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第十二章:【現】ティータイム

-1-


日曜日の朝。

空は快晴。


真っ青に澄み切った気持ちの良い青空だというのに

僕の心はどんよりと沈みきっていた。


また変な夢を見た。


この夢…。


射川が変なことを言ったからそれが影響しているのだろうか…。


とにかくこの“キク=カ”が出てくる夢を僕は眠るたびに毎回見続けている。


そしてその夢のストーリーは真っ直ぐで繋がりがある。


今まで見ていた脈略のない映像をつぎはぎのようにつけた夢とは全く異なっていた。



「散歩でも行って来たら?」

「え?」

「さっきからずっとため息ばかりじゃない。

何か悩み事でもあるの?」

朝食後。

つまらないテレビのチャンネルをあちこち変えては

何度もため息をついていた僕を心配して母が訪ねた。


「うん…ちょっとね…。」

イチゴジャムの乗ったクッキーを一口でぱくりと口の中に放り込んだ。


イチゴジャムの甘酸っぱい香りが口の中いっぱいに広がる。


ふぅ…。

甘いものって本当に癒されるなぁ…。


砂糖の入ったホットレモンティーを一口啜る。


そうだなぁ…。

なんだか最近疲れることばかり続いたような気がする。


散歩も悪くないかもしれない。


「なんだ紫苑、だったら父さんと一緒にドライブでも行くか?」

そういいながら父親がハンドルをまわす真似をしてみせた。


「え~…いいよ。なんとなく今日は歩きたい気分。

駅の本屋にでも行って来る。」


「…最近全然付き合ってくれないからつまらないなぁ」

父は高校教師だ。

私立なので僕と同じく土曜日は仕事でいない。

部活を受け持っているわけではないので日曜日は休みだが

ドライブが趣味なので僕がもう少し小さい頃はよく車を出して家族3人で

毎週のようにドライブに出かけていた。


「散歩行ってらっしゃい、少し運動したほうがいいわよ。

病院で先生もおっしゃってたでしょ?気分転換も大切だって。お小遣いあげるから

少し気分転換してらっしゃい。」


「わーい♪」

お小遣いのキーワード一つで突如どんより日曜日から

ご機嫌日曜日に色が鮮やかに変わるのが分った。


-2-


昼食を食べ少し体を休めた後僕は駅前へとやってきた。


日曜日の金倉。


相変わらず観光客でどの店もにぎわっていた。


本屋、得にガイドブックコーナーで観光客が情報を得ようとガイド本や地図を立ち読みしている。


そんな様子をちら見しながら小説コーナーへとやってきた。


図書室で読んだシリーズがないか探す。


あったあった♪

これこれ。


やっぱりファンタジー小説って夢があっていいよね。

読んだ後の後味が最高に甘酸っぱくて気持ちよかった。


僕はいつも一人の作家のものを片っ端から読むのだが

今回も当たりだった。


星野恵夢ほしの めぐむという女性作家で、大分前から活躍しているらしい。

なので古いシリーズは本屋に売ってないこともある。

だから図書室で一番最初のシリーズ本を見つけたときはとても嬉しかったのだ。

その次のシリーズ本がこの本屋に売っていたこともすでにチェック済み。

逆に図書室になかったのはちょっと残念だった。


それを手に取る。


ああ…なんて幸せな日曜日なんだろう。


今週は宿題も控えめだからゆっくり読めるぞ。

そうだ…大好きな鳩サブレーをお土産に買って帰ろうかな。


鳩サブレーとは鳩の形をしたサブレーで金倉の銘菓であまりにも有名なため

空港のお土産屋さんにも売っているくらいだ。


とにかくこれは凄くおいしい。

牛乳との愛称が抜群でこれを食べるときはいつもホットミルクを入れることにしている。


鳩サブレーが売っているお店でサブレーが5枚入っているかわいらしいバックを購入した。


ああ、幸せすぎる。


鳩サブレーとホットミルクをつまみにこの小説をコタツでぬくぬくしながら読む。

これ以上の至福な時間があるだろうか?


あまりにも嬉しすぎて今日は駅前から自宅までバスではなく徒歩で帰ることにした。


バスで10分くらいだが歩いても25分くらいで行ける距離だ。


観光客にまぎれながらその道をたどった。


11月に傾き始めた季節だというのに

空はガラスのように真っ直ぐと透き通っていて

本当に気持ちがよい。

日の光もぽかぽかと暖かく絶好の散歩日和だ。


と、

メイン道路から自宅へ通じるわき道へ入ろうとしてそれに気がついた。


観光客にまぎれながら歩いている外人の一人に目が留まったのだ。


あの人は!!


思わず足を止めると後ろから歩いてきた別の観光客とぶつかりそうになって

道の脇にそれながらもその人物を目で追った。


間違いない。


長身で金髪の眼鏡。


あの夜僕を車に乗せたあの外人じゃないか!!


そう…射川が言っていた“仲間”の一人。


その仲間の一人が…

片手に近所のスーパーの袋をもち、そこからねぎが飛び出し、

もう片方にはティッシュボックスー5パック入りの袋を持ち、

なんとも生活感一杯の香りを漂わせながら一人歩いていたのだ。


なんだ…今日は車じゃないんだ。

それに…食料品と生活用品を持ってるって事はこの近くに住んでる?


気がつくと僕はその外人の十数メートル距離を保ちながら後を追っていた。


なんでこんな事をしたのか自分でもよくわからない。

だが、下手すると彼は薬の売人なのかもしれないのだ。


アジトを突き止めておいたほうがあとあと色々と都合がいいかもしれない。


ゆっくりと彼に気取られないように慎重に後をつけた。


それにしてもあまりにも庶民的な格好すぎて

気が抜けそうになる。

どう見ても薬の売人には見えない。

近所に住むごく普通の外人だ。


やがてわき道へと入っていった。

慌てて、だが見つからないよう慎重に後を追う。


曲がったのは僕の最寄り駅のバス停よりも1つ進んだところだった。

昨日野田が話していた報妙寺が道路の反対側にある。

そして外人が進んでいったほうにはまた別の浄国寺という竹で有名な寺があるのだ。


この辺の土地勘ならある。


一体どこへ行こうというのだろう。

たしかこの先は行き止まりのはず…。


するとやがて大きな洋館が見えてきた。

外人はスーパーの袋とティシュペーパーの箱を抱えその敷地内へと入っていった。


僕はその建物の前で足を止めた。


その建物は大きな門の奥に静かに佇んでいた。

明治時代の洋館を思わせるような、どこか懐かしくレトロな雰囲気を漂わせている。


表札に『羽鳥』という文字を見つける。


羽鳥…。


あ!そうだ…思い出した!!


あの夜自己紹介されたのを思い出す。

確か“羽鳥 翼”とか名乗ってたんだ。

日本名で珍しいなって思ったんだよなぁ…そうだそうだ。羽鳥翼だ。


で、ここがその羽鳥翼のアジト?なんだろうか…。


考えてみると僕の家からかなり近い。


バス停一つ分の距離しかなく、歩いて10分掛からないだろう。

こんなに近かったんだ。


あ、もしかすると僕の家を知っていたのは偶然だったのかもしれない。

最初は射川がなんとかして僕の家を調べ上げたのかと思ったが

羽鳥翼とこんなに近所なんだ、

僕がバス停に立っているのを何度も見かけているかもしれないし

場合によっては僕が家から出てくる所だって羽鳥翼が見ていたのかもしれない。

だからあの夜僕の家の前に車でやってくることができたんだ。


なんだ…。


謎が一つ解けて思わずほっとため息をついた。


だよな…。


ちょっと安心した。


射川がストーキングでもしたのかと思って一瞬焦っちゃったけど

なんだ、そんな心配なかったんだ。

これは偶然、たまたまなんだ。


なぁ~んだ。


ほっとした所で家の周りを道路からたどってみる。

装飾の施された柵が続き

柵の向こう側には庭があるようだが柵に沿って並ぶ植木が邪魔して

中をうかがい知ることはできないがかなり広いことだけはわかる。


木々の間から建物の屋根が見えた。


本当に大きな家だなぁ…。

おぼっちゃんなんだ、羽鳥って人。


それにしてもなんで日本名なんだろう?

まぁ…それは色々と事情があるのかもしれないけれど

そこは僕が探るべきことじゃない。


一つ大きくため息をついた。


なんだか全然問題なさそうだな…。


帰ろう。


もう一度小さくため息をつくとぐるりときびすを返し後ろを振り返ったときだった。



「あれ?!」


突然声がした。


その声の主を見つけて僕は思わず目を見開いた。


「射川?!…」


「紫苑君…こんなところで何してるの?」


僕がここにいるなんて夢にも思わなかったといわんばかり射川は目を丸くして見せた。


「あ…ちょっと散歩…」

といってもこの場所にいる時点ですでに不自然すぎるかもしれないが

なんとか無理やり笑顔を作ってみせる。


「…散歩…。ああ…確かこの近所に住んでたんだよね」


そういいながら射川は目をくるくる動かしながら口の中で何かぶつぶつと唱えている。


「そう。散歩だよ。ほら、そこに竹寺で有名な浄国寺とかあるし…

射川も散歩?」

なんとかごまかそうとする。


「ねぇ、この後時間ある?」

射川がニコリと微笑んだ。

「え?」

「この前紹介した羽鳥翼って覚えてる?彼の家ここなんだよ」

そういいながら目の前の洋館を指差して見せた。


心の中で知ってるよといいながらも

「へぇ~、それは凄い偶然だね」なんて引きつった笑顔を作ってみせる。


とにかくこの状況は危険だ。

早く逃げなければ!と頭のなかで黄色信号が点滅している。


「あっ、…やぁ!」

洋館の中から声がした。


羽鳥翼が玄関から出てきたのだ。

手には車のキーを持っている。


僕を見るなり眼鏡のブリッジを指で上げながらおや?と小首をかしげてみせた。


「あれ…君は確か…あのときの…紫苑君…だったかな?」

「あ…その節はどうも…」

なんで拉致った相手にこんな挨拶しなければいけないのか自分でも妙な違和感を感じながら

とりあえず頭を軽く下げて見せた。


「今ちょうど紫苑君とばったりあったところなんですよ」

「そう、それはちょうどいい。パウンドケーキを焼いた所なんだよ。

良かったら食べていって」

そういいながら車のロックをはずすとドアを開け

車の中に上半身をいれごそごそと何かを取り出している。


「じゃ、行こうか」

そう言って射川が僕の肩を軽くぽんと叩いた。


「あれ?それどうしたの?」

僕が鳩サブレーのバックを持っているのをみて指差す。


「あ…これ好きで…せっかくだからみんなで食べようか。」

ちょうどいい手土産が出来たと思いつつも

なんでこんな展開になってしまうんだ、と内心頭の中では大パニックだった。


今ならまだダッシュして逃げれるぞ!と脳内ではまだまだ抗いを続けている。


と、

翼が車からたくさんの本を引っ張り出したとき反動で何冊かが

地面に落ちた。


慌てて僕と射川は駆け寄るとそれを拾った。


洋書?

タイトルが英語で書かれている。

単語が難しくて読めない。

何の本なんだろう。


もう一冊は…「グリーン関数?」

聞いたことのない単語だ。

思わず口にだして読んでいた。


「ああ…ごめん。有難う。大学の図書館で借りてきたんだけど

重すぎて運びきれないから車を使ったんだ。」

そういいながら重そうに本を抱えなおす。

僕が持ちますよ、と言って拾った本と羽鳥翼が抱えてる本の数冊を分けてもらう。



「何の勉強をされているんですか?」

「物理だよ」

即答される。


「物理…。なんだか難しそうですね」

理系なんだ。


「分らないと難しいけど理解するとこれほどすっきりとしていて楽しいものはないよ」

そういいながら羽鳥翼は上品にニコリと微笑んで見せた。


「はぁ…」

見ると羽鳥翼のズボンのポケットから銀色の鎖が見えた。


あれ?

もしかして…あれって…。


そうだ…なんかの洋画で見たことがある。


懐中時計のチェーン?

だとしたら…。


なんかレトロだなぁ…。

そう思いながら本を玄関の脇に積んで置いた。


「ふぅ。有難う。助かったよ。さ、上がって。」

そういいながらスリッパを出された。



どうしよう…。

ここで帰ったほうがいいんじゃないだろうか…。


心臓がどきどきと音を立てているのが耳の奥で聞こえてきた。


「お邪魔します」

慣れた様にして射川が先に上がる。


後ろで玄関のドアが閉まった。

すでに家の中に入ってしまっている事実は免れないが

まだ靴を脱いでない。

まだ、

いまなら間に合う!!


にげなくちゃ…


今度こそ何をされるか分ったもんじゃない!


と、階段のほうからぱたぱたと

小さな足音が近づいてきて

それがひょっこりと顔を出した。


「おや?」

射川がにっこり微笑んだ。


羽鳥翼の後ろからちょっと恥ずかしそうにこちらを伺う小さな女の子を見つけた。


射川や僕の顔をじっと見つめている。


腰まで届きそうな真っ直ぐな長い髪に真っ白なりぼんの髪飾りが印象的で

きらきらと輝くガラス玉のような瞳がまた愛らしい。


「こんにちは」

僕はニコリと微笑んで挨拶した。


するとちょっと恥ずかしげにもじもじとして見せるも

小さな声で「こんにちは」と挨拶を返してくれた。


かわいいなぁ。

お人形さんみたいだ。


年齢は…4,5歳くらいだろうか。


ちょうど親戚と同じぐらいだ。


じっと僕の事を見続けているので

僕はひざを折ると彼女の目線に自分の目の高さを合わせて言った。


「はじめまして。僕、観月紫苑。紫苑って呼んでくれていいよ。

ね、お名前教えてよ」


すると数秒の間があった後小さな声で「…ことちゃん」と自分の事を

ちゃんづけで自己紹介してみせた。


「“ことちゃん”かぁ。かわいい名前だね。今何歳?」

すると“ことちゃん”は困った表情を作って翼の後ろに隠れてしまった。


「あはは…ごめんごめん。凄く恥ずかしがりやで。

さ…琴ちゃんも一緒にパウンドケーキたべようか。

紫苑君もどうぞ?」

そういわれて

仕方がなく靴を脱ぐと用意されたスリッパを履いた。



……とうとう家の中に入ってしまった…。


けれどあんな小さな女の子の前で何か起こるって事も考えにくいよね…。

と自分をなんとかして納得させてみせる。



-3-


通された部屋に入って僕は驚いた。

調度品一つ一つがアンティークで横浜の洋館を思わせるようなインテリアがずらりと

置いてあったのだ。


控えめなシャンデリアに赤茶色のグランドピアノ、応接セットの装飾や暖炉…。


どれ一つとってもおしゃれでまるで明治時代のドラマのセットにでも使われていそうな

雰囲気がただよっていた。


すごい…。

こんな家に住んでいる人がいるんだ…。


思わずため息を漏らす。


射川がソファに腰かけたので僕もその隣にそっと腰を下ろした。


「紅茶でよかったかな?」

羽鳥翼が入り口の向こうから顔をひょっこり出して見せた。

「あ…おかまいなく」

僕は遠慮深げに言うとなんとなく下をうつむいた。


目の前のテーブルには品のいい小さな水差しが置いてあって

かわいいサフィニアの花が咲いていた。


「まさか君とこんなところで会えるとは思わなかったよ」

射川がにこにこと微笑みながら言う。


僕だって…。


皮肉をこめて心の中で返事する。


少しすると羽鳥翼がパウンドケーキと紅茶のティーセットをトレーに乗せてやってきた。


「ちょうど良かったよ。紫苑君とゆっくり話しがしたいと思っていたんだ。」

そういいながらどうぞ、と言うとティーカップを僕の目の前において見せた。


甘く上品な香りがティーカップから漂ってくる。

琥珀色に輝く紅茶がきらきらと光って美しい。



射川がいただきますといってティーカップを口に運んだので

僕も真似して礼を言うと紅茶を一口啜った。


砂糖が入ってないので当然甘くはないのだが…

なんだろう…茶葉の香りがほんのりと甘くまろやかで飲みやすい。


「あ!そうだ!!あの…これ良かったら…」

そういいながら鳩サブレーのバックを手に取った。


「え?いいの?」

「折角だしみんなで一緒に食べたほうがおいしいから…」


「ああ…有難う。じゃあ…」

そう言って羽鳥翼はバックを手に取ると早速中身を開けて小袋を

お菓子皿の上に並べて見せた。


「これおいしいよね。僕も大好きだよ」

「ですよね!」

思わず嬉しくなって声が弾む。


「これはなんだい?鳥の形をしてるね」

そんな中射川だけが一人さめていた。


「ええ!?…射川、鳩サブレーしらないの?

もしかしてどこか遠くに住んでた?」

「……うん…まぁ…そうだね」

そういいながらお菓子の包装紙を手にとって隅々と眺めている。


鳩サブレーって全国的に有名だと思うけどなぁ…。

少なくとも神名川県民なら誰もが知っている金倉銘菓だ。


ふと気がつくと羽鳥翼が廊下の向こうで話す声が聞こえた。

「じゃ…お兄ちゃんたちとお話があるから琴ちゃんは上で

カケル君とおやつ食べててね。うん。すぐ終わるよ。じゃあ、後は宜しく」


僕たちのほかにもこの家の中に“カケル”という人物がいるらしい。


少しして羽鳥翼が室内に入ってきた。


穏やかに微笑みながら僕らとは向かいのソファーにゆっくりと腰を下ろした。


「久しぶりだなぁ…頂きます。」

そういいながら鳩サブレーを包装袋から取り出し口にした。


「やっぱり鳩サブレーはおいしいな。紅茶ともよく合うよ」

「有名なんですか?」

射川が小首をかしげた。

「金倉を代表するお菓子でお土産の定番なんだよ。

鶴岡八幡宮って大きな神社があるでしょ。

あそこにいるたくさんの鳩がおそらくモチーフなんじゃないかな?」


「そうだったんですか…。うん。程よく甘くておいしいですね」

射川も一口かじりにこりと微笑んだ。


「本当に知らないんだ。

射川ってここに来る前はどこに住んでたの?」


すると射川は僕の目を真っ直ぐ見つめたまま何も言わない。

ああ…

この、人の目をじっと見る癖…なんか苦手だなぁ…。

思わず目を下に逸らす。


「言っただろ。

僕はこの世界の人間じゃないって。」


射川がゆっくりとした口調で言った。


思わず無意識にため息をついてしまった後に

はっとして射川の表情を見た。


すまなそうに射川はティーカップを口にして紅茶を一口啜ってみせる。

その射川の手には僕と同じように小石のついた指輪が光っていた。


しかし小石の色が違うことに気がつく。

僕のは…赤紫色なのに対して射川のほうはアメジストのような

濃い紫色に輝いていた。

シルバーのリングは同じようだが…。


紅茶をソーサーに置くとまた射川は僕の方を見たので

僕は顔をうつむかせて見せる。

一体なんなんだろう…。


やはり来るべきじゃなかっただろうか…。

少し後悔し始める。


「ねぇ、今日は逃げないでちゃんと話し聞いてくれるよね。」

「え?」

「いつも最後まで話し聞かないで逃げちゃうからさ…紫苑君…」


「……」


羽鳥翼も黙って紅茶を一口啜って見せた。


軽くため息をついて言った。

「正直わからないんだ…野田だって同じ意見だよ。

どうしたらいいのか分らない。

ただ…この体調が悪いのだけはどうにかしてほしいんだけど…。

あの…羽鳥さん…

もうこの際だから言いますけれど

一体貴方たちは僕に何をしたんですか?」


射川ではなく羽鳥翼と話したほうが言いかと思いそちらを向いて話しだした。


「射川と会ってから僕が体調を崩した理由をあなたもご存知なんですよね?

僕を車で運んだぐらいなんですから。

一体どういう事なんですか?」


「そうだね…僕から話したほうがいいのかな?イネ=ノ君。」

そこで羽鳥翼は初めて射川の事をイネ=ノと呼んで見せた。


「え…?」


その話し…やっぱりこの人も知ってるんだ…。

じゃあ…僕の隣にいるのは……?


なんだかよくわからない…。

一体どちらだというのだろう。はっきりしてほしい。


「紫苑君が思っている通りだよ。

君の隣にいるのは、君が夢でみた人物イネ=ノその人だよ。

もう一人、彼とそっくりな顔をした射川竹人という人物がいるんだが

彼はイネ=ノと入れ違いに今は別次元の世界にいるんだ。

そして、君はキク=カの記憶を持つ…。

この辺についてゆっくり話したいんだが…いいかな?」


僕は少しの間射川と羽鳥翼をゆっくりと交互に見比べたが

一度大きくため息をつくと「分りました」と頷いて見せた。


「ありがとう。

じゃあ…僕が話す前にまず教えてほしいんだけど、

紫苑君は夢でどこまで見たのかな?イネ=ノやオリオンが夢に出てきていると思うけど?」


驚いた。

まだ誰にも話していない夢の話し。


羽鳥翼の口から“オリオン”の名前が出てくるとは…。


気を取り直し軽く咳払いする。

「…はい。

まず…僕は蠍座守護神のキク=カと皆から呼ばれています。

体が弱いみたいでベッドの上にいる夢ばかりみますが何の病気なのかは…。


それと、夢には僕の知っている人ばかりが出ます。

僕のクラスメイトが二人も出ていますしそのうちの一人はオリオンと呼ばれていて

僕に何かとつっかかってくる性格は同じ顔をしたクラスメイトとそっくりです。


あと…僕の主治医として射川…イネ=ノが出ています。

それから最近月の女神アルテミスが出てきましたが…僕の知らない人です。

前回見た夢は、僕がイネ=ノや側近に内緒でオリオンと一緒にアルテミスに会いに行ったら

それがばれて怒られた…というものでした…。

僕が見たのはこのくらいです。」


「そう…。」

僕の話しを羽鳥翼と射川は黙って聞いていた。


「その通り…。

君は蠍座守護神キク=カの記憶を持っている。

だがそれが何を意味するのか今の段階では僕らには分らない。

前世の記憶なのか…

それとも別の次元に存在する同じ顔をした別人の記憶をシンクロしてしまっているのか…。

とにかく同じ顔をした別人格の、それも別世界に存在する人物がいるって事は違いない。

すくなくとも地球とはまた違った世界だったよね。


で、イネ=ノがこれからやろうとしている事を話したいんだけど…」

「あ…の…そこからは僕が話します。」

遠慮深げに射川は小さく手を上げて言った。


それに頷く羽鳥翼。


「じゃあ…」


そう言って少しだけ僕の方に体を向けて射川は軽く咳払いをして見せた。


「キク=カは蠍族の王で…本来は大蠍の姿をしているんだ。

もともとはかなり気が荒い生き物なんだけどキク=カはその中では特別大人しい…というか

かなり人間らしい性格でね…

色々なことに興味を持ったり、特に花が好きで色々とあつめては庭に咲かせていたよ。


それと…キク=カは守護神でありながら生まれつき体が弱く

重い病にかかっていたんだ。

それを治すために僕は君のところへ通い続けていた。

けれど…

オリオンと会ったあたりから病状は悪化していく。

最後にはキク=カは自分の人格を失い完全に大蠍そのものになっていた。

そこで……。」


射川の言葉が途切れた。


見るとなんともつらそうな顔をして射川が顔をうつむいている。

どうしたというんだろう。


“そこで”何があったんだ…?


何故だろう…。

なんとなく胸が痛む。


「そこで…キク=カはオリオンを…

殺してしまったんだ。」


「え?」

体が凍りつく。


なんだって?


「なんだって?」


すると射川はまた僕の目を真っ直ぐに見つめた。

「人格を失ったキク=カはオリオンを殺してしまった。

それをまた繰り返そうとしている。

僕はそれを阻止するために君の心臓に封印の矢を行った。」


「…繰り返すって?」


「君の中にも大蠍の記憶が流れ込んでいるんだ。

その証拠に君の指輪は半透明で透けている。

僕のようにはっきりと見えていないだろう。

それは…キク=カの力が完全に覚醒しきれていない事を示している。

つまり、半分は蠍にのっとられているって事さ。」


「ちょ…待って待って!

途中から分らなくなってきたよ。

キク=カの魂が僕に宿ってる?

どうしてそうなるの?

どうして僕に他人の魂が宿らなくちゃいけないの?

この指輪のせいだっていうの?

なんで僕なの?

日向や野田にはこんな記憶ないのに

なんで僕だけなの?」


「はっきりした事は分らない。

ただ……キク=カが12星座守護神だからじゃないかと僕は考える。

12星座は他の星座よりもより強い力を持っている。

それを紫苑君はなんらかの形で受けて継いでいる。


君が混乱するのは無理もないと思うよ。

僕自身も同じさ。


なぜ僕の世界に射川竹人が迷い込んだのかさえ

僕自身もよくわからない。

それどころか双方のいるべき場所が入れ替わってしまった。


戻るに戻れない状態で今はこうして射川竹人として生活しているけれどね…

この先どうなるかは全く見当もつかないところだよ。


で、話しがそれてしまったけれど…

君はキク=カの意思と力をその指輪によって受け継いでいる。

そして蠍の意思もだ。

蠍はオリオンの命を狙っている。

言い換えると、日向君の命が危ないって事なんだよ。

君の意思にそむいて君の体は日向君の命を狙っている…って言われて

もしかして、もうすでに心当たりがあるんじゃないかい?」


射川がまた僕の目を真っ直ぐに見つめた。


急に手首が震えだす。


何もかも知っていたの?


じゃあ…。


じゃあ…。


「助けてくれるの?」

そう言った僕の小さな言葉は震えていた。


「わからないんだ。

昨日だって…

僕…気がついたら日向にカッターナイフを振り下ろそうとしてた…

でも…

なんで自分がそんな事をしたのか分らない…。

僕の意思じゃない。

ねぇ…その話し100%信じたら僕を助けてくれる?

嫌なんだ。

だってそうだろ?

なんで友達に刃物を向けなくちゃいけないんだ…。


ああ…そうだ…

その前は首を絞めようとしたこともあった…。


やっぱり僕…」


気がつくと震え声で涙を流していた。


体も小刻みに震えだす。


袖で涙をぬぐおうとしたとき

羽鳥翼がティッシュペーパーの箱を取ってよこした。


箱には上品に刺繍されたカバーが付けられている。


これってさっき買ってきたやつかな?

自分の恥をごまかしたくて全然違うことを考えようと思考回路が横道にそれる。


ティッシュペーパーの箱を見ただけで

なぜかにやついている自分がいた。


すいません、と礼を述べてティッシュを取ると涙を拭きながら

鼻をかんだ。


今度は部屋の脇においてあったゴミ箱を差し出されたので

一瞥してそこにごみを捨てた。


なんで自分が泣いているのかもよくわからなくなって

わざとらしく紅茶を一口啜って見せた。


「紫苑君、もちろん僕らは君に協力するよ。

ただ…蠍を追い出す事は僕らにはできない。

それは君がやるんだよ。

紫苑君の意思で蠍を追い出すんだ。

そうすればキク=カの力が完全解放されて

指輪も半透明じゃなくなる。

そうなればもう二度と友達を手に掛けるような事はしないから…。」


「…意思…。

でも…今までのも僕の意思じゃないよ…どうやって?」



「そう感じるだろうが…君の意思も入っているんだよ。残念ながらね。

日向君に…殺意まで抱いていないにせよ、少しでも憎しみの感情を抱くと

蠍がそれに反応してしまうんだ。」


「………。」

言葉に詰まった。

それに、少し胸が痛む。


憎しみ?

僕が日向に憎しみを抱いていた?


いや…確かに木琴の棒で頭叩かれたりお菓子を取り上げられたりして

ムカッとしたのは事実だけど…

それで蠍が?


だとしたら今後日向と顔を合わせるたびに蠍が反応しっぱなしだ。


「日向がちょっかいだしてきても僕が反応しなければ蠍も反応しない、って事なの?」


「そうだね。

だけど…あの様子をみていると…誰だって無心でいるのは無理かな…」

射川もさすがに苦笑いして見せる。


「ただ…明日は満月だ。

満月は蠍にとって強い力を与える。

だから…明日は特に気をつけた方がいい。

学校を休めとまでは言わないけれど日向君との接触は極力控えるべきだよ。

僕も出来る限りのサポートはするけれど。」


満月で蠍に強い力?


満月?


…満月…。


「逆に言うとチャンスなんじゃない?」

羽鳥翼が言う。


「ええ…ただ…危険を伴います。

もう二度目はないですから。」


二人の会話が読めない。


「どういう事?」


「つまりね、」

羽鳥翼が言う。

「蠍を封印できるのは射手座、つまりイネ=ノが放つ弓矢なんだ。

満月で蠍が活動を強め、君の体から抜け出した所を狙えばいいんだけど…。

同時に危険が伴う。

紫苑君は一度封印の矢を心臓に受けているからね、

次同じように心臓に矢を受けると君もただじゃすまないって事だ。

だから少し難しい作業になる。」


「蠍を退治できるんですか?」

「上手くいけばね」


そうすれば

日向を…

友達を…救える。


「もう刃物を向けたり首をしめようとしたり…しなくて済むってこと?

それにこの胸の痛みも消えるの?」


「そうだよ」

羽鳥翼がそっと微笑んだ。

「ただ危険が伴う。

それは認識してほしい。」


「………。」


テーブルに目を投げると

パウンドケーキのお皿の上にフォークが置いてあった。


それを素早く取り上げイネ=ノを突き刺そうとしたところで

羽鳥翼が紫苑の手首を寸での所でパシッと掴む。


翼の体がテーブルの上に乗り上げた反動で

ティーカップがひっくり返り紅茶がテーブルにこぼれた。


「いつから気づいてた。」

紫苑の物とは思えない低い声がそこから発せられた。

翼はニコリと微笑んで言った。

「何言ってるの。

指輪が半透明な時点で誰だって理解しているよ。

紫苑君でありながらキク=カでもあり、そして君でもある事は

承知の上で話していたんだ。

僕らだってそこまで馬鹿じゃない。」


「…お前一体何者だ。」


「それは君には関係ない事だから話さないでおくよ。

それに知らない方が良い事だってある。」


そういいながら紫苑の腕を握る手を強めた。


「僕はイネ=ノみたいに優しくはないからね。

紫苑君ごと君を消すことだって厭わない。

なんなら今この場で始末してあげることもできるけど?

…君って自殺願望あったっけ?」

笑顔を作りながらも

眼鏡の奥で深緑色の瞳がぎらりと輝いた。


「ちっ。お前もただで済むと思うなよ」


とたん、紫苑の体の力が一気に抜けてソファにだらりと倒れこんだ。


「危ないところでした。有難うございます。」

紫苑の体を支えながらイネ=ノが言った。


「いや、いいんだよ。

それより、紫苑君凄い汗だ…。

蠍も紫苑君の胸痛に耐えてよく出てきたね。

本来ならショック起こして瞬間的に気絶してるところなのに…。

やはり月の力が関係しているのかな…。」


窓の外の空を仰いだ。


そして呟く。


「明日は満月か…」


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