区では珍しい、自動拳銃だ。壊れても部品が買えないからな。

「.455口径の弾を30発」

俺がそう言うと、店主は棚から箱を取り出して言った。

「2シリング」

俺はポケットから銀色のコインを2枚取り出す。

「毎度あり」



路地裏を出ると、今日買った物を確認した。

「弾は…30発…ん?29?」

何処かで落としちまったらしい。…だが、箱に入ってる物を落とすなんてことあるか?

俺は一直線で事務所に戻る…筈だった。

「強盗だ!誰か捕まえてくれ!」

どこかの店の男が怒鳴る。

声がした方を振り返ると、こっちにバッグを持った男が走っていた。

…だが、人々は目もくれない。面倒ごとが嫌いな奴らばかりだ。

「…ちっ…腐ってやがる」

俺は軽く足を伸ばす。


ズドン!


バックの重さが加わったのか、でかい音を出して強盗が転び、金を地面にばら撒いた。

「くそっ…おい!この金はやる!助けろ!」

唾を飛ばしながら強盗が怒鳴る。

「…地面を舐めた金なんかいらねぇよ」

俺は強盗が言っていることを無視して事務所に足を向ける。


——この時俺は、まだ知らなかった。

あの強盗が、後々面倒な火種になることを。






街の真ん中にある時計台が21時を指した頃。

「ターゲット確認。おまえから見て2時の方だ。」

俺はヘイルにトランシーバーで連絡をとる。


作戦は簡単だ。ヘイルが遠くから足を打ち抜いたあと、俺が路地裏に引きずって、頭を吹っ飛ばす。


…?返事がない。

「おいヘイ…」


ズドン!!


(よし!よくやっ…)

ターゲットは普通に歩いている。足は撃ち抜かれていない。

なんなら、銃声を聞いて逃げ出そうとしている。

(どう言うことだ…?あいつは外すような奴じゃ…)


「おい…まて——」


…俺は足に力がなくなり、壁沿いにずるずると腰を落とす。

火薬の匂いが鼻につく。

石畳の隙間に…赤色が広がっていく。

…散々見た色だ。間違える筈がない。

「血…」

視線を落とすと…腹が赤く染まっているのがわかった。

致命傷だ。

「くそっ…何処か…ら…」

その時、道の奥から足音が響いた。その音はどんどん大きくなる。

その音は、俺の目の前で止まった。


ガシャッ


俺の目の前に血が付いた銃が落とされる。

マルティニ=ヘンリー。

俺が…ヘイルにプレゼントした銃だ。

俺はポケットの底の…潰れかけた湿ったタバコとライターを取り出した。

震える手でタバコに火をつける。

あいつはいつもタバコは体に悪いと口癖のように言っていた。…もう3年は吸ってなかった。

待ち望んだ…久しぶりの…タバコの味は。

——この街の煙とさほど変わらなかった。


ダンダンダンダンダンダン!


俺は6発の弾丸を全て打ち込んだ。…筈だ。


チリンチリン…


地面に6個の鉄の塊が落ちる。

「まじ…か」

俺は手探りで地面を探る。

(なにか…この状況を…)


俺の手に何かが当たった。

馴染みのある形だ。

(.455口径の銃弾…)

そう言えば…ここはあの店の裏だ。

…何処から作戦を嗅ぎつけたんだか。

俺は体で隠しながら弾を込める。

(チャンスは1発…)


街頭の光が振り上げた斧を照らす。

『東区でまた死体だ! 斧で頭をかち割られたんだってよ!』

…あれか。

斧をふりお振り下ろした瞬間…俺は顔面に銃弾を叩き込んだ。


ガシャン


二つに割れた仮面が落ちる。

この街では珍しく、雲が晴れ、月明かりが差し込んだ。

「——!」

…強盗だった…今朝の。


声を上げる暇もなく、俺の視界は真っ赤に染まった。

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