第十五章:フルムーン
-1-
「話しって?」
日向がじろりと睨んだ。
「な…」
思わず言葉に詰まる。
胸が少し痛み出す。
まずい。
このままじゃ。
「なんで日向がこんなところにいるの?!」
ゆっくりと問いかけた。
「何でってお前が呼び出したんだろうが!野田はそう言ってたぞ」
「野田?!」
はっとする。
なんで野田の名前がここで出てくるんだ。
射川が呼んでると僕に言ったのも野田だ!
まさか!!
胸の痛みが増した。
やばい…。
これは…!!
「おい、大丈夫か?」
日向がこちらにかけよろうとした。
「来ないで!!」
思わず叫んだがとうとう立っていられなくなって
その場にしゃがみこんだ。
「なんだよ!また具合悪いんだろ?!」
僕の忠告を無視し日向は僕の目の前までやってくると
ゆっくりとしゃがんだ。
「保健室行ったほうがいいのか?」
「だ…め…はやく…にげ…」
右手が震えだす。
僕が動かしているわけじゃない。
なのに、
勝手に…
勝手に!!
右手はゆっくりとブレザーの内ポケットの中に滑り込んだ。
その中にある感触を受けてぞっとする。
これは!!
「ひゅう、が!!
にげ…て!!…早く!!」
「はぁ?何言ってんだ?お前?」
次の瞬間、
チャキッ!と音がしたと思うと
僕の胸ポケットから刃のでたカッターナイフがだされ
日向に切りかかっていた。
反射的に日向がしりもちをついたが…しかし…
日向の頬に赤い線が刻まれる。
「な…な…なんだよ!!」
思わず叫ぶ。
「紫苑…お前…」
-2-
桜の木が満開だった。
綺麗だなぁ…。
オリオンはゆっくりとその木を見上げた。
桜の花びらが美しく散っていく。
「ふん。花なんてくだらないって思ってたけどこれは綺麗だ。」
「オリオン」
「?」
名前を呼ばれて振り向いた瞬間に
それが振り落とされてきた。
大きな鎌だと気づいたときにはすでに遅かった。
桜が舞う。
桜の花びらが舞う。
なんて…
なんてきれいな…。
なんてきれいなんだろう。
「ねぇ…きれいだね。
この桜の花びら、真っ赤だよ。
真っ赤な花びら、綺麗だね。
なんて綺麗なんだろう。
桜吹雪のように散っていくよ。
この赤い花びらさぁ…」
-3-
「死ねーっ!!」
刃を真っ直ぐ日向に向け向かってくる。
体を転がし刃物から逃げると
紫苑の細い手を思い切り掴みこんだ。
「よせ!!お前自分が何してるか分かってるのか?!」
紫苑の華奢な腕とは思えないその力は
日向の手を振りほどいた瞬間、また刃物が
体のどこかを切りつけた。
気がつくとスーツに真っ直ぐと鋭い切れ込みが入っている。
体が動かなかった。
こいつ…
紫苑じゃない!!
こいつは…
こいつは!!
紫苑が日向めがけてカッターナイフを振り上げた瞬間、
「動くな!!」
ホールにその声が響いた。
その声主のほうに瞳を動かす。
「スコーピオン、少しでも動いてみろ。
この弓矢で今度こそお前を封じ込む!!」
射川だった。
射川が
弓矢を構える格好をしながらこちらを向いて立っていた。
弓矢自体は見当たらないがその代わりに
弓矢があると思われる場所が光り輝いた。
光りの弓矢だ。
紫苑のものとは思えない低い声でいう。
「やりたきゃやればいい。だがこの小僧もただでは済まされないぞ。」
「もうよせ。君はオリオンを仕留めたじゃないか。
目の前にいるその子は関係ない。
その刃をどけてくれ!でないと…
僕はまた君を射る羽目になる。
同じことの繰り返しじゃないか!」
「同じじゃないさ。
俺には味方がいるんでな」
イネ=ノはさらに弓を引いて
蠍の心臓に狙いを定めようとした時だった。
首に鋭くつめたい感覚を受けはっとする。
刃物を首に当てられているようだ。
振り向かないままそっと言う。
「…野田君…」
「やぁ、イネ=ノ殿。お久しぶりですね。
まさかまたこんなところで会えるとは思っていませんでしたよ」
「君も目覚めていたのか…」
「ええ…とっくにね。」
ニコリと微笑んだがその笑顔をイネ=ノは確認することができない。
「お…お前ら」
日向の震えた声がいう。
突然紫苑の持っていたカッターナイフが弾かれた。
カッターナイフと一緒にバスケットボールが転がる。
「ぐぁっ!!」
野田の悲鳴だ。
見ると
見知らぬ男子生徒が野田の腕を取って背中に回していたところだった。
イネ=ノが叫ぶ
「アキレス!!」
「お待たせしました、イネ=ノ様。
今回はお役にたてそうですね。」
そう言ってウィンクしてみせた。
「オリオン、お前を殺すのが私の使命。
そうだ…こんな茶地な道具で殺されたのではお前も浮かばれないだろう。
お前にふさわしいものはやはりこうでなけれえばな。」
次の瞬間、
紫苑の手の中に光る棒のようなものがあらわれた。
さらに光りは伸び、
やがて巨大な鎌となり神々しく輝きを放つ。
「やっぱりお前を殺すにはこうでなくっちゃなぁ。」
「や…やめろ!!紫苑!!」
鎌を射川たちのほうに向け
思い切り空を切った。
突風が生まれ3人を部屋の隅へと弾き飛ばした。
壁に激しくぶつかりガラスの壁にヒビが入る。
「これで邪魔者は消えた。」
紫苑の冷たい瞳が日向を捉えた。
「ほ…本当にこれでいいのかよ、紫苑…」
「後悔なんてないさ」
そう言って鎌を思い切り振り上げた
「そうじゃない!俺は紫苑に言ってるんだ!!
紫苑!!
聞こえてるなら返事しろ!!」
鎌を振り下ろそうとしたつぎの瞬間、
ぴたりとその手が止まる。
「くっ…小僧が…
無駄な抵抗はよせ…。
これ以上抵抗するとお前の心臓は破裂するぞ」
紫苑の体は異常なほどの汗に包まれていた。
「くぅっ…」
紫苑の体の中で蠍と紫苑が鎌を取り合っていた。
「日向は殺させない!!その鎌を捨てるんだ!!」
「放せっ!!これはもともと俺の体だ!!」
「何言ってるんだ!!
これは!!
この体は!!
この魂はっ!
僕のもんだーっ!!」
紫苑が蠍の魂を思い切り弾き飛ばしたその瞬間、
体の外にもう一人の紫苑が現れた。
しかし、
その姿は半透明に透けていて、
胸に弓矢が刺さり
背中まで貫通していた。
イネ=ノが放ったという封印の弓矢がこれなのだろう。
かなり弱りきった様子で床に倒れこんだまま息を切らせ、
紫苑の顔を見上げている。
その顔の目の前に鎌が向けられた。
「この体も魂も僕のもんだ!」
息を切らせながらもう一人の自分を見下ろした。
「くっ…」
乱れた呼吸をなんとかして落ち着かせ息を飲んだ。
ゆっくりと小さなため息をつく。
「やっと会えたね…。
君が僕の中で暴れてたんだ…。
でも、もうそうはさせない。
大切な友達を殺したいなんて僕は一瞬たりとも思ったことなんてない。
それに、日向はオリオンじゃない。
君の役目はもっと他にあるんじゃないの?」
「…ふ…お前のようなガキに説教されるとは俺も落ちぶれたものだ…。
言っておくが俺はお前の代わりを務めてやったまでだ。
これはアポロン様よりの命令。
俺がやらなくても他の誰かがオリオンの命を狙うだろうよ。」
「え…?」
紫苑の体から飛び出した蠍をイネ=ノが弓で狙った。
「待って!イネ=ノ。」
紫苑の言葉にイネ=ノは慌てて弓を構える力を弱めた。
「確かにこの体は僕、観月紫苑のものだけれど…
この蠍は…僕自身でもあるんだと思う。
だから殺さないで。」
「…紫苑君、何を言ってるんだ。
そいつは日向君や君をも殺そうとしたんだよ?
…それに…魂を入れる器を失ったんだ…
今は月の力でなんとか姿をとどめていられるけれど
月が沈めばその体は自然消滅するんだ…」
「え?」
イネ=ノの言葉に驚き思わずもう一人の自分を真っ直ぐに見下ろした。
消える?
消えてしまうの?
「ふん…」
蠍が笑いながらため息を漏らした。
「最後の最後まで俺は悪役のままか…。
なんのために生まれてきたんだろうな…」
思わずその言葉に胸が痛む。
「そんな…悲しいこと…」
でも確かに、彼の言うとおり…。
彼は人を殺めるために生まれ、そして自ら消滅しようとしている。
なんて悲しい人生なのだろうか…。
息を飲み込む。
「あのさ…
もう一度やり直せばいいんじゃない?」
その言葉に蠍は目を丸くして顔を上げて見せた。
「そうだよ…。
まだ終わってないよ!
もう一度やり直そうよ!!
ねぇ、蠍…。
本当は寂しかったんじゃないの?
そうなんでしょ?」
「はん、何を言ってるんだ…」
「もう、いいじゃない。
僕は君を殺さず、僕の中に取り込もうと思う。」
「…な!」
思わずイネ=ノが声を上げる。
「紫苑君、君は何を言っているか分ってるのか?!
それじゃあ今までと何も変わらないじゃないか!!」
「違うよ。
そんな事ない。
ね?
自分の人生を後悔してるんでしょ?
だからやり直すんだ。
僕と一緒に!」
倒れこんだ蠍を抱き起こし
そっと抱きしめて見せた。
「それに君は僕自身でもあるんだもん。
ね?」
何故だろう。
頬を涙が伝う。
何故なのかは分らない。
けれど、
涙がとまらなかった。
俺は…
俺はずっと
ずっと
ずっと孤独だった。
人を殺めるために俺は生まれてきた。
まず生まれた瞬間に両親を殺した。
すると周りは俺を神として崇め始めた。
人を殺すことに快感を覚えた。
しかし…
それを止めたのはキク=カだった。
俺の中にもう一つ、魂が宿っていたのだ。
キク=カは俺の力を制するために自分の身を盾にした。
だから
キク=カの体は成長していくと同時に
日に日に滅びの道を歩んでいた。
俺を止めるために。
だが俺はその意思に背き最愛の友人を殺した。
やっと念願の殺しができたというのに、
俺は何一つ救われなかった。
そう、何一つ。
キク=カの魂は消滅し、俺は体を手に入れることができた。
だがしかし、
キク=カを失うことによって
俺は完全なる孤独に陥っていた。
一人だった。
生まれたときも
死ぬときも…
ずっと
ずっと、
ずっと一人だった。
そんな俺を受け入れるだと?
目を開くと両手を思い切り広げて微笑む少年がいた。
「おいでよ」
その言葉が温かすぎて目にしみた。
涙がとまらない。
俺は誰かにこうして受け入れられたことがあっただろうか?
あっただろうか?
いや…
あったじゃないか。
今がそうだ。
ゆっくりと
紫苑の胸の中に顔をうずめた。
あたたかい。
ほっとする。
心が、
心が…
静かに安らぐ。
心が、あたたかい。
やっと…
俺は
求めていた場所にたどり着いたのかもしれない。
ずっと待ち続けていた人物…キク=カ…。
そう…ずっと俺が求め続けていたのは…
己自身の優しさの中だった。
-4-
ホールのガラスを突き破ってまばゆい光が輝きを放った。
光りの中で蠍を受け入れた紫苑の指にはまっていた指輪が強い輝きを持って光りだす。
ずっと半透明だった指輪が蠍を受け入れることによって
光りを増し、
やっと真っ直ぐ透き通った本来の形を得る。
金色に輝く鎌の付け根には蠍座の守護石が輝き、
夢の中でキク=カがまとっていた式服を、紫苑はまとっていた。
からし色の水干のような着物にセーラーカラーのような襟がつき、
蘇芳色の括り袴だ。
イネ=ノが言った。
「キク=カが…蠍座守護神が目覚めた」
神々しい光りの中に紫苑は佇んでいた。
その人物の前にすっと立ち日向はニコリと微笑んだ。
「やっと会えたな、キク=カ。」
真っ直ぐに紫苑の瞳を見つめた。
「え?」
紫苑が聞き返す。
「お前って本当に鈍いのな。
俺はずっと小さい頃からお前の存在知ってたぜ。」
「どう…言うこと?」
「さぁね。この学校の初等部に入った頃からずっとお前の夢を見てた。
キク=カとか言う名前でお前がいつも夢に出てきてたよ。
で、俺はオリオンとか呼ばれてさ。
お前に殺された夢もみてた。
だからさ…中等部でお前と初めて会ったときなんとなくそんな気がしてたんだけどな…
それにまさかイネ=ノまで出てくるとは思わなかったぜ?」
そういいながらイネ=ノの方を振り向いた。
「日向君。君もすでに覚醒していたんだね。」
イネ=ノが言う。
「“覚醒”って言葉が正しいかどうかはよくわからないけどね。
記憶はあるよ。
ただ…野田もそうだったみたいだな…。
イネ=ノさ…、野田の記憶消せない?
でないとこいつ、根が真面目だから凄い傷つくと思うんだよね。」
気を失って倒れた野田をそっと見下ろしながら日向は言った。
「残念ながら僕に人の記憶の操作はできないんだ…でも、
野田君ならきっと大丈夫だよ。
スズ=タケの本来の使命は蠍ではなくキク=カを守ることなんだ。
蠍はもう紫苑君に吸収されてしまったから、
あとは紫苑君を守るより他ないだろ?」
その言葉に紫苑もほっとため息をつく。
「良かった…。それに野田もそんなに弱い奴じゃないから
心配しなくて大丈夫だよ、日向。」
イネ=ノがジャケットを脱ぐとそっと野田の体にかけた。
「じきに気が付くよ」
そう言ってイネ=ノは細く微笑んだ。
それに答えるようにニコリと微笑んだ後
隣に立つ人物を見た。
「あなたとお会いするのは本当に久しぶりですね」
「そうだね。と言うかそもそもあまり顔を合わせる機会もなかったしね。
今の名前は入間光。こういう形で再開できるとは思わなかったけど
嬉しいよ。」
「僕もです。」
そういいながらゆっくりとガラスの向こう側の空を仰いだ。
「不思議だね…。
僕ら、二度とこうして集まる事はないと思ってたのに…。
これは奇跡なのかな…。」
そういいながら皆の顔をゆっくりと見回した。
「悪夢じゃねーの?」
日向が悪戯っぽく笑いながら言った。
-5-
満月の光りが差し込むガラスの部屋の中、
誰かに名前を呼ばれたような気がして野田優一はそっと眼を覚ました。
「ああ…野田、気が付いた?!」
紫苑が顔を覗き込みながらニコリと微笑んだ。
「……し…おん…?」
ゆっくりと体を起こす。
「俺…どうしたんだっけ…」
なんとなく頭が鈍く痛い。
「終わったよ。」
「…え?」
「もう終わったんだ。」
両頬を紫苑の手が包み込んだ。
あたたかい…。
「ごめんね、野田。色々と巻き込んじゃって。
でも、もう大丈夫だよ。
僕ね、蠍と仲直りしたんだ。
だから…もう心配しないで…」
「…あ………、
………俺……。」
思わず眼が潤む。
「俺…、なんて事を…」
「もういいんだよ。
終わったことなんだからさ。
皆無事だよ。」
その言葉に顔を上げゆっくりと
周りを見渡す。
ガラス張りの部屋…ここは、満天星ホール…。
紫苑以外に姿は見えない。
夜の暗闇の中を月明かりがそっと優しく包み込んでいるが…
さきほどまでここでは…。
息を飲む。
「野田がスズ=タケでよかった。」
「え?」
「僕ら、これからも友達だよね。」
紫苑がとびきりの笑顔を作って瞳を見つめた。
涙がポロリと瞳から零れ落ちる。
「…ありがとう…、紫苑…」
-6-
野田と学園の正門前で別れた後
バス停には行かずそのまま後ろを振り返った。
真っ直ぐに伸びる並木道の横から
イネ=ノたちが姿を見せた。
「これで良いんだよね」
「ああ…野田君も明日にはまたいつもどおりに接してくれるはずさ。
じゃあ、僕らも帰ろうか。」
イネ=ノのその言葉を合図にみなが正門前で散った。
日向は野田と同じく金倉駅方面、
射川と入間先輩は再度並木道を戻り北金倉駅方面へと向かった。
皆の背中を見送り僕はまた大きくため息をついた。
これで、
これでなにか一つが終わった…
いや、
これが始まりになるのかな?
ゆっくりと胸に手を当てる。
もちろん蠍からの返事はない。
けれど後悔なんてしてなかった。
むしろ、嬉しくて仕方がない。
何がと聞かれて今すぐ具体的にはっきりとは
答えられないけれど、
だけど確信はしている。
これで良かったのだ、と。
さて、バスに乗って帰ろうかとしたところで
それに気が付く。
野田にかけてあった射川のブレザーを僕が持ったままだったのだ。
あ!返さなくちゃ!!
慌てて正門をくぐり並木道をそって二人を追いかけた。




