頬のあざと疲れた目、そして切り出される一言
まだ、懲りないのか……。
ボロボロになりながらも再度姿を現したグラフィットに哀れみに近い言葉を贈ったセバスであった。
「はぁ、はぁ、だ、大丈夫だ。いつもよりかなりマシだよ、あはは」
笑ってられる状況ではないと思うが、グラフィットはうわついた笑みを浮かべ、上座に座ろうとするが足元はおぼつかない。
「大丈夫か?」
「問題ない」
セバスはつい心から助けてやろうと言う気持ちになったが、当の本人グラフィットは意地になって差し伸べられた手を叩いた。
1人でできる!と子供のような事を吐き捨て椅子に座ろうとグラフィットは引いたはずの椅子に腰掛けるがそこに椅子はない。
「痛って⁉︎」
グラフィットが引いた椅子は右の椅子である。今座った椅子は左の椅子。グラフィットの尻の下には椅子などなかった。
「いって……誰だよ、こんなことしたの」
「お前だよ」
「ま、まさか幽……霊」
セバスの呆れたようなツッコミを無視して、グラフィットは犯人に目星を付けたがそれは大外れである。
この言い訳にはセバスも差し伸べる手は無かったようだ。思わず手のひらで目元を覆い、グラフィットの醜態を視界に入れないようにしていた。
「目を逸らすではない」
「目を逸らしたくなるような醜態を晒さないで頂きたい。仮にも、あんた国王だろ」
「あんたって何だ? 無礼だ! 衛兵! この者を即刻打首にせよ!」
扉の外にまで聞こえるように大きな声と、全身を使ったオーバーリアクションで外にいるはずの衛兵を呼ぶがその声に反応する衛兵はいない。
「ま、まさか……」
グラフィットの脳内には最悪の想像が思い浮かぶ。
「暗殺……」
「お前なんて殺す価値もないよ。だから安心しろ」
「せ、セバス、お前が……仕組んだのか?」
「人の話を聞け」
ひとり、演技に酔っているグラフィットに冷ややかな目線を送り、イラついている様子のセバスである。
「さて、話が逸れたな」
誰が逸らしたんだ。と言う言葉が唇まで出かかっだがこれ以上ストレスを溜めないためにどうにか喉の奥は押しやり、深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
「何の話だっけ」
「さっき宰相殿が来てーー」
「で、何の話だっけ?」
「だから宰相殿がーー」
「で、何の話?」
頑なにセバスにその先を言わせまいと口を挟むグラフィットである。その顔は何かに怯えているのか頬が引き攣っている。
険しい表情のグラフィットに何か思ったのかセバスはにっこりと笑う。
「さっきね、宰相殿が来て」
「やめろ」
「来てね」
「やめろ」
「俺たち泊まることになったわ」
「はあ?」
「だから今日は泊まり」
グラフィットは心から安堵した様子で椅子の背中に全体重を乗せた。
「よかった、また、あの部屋に連れていかれると思ったよ、あはは、はぁよかった」
『あの部屋』とはいったい何なのかと思ったがセバスは口を挟まなかった。
「っ! 貴方‼︎」
その直後女性の怒鳴り声と共にドアがおもっきり開け放たれた。逆光に目が慣れるとそこには絶世の美女と言っても過言ではないほどの美女が怒り心頭で、ズカズカと足音を鳴らしながら怒鳴り込んできた。
薄いゴールドの長髪を靡かせ、一目散にグラフィットの首を掴み上げ力尽くで椅子から引き摺り下ろした。その衝撃で椅子の脚は無惨にも折れる。
「座って」
「え、椅子……」
床に放り投げられる形となったグラフィットの目線が泳ぎ、その美女の顔を一切捉えない。それどころか、セバス達に助けてと言う視線を贈るが、セバス達は我関せずと言った構えでどしっりと座る。
「アラエル、目線を動かすな」
「わかりました」
とセバスは小声で指示した。
その声が聞こえたのか、その美女はセバスを見た。
「あらセバス久しぶりね」
「お久しぶりです。奥様」
「少し借りていくわ」
その美女はセバスにもの凄いいい笑顔を向けるとハイハイしながら逃げようとしているグラフィットの首を母猫が子猫を咥えて運ぶように、純白同等の細い腕で掴むと引きずるようにして外に運び、後ろで控えていた衛兵に引き渡した。
その直後、宰相がタイミングよく現れ、会議はお開きとなった。
「宰相殿、陛下はどちらへ」
「聞かない方が幸せだぞ。それでも聞きたいか?」
宰相は疲れたような表情で答えると、この後の諸々の調整に追われているのか足早にこの部屋を立ち去ろうとしたが、セバスに引き止められた。
「いえ、結構です。今日の続きは明日で宜しいですか」
「陛下が生きていれば問題ないでしょう」
宰相は去り際「これから奥様のお楽しみの時間ですよ。今日はトイレに行きたいと駄々をこねて逃げ出したようですね、」
と、誰もいない壁に向かってひとり呟いた。
「そうだ、お二人はもう少しお待ちください、もうすぐ、メイド長が部屋の案内にやって来ますので」
そして宰相はヨボヨボと歩いて行った。
これから、何を押し付けられることやら……ヨボヨボと廊下を歩く宰相に声をかける者は1人もいなかった。




