第三章:【夢】紅い羽
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甘い花の香りがした。
なんて…やさしい…。
あまりの優しさに鼻の奥がツンと痛んで泣きそうになるところをぐっとこらえた。
そっと目を開く。
薄桃色の小花がふわり、ふわりと風にゆれては甘い香りを漂わせている。
「ありがとう…」
キク=カはそっと花に微笑んで礼を述べた。
ゆっくりと立ち上がる。
ガラス色の透き通った空はどこまでも高く続き
水彩絵の具で描いたような白く淡い雲がうっすらと伸び、遠くの空まで広がっていた。
冷たくもおだやかな風が吹いていて
そこに立っているとまるで透き通った水の中を歩いているような感覚に陥る。
「今日もいい天気だなぁ…」
つぶやくようにして言葉を空に吐き出す。
「キク=カ様、そろそろ中へお戻りください。お体に障ります。」
後ろから側近、スズ=タケの声がしたがそれを無視し
ゆっくりと歩を進め花の中を歩いた。
地平線の向こうまで広がる花畑と、ところどころに木々の群れ。
風の音しか聞こえず静かでなんとも穏やかな世界が一面に広がっている。
出来るものならこの世界にずっと浸っていたい。
ずっと…。
ずっとだ。
「キク=カ様」
斜め後ろにスズ=タケがやってきて
そっと僕の手に自分の手を重ねる。
「あたたかいね。」
スズ=タケの手をそっと握った。
「キク=カ様が冷たすぎるのです。さぁ…こんなに冷えて…。またイネ=ノ様にしかられますよ。
お部屋へ戻りましょう」
その名前を出されては仕方がない。
イネ=ノというのは僕の主治医のことだ。
穏やかで優しいが少し心配性のような気がする。
ちょっとでも僕が無茶しようとするものなら今にも泣きそうな顔でそれを止めようとするのだ。
その顔をみるのが僕は何よりも一番辛かった。
ゆっくりときびすを返し背後にそびえ立つそれを眺める。
僕が住む城だ。
球体の箱、と皆は呼んでいる。
本当にその通り、
僕にとってここは”箱“だ。
僕を閉じ込めておくための…。
体調の良い時だけほんの少し、この庭に出ることが許されるがほとんどは
その箱の中で過ごしている。
広さは十分にあるがそれでも僕にとっては牢屋のようなものでしかない。
自由などというものは一切存在せず、
僕は生まれたときからずっとこの箱の中に閉じ込められて生きてきた。
僕が死ぬまでそれは終わらない。
そう…。僕が死ぬまで。
だがしかし、僕が死ぬ事は全ての終わりを意味していた。
だからイネ=ノはこんな体になってしまった僕を必死で救おうとしている。
楽になってしまいたい、
けれど…。
なんとも息苦しい生活がずっと続いている。
傍の木の枝に小鳥が止まった。
甲高い声で歌を歌っているようだ。
それを見て、突如胸が熱くなるのが分った。
何とか感情を押さえ込もうとするが…止まらない…。
頭の中で血が沸騰するようなざわめき感を覚えた。
だめだ……止まらない…
止まらない…
止まらない!!
足元に落ちていた小石を拾うと鳥めがけて思い切り投げつける。
次の瞬間短い悲鳴をあげて小鳥は木からポトリと音を立てて落下した。
ゆっくりと、もてあそぶような歩調で小鳥の所へ歩み寄るとそれを手で拾う。
「キク=カ様!」
スズ=タケの叫び声ではっと我に返った。
掌の中が生暖かい。
何が起きたのか分らなかった。
ただ気がつくと
掌は鮮血にそまり
無数の赤い羽根がふわりふわりと地に舞い降りているところだった。
「キク=カ様、お気を確かに!!」
走ってきて僕の肩をつかむとスズ=タケは真っ直ぐな瞳で僕を見つめた。
「………これは…なに?」
自分でも何がなんだか訳が分からなかった。
ぼとりとその塊が音を立てて地に落ちる。
次の瞬間、僕は大声で悲鳴を上げていた。




