第二章:【現】ガラスの部屋
ー1-
帰りのホームルームが終わりそれぞれ挨拶しながら教室から散っていった。
慌てて振り返り射川に断ろうとしたのだが射川はすでに姿を消していた。
早っ!
やる気満々って感じだ。
って…やる気って何をだ!!
ああ…
なんか怖い…!!
「おい、何百面相してるんだ?」
野田が振り返りながら僕を見て言った。
「ああ、野田!!僕どうしよう!!
凄い悩み事があるんだけどどうしたらいいのか解らなくて!
あ、そうだ!!野田!お願いがあるんだけど!!」
「なに?」
「放課後射川に話があるって呼び出されてるんだ。
た…たぶん新生活で慣れない事があるから色々教えてって話だと思うんだけど
僕一人じゃなんだから野田にも一緒についてきてほしいんだけど…
どう?」
最後の一言を祈る気持をこめて野田に投げかけた。
「あ、悪い。おれ日誌書かなきゃだし」
う………。
「てかどこ行く気?別に教室で話せばいいじゃん?」
む。ごもっとも。
さらに不安が広がる。
僕が悩んでいる間にも教室から次々と生徒が姿を消していった。
しまった!
頼める人がみんな帰っちゃう!!
慌てて誰かに声をかけようとするが仲のいい人たちはみんな教室から
出て行った後だった。
「何やってるんだ?」
ロッカーをごそごそとあさりながら日向が僕をまるで不審者でも見るような
冷たい視線で僕を見た。
ああ…日向か…。
うー…。
でも他に頼める人が…。
「あ…あのさ、日向。僕と一緒に屋上来てくれない?」
「はぁ?!」
いきなり日向の顔がゆがむ。
「おえー!気もちわりぃ!!
なんだよ!!愛の告白ですか?!わりぃ!おれ、お前のことそんな風には見れないから!
きゃー!!」
ふざけながら腰をくねくねして見せる。
「ち…!違うよ!!そうじゃなくってさ!!
射川!今日転校してきた射川いるじゃん?
射川に呼び出されたんだけど…」
「はぁ?何?射川から愛の告白?」
ギャハハハハハ!と日向は大声で笑い転げる。
「事後報告待ってるぜ!」と言って肩をぽんと叩かれ
日向は背を向け教室を出ようとしたので慌てて呼び止める。
「そうじゃなくて!!!」
「んだよ!しつけーな。オレ部活あんだよ。てか
ボーイズラブなんて興味ねーから!宜しくやってろよ、ばーか!」
頭を軽くはたくと日向は大きなスポーツバックを肩に引っ掛けて教室を出て行ってしまった。
はぁ…。
思わずため息をつく。
「ふざけてないで話し聞いてやれば?なんか悩み事の相談とかじゃねーの?」
野田が日誌を書きながら言う。
「え?」
「何?日向みたいな思考回路しかないわけ?」
「や…そんなつもりじゃないけど…」
「じゃあ行ってやれよ。で、お前一人じゃ抱えきれないような話だったら俺に持ってくれば
そのときは協力してやっからさ」
「ああ…」
確かに野田の言うとおりだ。
僕一人何か勘違いして勝手に盛り上がって騒いでるだけじゃないか。
何やってるんだろ、僕。
本当に日向の言うとおり「バーカ」だ。
「だよね。
じゃ、ちょっと行ってくるわ」
そういいながら机に掛かったかばんを持ち上げて肩に引っ掛けた。
「野田、ありがと」
礼を言うと教室を出た。
-2-
満天星ホールは屋上にある。
部屋が六角形の形をしていて
壁、天井の屋根はガラスで出来ていて六角錐の屋根ガラスの向こうに空が浮かんでいた。
そう、ガラス張りの部屋だ。
部屋の中央に螺旋階段があり降りると今いる校舎とつながる。
ホールの隅っこにグランドピアノが一つ置いてあって
たまに合唱部や音楽系の部活動でよく使われている。
だが僕にとっては何の魅力もない部屋だ。
なんで射川はそこを選んだのだろう。
ゆっくり話しがしたいのなら他にもいくらだってあるだろう。
裏庭のベンチでもいいし食堂でお茶しながらだって…。
螺旋階段の上り口までやってくると
上のほうから微かにピアノの音色が聞こえてきた。
射川が弾いているのだろうか?
そういえば弦楽部でバイオリンを弾いていたと行っていた。
楽器演奏が好きなんだろう。
そうこうするうちにぐるぐると回りこみ螺旋階段の上までやってきて
思わず目を細める。
ガラス張りの屋根の向こうから午後の白い日差しがいっぱいに差し込み
10月だというのに部屋の中はかなり温かかった。
その部屋いっぱいにゆったりと穏やかなピアノの音色が響いている。
クラシック曲か何かだろうが僕はあまりそういうのには詳しくないので
何の曲なのかはわからない。
ピアノに向かって演奏している射川の姿を見つけた。
僕に気がつきつつも射川は演奏をやめようとしない。
仕方がないので僕は演奏する射川の後ろにそっと立って見せた。
真っ黒な鏡面塗装のピアノの譜面台に射川の穏やかな表情が映っている。
そして、その後ろで不安げな表情をして立つ僕の姿も…。
やがて射川のピアノ演奏が終わる。
ピアノのペダルで音が伸ばされやがて静かに消えると同時に
ホールの中がしんと静まり返り静寂に包まれた。
「綺麗な曲だね。」
すると射川はこちらを振り向いたがその顔が軽く僕を睨んだようにも一瞬見えた。
「そう…聞き覚えがあるかい?」
「え…いや…どうかな…」
「“水彩画の蝶々”」
「え?」
「この曲のタイトルさ」
「…ふーん…そうなんだ。タイトルも綺麗だね…で、…話ってなに?」
すると射川は何も言わずゆっくり立ち上がりガラスの壁の方まで一人歩いていった。
「あの…」
どうしたらいいのか分らずその場に立ち尽くしていると
ガラスの壁まで到着した射川はそこに手を突きながらこちらを振り返って見せた。
「もう一度あらためて自己紹介させてほしい。
僕は射川竹人。
君は…観月紫苑君、で良かったよね?」
「そうだけど…」
無理やり笑顔を作って見せるがそれが引きつっていることに自分でも
気づいていた。
「やっと会えたね。」
「は?」思わず聞き返す。
「まさかここで君と会えるとは思っていなかった。けれど
これも運命だと思う。」
射川が何を言っているのか正直全く理解できない。
「君は僕と出会って何も感じなかった?」
「え?」
さっきから間抜けな声しか発してないことに気がつきつつも
それ以上言葉が出ず黙り込む。
「僕は君と出会ったとき奇跡と悪夢が同時に始まったんだと思ったよ。」
「………ごめん…あの…射川が何を言っているのかよくわからないんだけど…」
「そうだね…。僕も回りくどいのはあまり好きじゃない。
単刀直入に聞くよ。
“キク=カ”。
この言葉に心当たりは?」
「え?キク科?」
キク科植物?
いきなり何を言いだすんだ?
花の話?
ああ…なるほど。
“紫苑”が花の名前だと知っていたくらいだ。
そうか…射川は花の話しがしたかったんだ。
「花が好きなの?」
小首を傾げてみせる。
「なるほど。そうだね。今ので解ったよ。君はまだ覚醒してないんだね。」
「覚醒?」
全く読めない。
「ちょうどいい。じき覚醒するだろうがそうなると厄介でね。
その前に封印しておいたほうがお互い幸せだと思う。」
「ちょ…ごめん。
何を言っているのか…」
僕がまだ言葉を言い終わらないうちに突然射川が僕を真っ直ぐ指差した、と
突然そこから強い光が発せられたように見えた。
次の瞬間、胸が針…いや、キリのような鋭いもので突き刺されたような
激しい痛みを覚える。
な…なんだこれ?!
胸を押さえるが苦しくて息が出来ない。
「うぐぅ…」
体が燃えるように熱くなるのが分った、と同時に
射川の姿がかすんでいく。
やがて視界が一面の闇に覆われた。




