第八話 失礼な男たち
「いらっしゃ〜い、あやめちゃん。待ってたよ」
今日も今日とてカウンターから手を振って出迎えてくれるレイン。わたしもカウンターに近付きながら挨拶をする。
しかしレインの顔はどこか浮かばない様子だ。
どうかしたのかと聞く前に、レインが口を開いた。
「あやめちゃん、どこか浮かない様子だね。なにかあった?」
「え」
まさか顔に出ていたのだろうか。
「とりあえず工房においで」といつも通りカウンター横の扉を通って工房に案内される。二日ぶりの工房だが、以前素材が保管されていた棚に見慣れない植物がいくつか増えていた。
駄菓子屋と工房のどちらとも隣接している、まだわたしが入ったことのない部屋からティーカップとティーポット、シュガーポットを持ってきたレインが「ああ」と口を開く。
「昨日、その植物を取りに行ってたんだよ。それも錬金術に使うものでね」
ぺらぺらと話しながら手際よく紅茶を注いでいくレインを横目に、わたしは部屋の隅に置かれた二つの丸いパイプ椅子を設置する。以前と同じ席に座ったわたしの前に注がれた紅茶とシュガーポットが置かれ、角砂糖を三つカップへと入れた。
「それで、どうしたんだい?」
「え、なにが?」
「元気がない原因だよ」
……どうやら、レインにはお見通しらしい。
わたしは昨日の出来事を洗いざらい話した。
レインは顎に手を当て、少し悩んだ様子を見せて机の端に置かれた例の本を手繰り寄せる。ぺらぺらとページを捲りながらうーん、と悩んだ様子を見せている。
「人の影に入り込む黒いモヤ、かぁ。それの正体がわかれば対処法は見つけられるんだけどね」
「ほんと⁉︎」
思わず立ち上がってしまい、はっとして椅子に座り直す。くすくすと笑うレインの姿に顔に熱が集まるのを感じながら、話を戻すためにわざとらしく咳をした。
「そ、それで、その正体を暴く方法はあるの?」
「ふふん。僕を誰だと思っているんだい? 天才錬金術師、レインさまだよ?」
「天才っていうのは初めて聞いたけど……」
レインは小さく「あった」と呟き、ページを捲っていた手を止める。そして、それをわたしに見せてきた。
「……ユニコーン?」
そこには額に一本の角が生えた馬の絵が描かれていた。友好度は星ゼロにスラッシュで星五とも書かれている。危険度は星一。
ユニコーンはさすがにわたしでも知っている。……と言っても、この図のように角が生えた馬、という認識だけだが。
「今回必要なのはユニコーンの角の欠片だ。ああ、その友好度は気にしないでいいよ。あやめちゃんなら多分大丈夫だから」
「多分って……」
具体的なことを説明してくれないレインに本日何度目かの溜め息をつき、左ページの召喚呪文に目を通す。
「とりあえず、ユニコーンを喚んで角の欠片を貰えばいいのよね」
「うん。あ、今回から僕は同室しないから一人でなんとかしてね」
「はぁッ⁉︎」
「はいこれ」と手渡されたのはチーズ削りと透明な容器。角を削ってここに入れろ、ということだろう。本日一の特大溜め息をつき、何故同室してくれないのかを問い詰める。
「いやぁ、そもそも召喚士以外の人間がその場にいること自体禁忌なんだよ。それに腹を立てて勝手に帰っちゃう魔物もいるし……特に今回のユニコーンなんかね」
「この間のウンディーネは最初だから特別だったんだよ」と見事なウィンクをキメるレイン。
ここまで言われては仕方ない。紅茶を飲み干し、本を片手に、チーズ削りと容器をもう片手に、召喚部屋へと向かった。……扉を開けるために肘と足を使って「女の子がそんなことしちゃダメだよー」と言われたのは内緒である。
真っ暗な部屋に一人。怖くないと言ったら嘘になる。
すぐ横にあるサイドテーブルに一度手に持っていたものを置き、蝋燭に火をつける。それから再び本を手に取り、魔法陣の前に立った。……どうか噛みませんように。
「――魔女あやめが告げる」
ぼぅ。魔法陣が淡く光る。
「純白の聖なる御馬。輝きを身に宿し、聖女を愛する名馬よ。神秘の一角を携えし者。聖なる力を蓄えた獣。この地、この場にて、我、純潔を証明しよう。命の泉をここに捧げん」
ぶわっと風が吹き荒れる。それでも視線は本に落としたまま。
「異界の生命よ。我が声に応えよ。今ここに顕現せん。ユニコーン――!」
白い光が部屋を包む。目を瞑っても瞼を貫通してくる光から守るように腕で光を遮っていれば、徐々に光は収まっていった。
目を開ける。魔法陣の中央に立っていたのは、立派な螺旋状の一本角を額に携えた白馬だった。
「――私を喚んだのは貴様か、人間」
ユニコーンは鋭い目付きでわたしを見下ろす。
海のように真っ青な目がじっとわたしを見ている。ふと、陽光に照らされたような海面の煌めきを宿した爽やかな海の色を思い出す。レインと似た色をしたその目は、恐ろしいほどの威圧感を放っていた。笑う膝をなんとか抑え、真っ直ぐにユニコーンの目を見据える。
「あ、のっ」
絞り出した声は酷く掠れていた。
緊張が声に出ている。声が震えている。ああ、わたし、怖いんだ。
本能的に感じ取った。あのウンディーネの時は本当に“特別”だったのだろうと。わたしはこれから、一人で、恐ろしい魔物と対峙しなければならないのだろうと。
次の言葉が出てこない。喉が引き攣り、声を発するのを拒否しているかのようだ。
ユニコーンはすぅと目を細めると、わたしに手を出すように命ずる。ウンディーネには召喚した魔物に簡単に触れられてはいけないと言われたが、何故か今だけは、この魔物の指示に従うのが最適だと判断してしまった。
震える指先に顔を近付け、何かを確認している。吹きかかる息。恐らくだが、匂いを嗅いでいるのだろう。数秒の後にユニコーンは最後に大きく息を吸うと……。
「なんだ貴様、生娘か! なら話は早い。私に何の用だ?」
「へ?」
先程の威圧感を全くもって感じさせない、からりとした笑顔を浮かべた。どことなく恍惚とした顔をするユニコーンの変わり身の速さにずるりと服がズレ落ちた。
「うーん、それにしても良い匂いだ。全く男の匂いがしない。貴様これまでに男と関わったことが全くないだろう」
「なっ、ま、全くじゃないわ! お、お茶くらいしたことあるし!」
それもつい昨日!
反射的に噛み付いてしまったが、ユニコーンは意に介さずといった様子で長々と独り言を呟いている。内容はよくわからないが、唯一耳に残ったのは「男と関係があったら食い殺していた」という言葉のみ。
お生憎様生まれてこの方男子と付き合うどころか大して話したこともない陰キャですけど、今この時だけは心の底から安堵した。ありがとう、過去のわたし。
「ところで貴様。私を喚んだ理由を話さぬか」
不意に投げかけられた質問にバカ正直に話してしまった。あなたの角を削らせてください、と。
しかしユニコーンは満面の笑みで「良いぞ!」と答えた。
サイドテーブルに置きっぱなしにしていたチーズ削りと容器を手に、魔法陣の前まで戻る。ユニコーンは脚を折り曲げて角がわたしの胸元にまで来るようにしてくれた。思ったよりも良い魔物なのかもしれない。
「じゃ、じゃあ、削りますね」
「うむ。遠慮せず削るが良い」
その言葉に甘えて、それはもうゴリゴリ削らせてもらった。容器いっぱいになるまで削らせてもらったせいですっかり先端がなくなってしまったが、ユニコーンはそれでも満足気に笑っていた。
「要件は以上か?」
「はい。ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げれば、「私も生粋の生娘の役に立てて嬉しい」だとよくわからない言葉をいただいた。
それじゃあ、と見送ろうとすれば、ユニコーンは自身の口を使って尻尾の毛を何本か毟る。そしてそれをわたしに押し付けてきた。
「え、これは?」
「次に我が種族を喚ぶときはそれを身につけておけ。すれば再び私が現れよう」
そう言ってユニコーンは消えていった。
なるほど。召喚する魔物の個体は何が現れるかわからないけれど、その個体の一部を所持していれば狙った個体が召喚される――そんな感じだろうか。
とにかく、目的を達成したため本を閉じてユニコーンからもらった尻尾の毛と一角の削りカス、それからチーズ削りを両手いっぱいに抱えて部屋をあとにした。
「お疲れさま〜! さっすがあやめちゃん! ちゃんとユニコーンに気に入られたみたいだね!」
「ああうん、まぁ、なんとか」
「まさかそんな沢山削ってくるとは……というかそれなに⁉︎ まさかユニコーンの尾⁉︎ 超レア物じゃん! ひぇ〜! あやめちゃん相当気に入られたんだね⁉︎」
薄っぺらい褒め言葉が次から次へと飛び出してくるレインに一式を押し付け、ティーポットを使って勝手に自分のカップに紅茶を注ぐ。いつもと同じように角砂糖を三ついれてティースプーンでかき混ぜていれば、レインから何故尻尾をもらったのかと聞かれた。
「さぁ? よくわかんないけど、次にユニコーンを召喚するときはそれを身につけろって」
レインはしばらく考えたあと、尻尾の毛を一本つまみ出してそれ以外を試験管に入れてしまう。それを棚に飾ったあと、隣の棚に並べてあった植物の葉を一枚ちぎり、机に置く。机にはいつの間に用意したのかよくわからない器具たちが設置されている。一際目を惹くのは、この場に相応しくない鍋。
「それじゃあこれから錬金を始めるよ〜! あやめちゃんも見ててね! 僕のかっこいいところ」
お手本のようなウィンクを見せたレインのまとう空気が一気に変わる。見たことのない真剣な表情だった。
ちゃんとしていれば確かにかっこいいんだけど。なんてわたしらしくもない考えを浮かばせながら、手際よく作業を進めていくレインを見て紅茶を飲んでいた。
「で〜きた! はいあやめちゃん!」
手渡されたのは小さな瓶に入った無色透明な液体。
「これを、誰だっけ、禍津くん? の影にかければ彼が苦しんでいる原因の正体がわかるはずだよ」
「影に?」
「うん。あやめちゃんの話を聞く限りだと、その生き物は人間の影に入り込む習性があるようだからね。その液体は影の中から無理やり引きずり出す効能があるから、出てきたら、こうっ!」
ぐっと拳を握るレイン。武力行使をしろ、ということだろうか。
「……まさか、わたしのこと暴力女みたいに思ってたわけ?」
「えっ違うの?」
時々拳作ってたよね。と言いのけたレインの頭頂部にお望み通り綺麗なタンコブを作ってあげた。




