第七十話 小さな嫉妬心
タコ助が不貞腐れている。
理由はわかっているが、文句があるなら言ってほしい。
レインの方に。
事の経緯はこうだ。
以前、アラクネを召喚したときに作って貰った薄桃色のストール。
これには召喚した魔物が魔力を込めることでストールを介して契約をし、わたしが望んだ時にその個体を呼び出せる、のだが……。
「タコ助」
「ぷいっ」
「タコ助」
「へんっ」
「タコ助」
「ふんっ」
と、このように。
わたしが他の魔物と契約しているのが気に食わないらしく、こうしてヘソを曲げてしまっているのだ。
それが二週間ほど前から続いており、クリスマスが終わった最近もずっと“こう”だ。
おかげでタコ助のトランペットの練習だってできていない。
はぁ。と溜め息を吐き、わたしはタコ助をカバンに突っ込んで、『駄菓子屋しゑる』へと向かった。
レインに文句を言いに行くために。
ところ変わって『駄菓子屋しゑる』。
珍しく店内にいる子供たちを横目に、カウンターに座っているレインの元に一直線に行こうと思ったのだが……こんな場所でタコ助を出すわけにもいかず、「工房にいるから来て」とだけ言葉を残して、引っ込んできた。
タコ助を机に乗せ、わたしは事務所で三人分のカップといつものティーポットを用意する。
工房に戻ろうと扉のノブを捻り、少し扉を開けたその時だった。
隙間から、三人分の話し声が聞こえてきた。
「元気ないけど」
「どうせ喧嘩でもしたんでしょ?」
「こらイン、そんな言い方」
「したら可哀想なのよね? わかってるわよ」
「……別に自分、可哀想じゃないですもん……ただ、もやもやするだけですもん……」
「それって嫉妬」
「って言うのよね」
「もしくは嫌悪」
「の方かしら」
「それとも、疎外感」
「でも感じてるのかしら?」
「疎外感なんて、感じてないです!」
タコ助が大声を上げる。
扉の向こうの様子はわからないが、ガタン、と音がしたからタコ助が動いたのだろう。
さて、どうしたものか。
そう考えながらお盆を両手で持ち直し、悩んでいると、背後からぬっとレインが現れた。
「っ⁉︎」
「シー……今、大切なところなんだろう?」
「なら驚かせないでよ!」
小声で怒れば、レインはからりと笑って「ごめんごめん」と言う。
「で、タコ助は何が気に食わないのかな?」
「……あんたのせいよ」
「僕の?」
わたしは一部始終を話した。
レインが次から次へ契約を求めるから、本来の意味で契約をしているタコ助がヘソを曲げていること。
そしてそれを引き起こしたレインに弁明させにここに来たこと。
「あぁ〜なるほど……タコ助、頭はあまりよくないからね」
「そういうことじゃないわよ」
「? なら、どういうことだい?」
「あんた、他人の気持ちがわからないでしょ」
レインが口を噤む。
図星だったのだろう。
「生き物って説明されてハイそうですかで納得できる存在じゃないの。もちろんそういう人もいるわ。自分の考えと現実をわけて考えられる人間が。でもそれは極少数よ」
「…………つまり、僕はタコ助の気持ちが考えられてなかったと?」
「そういうこと。タコ助の気持ちを説明してあげるわ。本来の契約者であるわたしが次から次へと別の魔物と契約して、気分が優れない。それに加えて、それを強要してるのは契約者と自分の顔見知りである錬金術師。しかも契約者が逆らえない人物……どう? 少しは理解できた?」
「……僕と桃子が二人で生活していた頃、突然やって来るようになった人間の男が桃子と仲良くなって、僕が置いてけぼりにされた時と同じ状況っていうことだね」
「あんたと曾おばあちゃんの関係は知らないけど、あんたがそう理解したのならそうなんじゃない? 肯定はできないけど」
悩むように顎に指をやったレイン。考え込むときの癖だ。
暫くそうしているレインを待っていると、扉の向こうからまた声が聞こえてくる。
「ごめんよ、きみを煽るつもりは」
「なかったけど、アンタが勝手に逆上したのよ」
「イン、悪いのは」
「アタシたちでしょ、わかってるわよ」
「……自分の方こそ、ごめんなさい。誰も悪くないって、わかってるんです」
「それってボクたちのこと?」
「それとも、アヤメとアンタのこと?」
「……どっちも、です」
「なら答えは出たね」
「謝ればいいじゃない」
「でもどうやって、謝れば……それに、この気持ちは……捨てられない……」
「別に捨てる必要は」
「ないわよ」
「だってそれはキミの」
「大切な気持ちじゃない」
「もし捨てたりしたら」
「それはアンタじゃなくなるわ」
「……捨てたら、自分じゃ、なくなる……」
「それは」
「そうでしょ」
「喜怒哀楽揃っているから」
「生き物は生き物たり得るんでしょ?」
「ボクたち錬金物には」
「わからない“感情”だけどね」
ヨウとインはそう言うと、そのまま黙ってしまった。
タコ助も何も言わない。
……わたしは意を決して、扉を開いた。
「! 師匠……」
「お待たせ。飲み物、持ってきたわよ」
「ありがとう、ございます……」
タコ助の視線は、わたしの首に巻かれたストールに向けられている。
言葉にはしていたが、やはり心の中では溜まりに溜まった不満が解消できていないのだろう。
だからわたしは、いつも通りに振る舞う。
三人分の紅茶とオレンジジュースを入れて、それぞれの前に置く。
そしてレインに話しかけた。
「で、今日は何を召喚すればいいのよ」
今日はこちらから突撃した形だが、レインはノってくれた。
「今日はケット・シーを召喚してもらおうと思ってね!」
「ケット・シー?」
「猫の王とも呼ばれているね。かわいいマスコット枠になるんじゃないかな?」
その言葉に、ぴくりとタコ助が反応する。
「ふーん。マスコット、ね」
「おや、あやめちゃんは興味ないかい?」
「興味ないわ」
バッサリと切り捨てれば、タコ助は期待と絶望の入り交じった視線をわたしに向けてきた。
わたしはそれを無視して、言葉を続ける。
「だってわたし、見た目で見てないもの。何より大切なのは、その魔物と築き上げた思い出。それが例えストールで契約した魔物であっても、わたしの“唯一”に敵う魔物はいないわよ」
そう言って、チラリとタコ助に視線を向けた。
「師匠……」
「なあに、タコ助」
「っ……今まで、音楽の練習サボってすみませんでした!」
そう言って頭を下げてくる。
わたしはふっと笑って、その頭を滅茶苦茶に撫でてやった。
「本当よ。おかげさまでわたしの腕も鈍ったかもしれないのに」
「し、師匠だって少し前に精神的に無理だからってフルート触ってなかったじゃないですか……」
「口答えする口はこれかしら?」
「いだだだだだッ! ずびばぜんッ! ずびばぜんんんッ!」
タコ助の口を摘んで引っ張ってやる。
けれどその顔は、痛そうでありながら、どこか嬉しそうでもあった。
視界の端に映る、ヨウとイン。二人とも、ようやく安堵の表情を浮かべていた。
そして、レイン。
彼は彼で、笑っていた。わたしとタコ助の“今”を見て。




