決意
たった一言で人の生死は変わるのかも知れない
賢哉がいるのに、速水との関係が許されるはずない。
輪廻転生を繰り返し、縁があると言われても、これまでの価値観や世間体を考えれば、今のままでいいわけがない。
わかってる。
けれど、世間体がどうであろうと、ツインはそれを超えて愛し合えるものなのだと思っていた。こんなにも強く惹かれ合うのには、きっと意味があるのだと。
だからこそ、今日ここに来たのも、本当はどこかで期待していたのかもしれない。
「大丈夫、あなたたちにの出会いには意味がある」
そんな後押ししてくれる誰かの声を。けれど、返ってきた言葉は違った。
「詩乃ちゃんの家は仲が良いんだから、速水さんから離れなさい」
「離れ……なさいって……神様にも認めてもらえない……」
胸の奥で、何かが静かに崩れ落ちる音がした。この数ヶ月で、すっかり地上だけではない世界を信じるようになってしまったというのに、間宮の言葉は、神の言葉そのものだ。
「速水さんのことを好きなんて、思っちゃいけないって事だよね」
それは間宮に聞いているようでいて、本当は自分自身に言い聞かせている言葉だった。間宮が何と答えるかは、もう分かっている。それでもまだ違う何かを期待している。
まだ昨日速水に抱きしめられた時の温もりが、まだ身体に残っているのに、突然それを手放さなければならないなんて。これまで信じてきた価値観と、胸の奥で確かに生まれてしまった気持ちが、激しくぶつかり合い、
どちらが正しいのかなんてわからない。ただ速水を好きになってしまったという事実だけがそこにあって、間宮の言葉は、言われて当然なこと。
(結婚しているし、母の看病もしている。父が先に逝った今、母を大切にしなければならないし……)
自己暗示をかけるように、言い訳を並べ納得させようとする。
(だって彼はまだ若いし。こんな私に愛されても迷惑な話。離れることが皆の幸せ)
もうこれ以上の言葉を期待しても無理。
「ありがとう」
霞んで見える間宮に、どうにか笑顔を作ってお礼を言い、席を立つ。
(これからどうしたらいいの? 少し会えないだけでも、寂しさをこらえるのがやっとだったのに……)
頭の中は何も整理できない。空は低く曇っていて、街の景色がどこか遠くにあるように感じる。
想像しただけで、心が引き裂かれるような痛みだった。強い縁があると言われたのに。
(どうして出会ったの?)
心の奥で、誰に向けているのかわからない問いが、何度も繰り返される。
(だから昨日「キスして」って言ったのに)
どこかで最後になる気がしていた予感は、やっぱり正しかった。心に区切りをつけたかった。そうしたらきっと諦められたのに。
何をしていても、間宮の言葉が頭の中で何度も繰り返される。
「離れなさい」
神の言葉を突きつけられてからというもの、現実を生きている心地がしない。
「ただいま」
その日の夜、賢哉はいつも通り遅くに帰ってきた。
「おかえり」
「寒かったー」
本当なら、もう少し優しく言葉を返し、疲れている賢哉に寄り添いたい。けれどそんな余裕はない。胸の奥が空っぽで、何をしていても心がどこにも繋がらなかった。賢哉は、何も気づいていない。こんなにも大きな嵐が起きていることを。
「詩乃も大変だよな。お母さんのこと」
賢哉に泣き顔を見られたくない。着泣き腫らした顔を見られないようにコンロの前に立つ。
「先、風呂入ってくる」
「うん」
背中越しに返事をする。お湯の音が聞こえてくる間に食事を並べると、逃げるように寝室の扉を閉めた。
まるで暗闇の海の中を、一艘の小舟で彷徨っているように、行き先もわからないまま、ただ波に流されている。
力なく海面を見つめていると、水の底から小さな気泡が、ひとつ浮かび上がってきた。その中には、速水との思い出が閉じ込められている。
速水が笑った顔。抱きしめられたときの、あの温もり。
ツインという言葉も、速水に逢ってから気づいた自分の力も、何もかもが、彼との深い縁を証明していると思っていた。それなのに……
神様の言うとおり、離れなければいけない。もし従わなければ、天罰が下るのかもしれない。そんな考不安が、頭から離れない。
最近は、思ったことが現実になるまでの時間が、ずっと早くなっている。もしこんな罪悪感を抱えたまま、速水を想い続けたら、速水にどれほどのことが起きるかわからない。
「もし速水に何かあったら……)
きっと生きてなんていけない。呼吸が浅くなり、胸の奥が痛む。
(そんなことになるくらいなら……速水が傷つくくらいなら……私はどうなってもいい。どんな罰でも全部私が受ければいい。だからお願い、速水だけは、どうか守って。もう、最後にちゃんと速水さんに伝えなきゃ!)
決意したように目を瞑った。
速水を失うくらいなら。。。
この先の苦しみなど知らない。




