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切なさと怒り 魂の叫び

(もう、離れないと)


意を決して、速水に伝えよう。


(でも、どうやって。その為に呼び出すのも変だし……)


 速水にどう伝えようかと考えながら病室を出たところでふと右を見ると、速水の姿が見えた。今更ジタバタと焦っていた。何も言わない事もできる。けれどこのタイミングを逃したら言えないのもわかってる。


(もう最後だから)


 強張る動悸に勇気をもらい、一歩踏み出したところで、こちらに気づき振り向いた。


「速水さん……少しだけお時間いいですか」


 そう声をかけただけで何かを察したように、ゆっくりと頷くと、


「……こっちへ」


 そういって非常階段の方へ歩き始めた。

 蛍光灯の白い光だけが、薄暗く照らしている。


「どうしましたか?」


 あくまでも、スタッフと患者の家族の関係を超えない話し方に、冷静にならざるを得ない。


「そろそろ母も退院だから、そのことで少し相談したくて……」


 速水は静かに頷いた。


「はい」

「もし退院したら……」


 そこまで言って、言葉が詰まる。


「これからは、別の先生にお願いした方がいいのかなって……」


 速水の表情が、わずかに変わった気がした。

 沈黙が落ちる。


「昨日……」


 本当は言うつもりなんてなかった。けれど場の沈黙に耐えきれなくなって、間宮の話を切り出した。喉が詰まる。


「昨日、例のヒーラーの方に言われたの……」


 速水は何も言わず、静かに私を見ていた。


「私たち……もう、離れなさいって……もう速水さんに……速水さんに触れられない」


 どうして、こんなことを伝えないといけないのだろう。たとえ神に許されなくても、愛する事を速水にだけは許可して欲しかったのかもしれない。


「私だって、こんな関係は良くないってわかってる! だから気持ちを抑えようと、頑張っているのに。だけど、あんなに大好きだったのに急に忘れるなきゃいけないなんて」


 崩れる様にその場にしゃがみこむと、助けを求める様に手を伸ばした。

 けれど脳裏に蘇る真宮の言葉が躊躇させる。彼が握ってくれると信じる暇さえないまま、伸ばした手を胸の前で固く結んだ。


「もっとギュってしてもらいたかった……だけど神様はいる。もし触れたら何か起こるんじゃないかって思うと何も出来ない!」


 この感情も言葉も、速水には半分も届いていないかもしれない。自分が何を求めているのかも、今となっては分からなかった。


「最後に……キスしてほしかった」


 それで区切りをつければ終わりに出来るはずだった。自分でも、何を言っているのかわからない。

 離れなきゃいけないのに……

 忘れなきゃいけないのに……


「目の前にいるのに……触れちゃ駄目なんて……」


 胸の奥から、押さえていた感情が溢れてくる。


「どうして……気持ちに区切りをつけたかった……」


 それなのに、間宮のたった一言で、すべてを断ち切らなければならなくなるなんて。


「なんで……なんで、こんなことになっちゃうの?」


 切なさとどうしようもない怒りは、理屈ではない。どうにもならない想いが、胸の奥からそのまま言葉になって溢れた魂の叫び。


「辛そうですね」


 その言葉に俯いたまま頷く事しか出来ない。

 今はただこの苦痛から逃れる事だけしか考えられない。


「退院したら母を一人にしておけないので、自宅に呼んで一緒に住むつもりです。もうここへは来ません」


 これでもう終わり。


「そうなんですね。実は、僕も辞めるんです」


「えっ? 私達のことが原因で?」


 思いがけない言葉に、一瞬泣く事さえ忘れる。


「いえ、今度独立する事になって」


(このタイミングで独立なんて。どちらにしても、別れは決まっていたんだ)


 最近の事を考えると、これを運命だと受け入れることしか考えられない。

 もっと一緒にいたかった。けれど、そんなわけにはいかないこともわかってる。


「本当に、今までありがとうございました。私……本当に好きでした。だけど……こんなに生きるのが辛い別れがあるなんて思わなかった……冗談じゃなくて。親の死に目より辛いです」


 結婚して一年目の時、やっと授かった子供を流産したときも、これ程までの悲しみにはならなかった。

 速水は何も言わずしばらく目を閉じてから、ゆっくりと口を開いた。


「……だからです」


低い声だった。


「え?」

「だから……」


 それ以上何も言わず、軽くお辞儀をすると非常階段を出ていった。追いかけようと思えば、まだ間に合うのに、足は動かない。

 胸の奥に、速水との思い出だけが浮かんでは消えていった。



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