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変革の始まり

前章では、2009年は、敦の進路について、南陵高校のオープンスクールに参加したが、そこの先生に説教され、大樹は、この学校には行かさないと思うが、敦は、陽生学園第二高校に入ると、寮に入らないといけないので、南陵高校にしがみつく。 3者面談にて希望する高校を進路希望表に書くが上野は、全部を否定して全くアドバイスをすることがなかった。そこで、大樹が敦に陽生学園第二高校の何が不安だとの問いに、寮だと答えたので、全ての寮を見たいのかというので、1月6日の陽生学園第二高校のオープンスクールに申込み、参加することにした。 次章では、敦を含む野坂家が、陽生学園第二高校のオープンスクールに参加して、どのような変化が起きたのかを描いていきます。

素晴らしい前書きですね。物語の流れがしっかりと伝わり、読者の興味を引き付ける要素が詰まっています。以下に少しだけ修正と提案を加えてみましたので、参考にしてください。


前章では、2009年に敦の進路について、南陵高校のオープンスクールに参加しましたが、そこでの先生に説教されました。大樹は、この学校には行かせないと決心しましたが、敦は陽生学園第二高校に入ると寮に入らなければならないため、南陵高校にしがみついていました。


三者面談で希望する高校を進路希望表に書きましたが、上野は全てを否定し、全くアドバイスをすることがありませんでした。そこで、大樹が敦に陽生学園第二高校の何が不安かを問い、その答えが「寮」であったため、全ての寮を見学したいかどうかを確認しました。そして、1月6日の陽生学園第二高校のオープンスクールに申し込み、参加することにしました。


次章では、敦を含む野坂家が、陽生学園第二高校のオープンスクールに参加し、どのような変化が起きたのかを描いていきます。

(1) 恐るべき陽生学園


激動の2009年も終わり、2010年、激動の1年が始まった。1月6日(土)、年始に積もった雪が残り、空にはどんよりした雲が太陽を遮り、強い風が吹く寒い朝だった。


野坂家の4人は、車に乗り込み、再度、伊勢路に向かった。敦賀ICから北陸自動車道に入ると、滋賀県との県境へ峠を越え、滋賀県に入ると青い空が広がり始めた。北陸道から名神・新名神から伊勢道と進むにつれて、北陸の天気が嘘のように快晴になり、太陽が車を照り付ける。まるで敦の未来を祝うように太陽が照り付けるようだった。ちなみに、陽生学園とは太陽の下で生きるという意味である。


前回よりもお伊勢さん参りの車が多かったせいで、陽生学園第二高校に着いたのは10時30分前と少し遅くなった。4人は2回目のオープンスクールなので、少し慣れたのか、車を降りるとすぐに昼食代を払った。そのとき、2人の生徒が近づいて来た。1人が「陽生学園第二高校の2年の高田です。よろしくお願いします」と挨拶し、もう1人が「陽生学園第二高校の森下です」と挨拶するので、野坂家の4人も挨拶し、高田が大樹たちを、森下が敦を案内することになった。


大樹が高田に「あなたも不登校だったの?」と聞くと、高田が「はい」と答えた。大樹が「学校か親の勧めで来たの?」と聞くと、高田が「私は中学校1年から不登校で、家に閉じこもっていました。入学式の日に、突然、父親からドライブに行くぞと言われて、ついて行くとこの学校に着き、無理やり制服に着替えさせられて、入学式がある体育館に置いて行かれたので、ここにいます」と衝撃的な発言をした。敦だけでなく大樹やひろみも愕然とし、大樹が「そんなことできるの?ところで入試はどうしたの?」と聞くと、「親が今日は受けるだけでいいからと騙されて行きました」と答えた。3人はあまりの衝撃に唖然としていると、森下も「私も両親に連れてこられて、置いて行かれました」と微笑みながら答えたので、大樹やひろみは、陽生学園が衝撃的な案内役を付けたことにビックリした。


大樹が「無理やり置いて行かれたら、反発したでしょう?」と聞くと、二人は頷き、高田が微笑みながら「入学してからしばらくは、誰とも話さず、何日間かは寮で布団をかぶってましたし、帰省したら抵抗して帰校しないこともありましたが、その時は先生と横の先輩が迎えに来てくれました。それを繰り返すうちに、先輩に心を開いて学校生活を送れるようになりました。私はその先輩を尊敬しているので、同じ大学に入りたいと思い勉強をしています」と答えた。大樹とひろみは、敦賀にいるときは何で自分の子だけ不登校になるのかと思っていたが、上には上がいるもんだなと思えたし、敦は自分よりもひどい不登校でもどうにかなるのではないかと思うようになった。


視聴覚室でオープンスクールの予定を話した後、至天寮に行き寮内見学をすることになった。北陸担当の川村が近づいてきて「野坂さんは前回、寮を見ていたので、今日は二人から話を聞いてください。他の寮の見学は午後から二人が案内します」と意味ありげに微笑みながら言ったので、高田の案内で食堂に向かい、二人からいろいろと話を聞いた。二人は「俺たち不登校は何も取り柄がないので、勉強をさせられています」とか「ご飯は美味しくない…」等の学校の不満を野坂家の4人に話してくるのであり、大樹は「大丈夫か…」と心配し、敦は苦笑いをするしかなかった。


昼食後の寮の見学では、敦と高田及び森下が2つの寮に案内された。ほとんどが陽生学園第二高校に対する不満と嫌なところを話してくれたようだったが、敦は陽生学園第二高校のことをいろいろ聞けて、落ち着いた顔をしていた。また、大樹もひろみも陽生学園第二高校の裏のことを生徒の言葉から知ることで、不思議と冷静になり、この学校の奥深さにますます興味を抱き、敦は心の中でこの学校に入ってもいいと思い始めた。


オープンスクールの最後に個人面談があった。担当は北陸担当の川村だった。川村はニコニコ笑いながら野坂家に「実は、オープンスクールに何回か尋ねてくる方は多いのですよ。その場合、陽生学園のいいことばかり見てもらうのではなく、悪い裏の部分を見てもらうようにしています。本日は、野坂さんに1年生と2年生で最も手こずった生徒を付けました。学校の悪いことを一杯聞いたでしょう、敦君?」と聞いてきたので、敦は落ち着いた顔で「はい」と答えると、川村は「これで君がここに来るか来ないかを決めてください。敦君がここに来たら、好きなことをして個性を伸ばしてね。私たちはその輝かしい未来を予想できるから考えてね」と言うと、敦は笑みを浮かべながら「はい」と答えた。


川村は大樹とひろみに「1月31日(日)に最後のAO入試があります。試験は保護者と敦君が面接を受けるという方法です。コースは特別進学、進学、教養の3コースがありますが、どれを記載していただいても大丈夫で、コースを決めるテストは2月後半に行い、それで決めます。また、願書は1月22日(金)までにお願いします」と言ったので、大樹は「わかりました」と答え、学校を後にした。川村が玄関前まで来て「今日は、ありがとうございました。敦君、よろしくね」と挨拶された。


帰りの車の中で、大樹が「敦、納得したか?どうする?」と聞くと、敦が落ち着いた状況で「ここに行ってもいいかな」と答え、敦賀に帰るのであった。


(2)説得と決断


1月7日(日)、少し風は強いが、珍しく陽ざしがさしており、積もった雪に反射して、明るく照らしている。大樹は、昨日の陽生学園第二高校の対応には驚き、敦を入学させたいが、初期費用の約90万円と毎月13万円の月謝が高額であるため、迷っていた。10時頃、大樹の母、キク子から電話があった。大樹は正月には父の功とキク子に電話をしていたので、今日は何かなと思い通話ボタンを押した。


キク子が「敦の件、どうなった?」と聞いてきたので、大樹は「敦を入学させようと思うが、初期費用と月謝が高額で迷っている」と答えた。キク子が「どのくらい持ってるの」と聞いて来たので、大樹が「貯金通帳に約100万円、財形に約500万円位はある」と答えた。


キク子が声を荒げて「あんた…なんで金を出すの渋ってるの…このような時のために貯めた金じゃないのか…」と言われ、大樹が「このお金は、家を建てるための財形だからな…それと、失敗したときにな…」としぶしぶ答えた。キク子が「あほか…家を建てても、敦が引きこもったら、もともこもないだろう。それよりも、今、打てる手を打つべきではないのか。それで、駄目だったら、後悔せずに次へ進めるだろう。今、お金を出せば、不登校を解決できるチャンスだろ。そのようなところにお金を使いなさい。生き金を使え、生き金を…」と言われて、大樹は決断が固まり、「わかった。後は、敦をひろみを含めて説得する」と答えて、電話を切った。


大樹は、夕方に帰ったときに、敦の説得をしようと決断した。


その日の15時30分、ひろみが帰って来たとき、大樹は、ひろみと敦を居間に呼び、敦に「昨日、陽生学園第二高校に行ったが、お前の腹は固まっただろう」と聞くと、敦は涙目で苦しい顔つきになり、答えることができなかった。そこで、大樹が「ひろみ、どう思う?」と聞くと、ひろみが「私も、昨日、陽生学園第二高校に行って、高田君と森下君の話を聞いて、良いこと、悪いこともわかったので、私も敦が陽生学園第二高校に行った方がいいと思うけど、敦はどうなの」と聞いた。


敦は、心の中で陽生学園第二高校に行くのが一番いいのはわかっているが、4月になったら寮に入らないといけないという最大の壁がはばかり、答えることができずに下を向き、答えることができなかった。


部屋の中に、西日が優しくさしこみ、明るく照らしているが、3人は沈黙していた。しばらくして、大樹が「敦、正直言って、お前には、福井にある南陵高校に行ってほしいと思っていた。それは、陽生学園第二高校は初期費用も毎月の月謝も高く、15歳の我が子を寮に入れたくないのが本音だ。しかし、南陵高校の先生の不誠実な対応を考えると、あそこはただ行くだけの学校で、お前は行けなくなるだろう。一方、陽生学園第二高校は、お前の将来を考えると教育が充実しているし、不登校だった生徒への対応も素晴らしいので、お金はかかるが、3年後のお前に投資すると決めたので、陽生学園第二高校に行かないか」と感情的に言うと、敦は涙を流しながら「俺、陽生学園第二高校に行くよ。その代わり、大学はこっちに帰ってくるから」と答えた。


大樹は「3年後は楽しみに待っているので、帰っておいで」と言うと、敦は「わかった」と答えた。さらに、大樹は、ひろみに「明日、敦賀南中学に行って、上野先生に、1月31日の陽生学園第二高校のAO入試を受けることと、願書を書いてもらうようにお願いしてきて。嫌味を言うと思うが、家族で決めたことだし、学校には迷惑かけないと言えば書いてくれるよ」と言うと、ひろみは「わかった」と答えた。


ついに、敦は、陽生学園第二高校のAO入試を受ける決断をし、願書の内、自宅で書く内容を記載して、中学校にお願いできる準備を終えた。


(3)最後の試練


 1月8日(月)の15時30分頃、ひろみはパート先から自宅に帰って来て、敦賀南中学に電話し、陽生学園第二高校の進学に関するお願いをするために、学校で話をしたいことを伝えて、1人で向かった。上野は「中学も通えない子が、寮に入ることができるのか」等、多くの嫌味を言われたが、ひろみは「この学校のオープンスクールに2回も参加した上で家族と話し合い決めたことと、学校には迷惑をかけないので、陽生学園第二高校に進学させようと決めました。1月30日のAO入試を受けたいので、1月22日に必着するように願書を書いてほしい」と懇願した。上野はしぶしぶ「わかりました」と言い、了承した。


その後、願書のことで何回か上野から問い合わせがあった。それは、願書の中の希望コースに「特進」と記載していたので、本当にこれでいいのかを何回も確認していたが、ひろみは陽生学園第二高校で聞いていた通り、「コースはどれを書いてもいいので、特進と書いています。コース決めは、2月中旬に陽生学園第二高校でテストを受けて決めるみたいですよ」とそのたびに伝えていた。


1月31日(日)、昨日までの雪が20cm程積もっており、あたりは銀世界になっているが、久しぶりに青い空がのぞき、陽がさしているとともに、雪に反射して外が妙に明るい。まるで敦の将来に希望の光がさしているようだった。この日は、大樹と夏帆は、敦賀南地区卓球大会に行くため、陽生学園第二高校の試験には、ひろみと敦が行くことになった。


7時頃、4人は朝食を取った。敦は少し緊張しているようだったので、大樹が「今日は面接だけだから、落ち着いて素直に応じたらいいよ。ところで、駅までどうやって行くの」と聞くと、敦が「10時30分のバスで行く」と言うので、大樹が「途中で抜けて送らなくていいよね」と聞くと、敦が「大丈夫だ」と答えた。大樹が「ところで、試験は何時から、どこであるの」と聞くと、敦が「14時から大阪駅前の梅田ビジネススクエアの12Fなので、11時23分のサンダーバードに乗る」と答えた。


8時過ぎ、大樹と夏帆は、敦賀南スポーツセンターへ出かけた。それ以降、敦とひろみは、TVを見ながら落ち着いて、いろいろと話しているうちに、9時30分になったので、ひろみが「敦、そろそろ、制服に着替えて」と言った。ひろみは、敦が制服に着替えるかどうか不安だったが、敦はすんなりと制服に着替えて、10時には行く準備ができた。


10時過ぎに、ひろみと敦は、家を出てバス停に行った。時刻表を確認した結果、10時30分のバスは、土日が運休であった。二人は、一瞬どうしようか、焦った。ひろみはタクシーに乗ったことがないので、タクシー会社の電話番号を知らなかった。大樹に電話を掛けるしかなかったが、大樹が試合中だったら電話取れないかもしれないとどうしよう…と緊張しながら、大樹に電話した。

2010年1月6日、野坂家の4人は、陽生学園第二高校のオープンスクールに参加しました。案内役として2年の高田と1年の森下が担当し、その学年で一番手こずった生徒が高校の悪口を話してくることに驚愕しました。更に、個人面談のときに担当になった川村から「案内役がその学年で一番手こずった子で、悪口を言っていたでしょう」と笑いながら言われ、敦に「この学校のいいこと、悪いことがわかったでしょう。それを考慮して来るかどうかを決めてね」と言われたことで、敦は安心感を得て、大樹とひろみはこの学校の奥深さに興味を示しました。


しかし、大樹は学費が高額であることで、敦は寮に入ることで踏ん切りがつかずにいました。そんな中、1月7日(日)、大樹の母から「このようなときこそ、貯金していたお金を使うべきだろう。生き金を使え」と背中を押され、敦を説得して、陽生学園第二高校へ進学するために受験することを決めました。


1月31日(日)、陽生学園第二高校の入試の日、敦とひろみがバス停に行くと、乗る予定のバスが土日運休であることに気づきました。


次章では、敦とひろみが無事に陽生学園第二高校の入試を受けることができるのか、それ以降はどのように変化するのかを描いていきます。

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