幕間 出雲るりという女
わたくしの名前は出雲るり。
……間違えましたわ。やり直しを要求いたします。
コホンっ。
わたくしは、この帳の降りた日ノ本に舞い降りた一羽の鴉――漆黒の翼を身に宿した、月下の黒魔術師。出雲るり!
さて。自己紹介も終えたことですし、現状の説明に参りましょう。
現在わたくしは、綿津見さんと共にサッカー部の部室へ向かっている最中ですわ。
事の経緯はこうですの。
「るりちゃん、放課後空いてる?」
「本日ですか? そうですね……空いていますわ」
「ならサッカー部の見学に来ない⁉︎」
「サッカー部? どうしてわたくしが?」
「月城先輩もいるよ!」
「早く案内してくださいまし」
「まだお昼休みだよ」
ということですの。
わからない? なら何度も読み返してみなさいな。
コホン。そういうことで、わたくしは綿津見さんと共に、サッカー部の見学に行くことになりましたの。
本校舎から歩いて、ようやく部室が見えてきましたわ。
「……これが、部室ですの?」
そこは体育の授業などでもよく使われる倉庫でした。
綿津見さんに聞けば、「具体的には部室じゃないんだけどね」と笑って、きょろりと辺りを見渡しました。
けれど目的の物が見つからなかったのか、首を傾げてグラウンドに目を向けます。
すると見つけたのか、「あ!」と声を上げて駆けていきました。
わたくしもそれを追うように走りますが……途中で愛しの月城様を見つけましたの!
「月城様っ!」
反射的に駆け寄ろうとして、はた、と足が止まりましたわ。
何故なら、わたくしの好敵手――ライバルである、柿﨑さんといたのですから。
……ま、またあの女〜! 愛しの月城様の視線を独り占めにして! キィーッ!
とは、なりませんわ。わたくし、節制のできる淑女ですもの。
遠くから眺めているだけでも充分……ではないのですけれど、それでも気分は最高潮! ですわ!
月城様を視界に収めていると、柿﨑さんの持つものに目がいきます。あれは……雑巾?
見ると彼女の側にはサッカーボールの入った籠が置かれてありました。恐らくですが、中のボールを拭いていたのでしょう。
彼女、意外とマメな面がありますから。
流石はわたくしのライバルと言ったところでしょう! ふふん!
と、そんなことをしていると遠くから綿津見さんに呼ばれましたわ。
ああ、さようなら月城様……またあとでお会いしましょう……。
「るりちゃんこっちこっち! ほら、ああやってみんな練習してるんだよ!」
紹介されたのはサッカー部の皆さんが練習している風景。
約十名の方が走り込みをしたり、ボールを蹴り合ったりしておりましたわ。
知っている方もちらほら……。
サッカー部の皆さんとは柿﨑さんのお誕生日会でお会いしたのが初めてでしたが、それ以降交流がある方もいらしてよ。
特に同じクラスの東さんとは、綿津見さんと一緒に仲良くさせていただいておりますわ。彼女、丁寧な物腰で心遣いもできて素晴らしい女性ですのよ。
他にも性別は違いますが、柿﨑さんのことが好きらしい水森さんとか、女性のようにかわいらしい星元さんとか。
他には……交流がある、といっていいかわからないほどの立ち位置に、隣のクラス……つまりは柿﨑さんのクラスにいる禍都さん。それから、三年生の雷電さん。
お二人とも柿﨑さんのことが好きらしいのですが――と言っても、禍都さんに関してはクリスマスの一件で知りましたが――、どちらも相手にされておらず、まあ随分と可哀想でしたわね。
「綿津見さんは普段なにをなさっているの?」
「私? 私はねー、主にみんなのドリンク作ったり、誰かが怪我したらその手当てしたりかなー」
「そうなのですのね」
「あ! ちなみにあやめは細かい仕事担当だよ! 今もそうだけど、ああやってボールを磨いたり、備品のチェックをしたり、練習試合の結果を取ったり!」
「……彼女、部活動には入部していないのではなくって?」
「え? もうサッカー部みたいなものだよ!」
あとちょっとで入部かな……。
なんて悪どい顔で笑っている綿津見さんなんて見ていませんわ、わたくし。
……などとお話していると、怪我をしてしまったらしい部員さんがいらっしゃいましたわ。
根元が黒くなっている、金髪の男性。確かお名前は、白亜さんと仰ったかしら。
「わぁ! 白亜先輩どうしたんですかその痣!」
お名前は合っていたみたいです。
白亜さんの靴下を捲った脹ら脛には青い痣があり、痛々しくて思わず目を逸らしてしまいました。
彼の隣に立つ東さん曰く、ボールを蹴り合っていたら強く蹴ったのが脹ら脛に当たってしまった、と……。
……東さん。あなた、そんなに脚力がありましたの?
「今すぐ冷やしますね! はい、こっち座ってください!」
綿津見さんはテキパキと応急処置を施すと、近くにいた体格のよい黒髪の方を呼び寄せました。
「静島先輩、すみません! 白亜先輩が怪我しちゃったので、保健室まで支えてあげてくれませんか?」
「ああ、わかった。白亜先輩、捕まってください」
「わりぃな、四十島!」
「俺は静島です。数字にして数を増やさないでください」
静島さんという方に連れていかれた白亜さん。
綿津見さんは意外と状況把握能力が高い。
白亜さんは三年生らしく、体格がよい。女子中学生一人で支えられるものでないため、側にいて、かつ、手の空いていた静島さんを指定した。
いつかわたくしの正体すら見破られてしまうのではないかと思うほどには、その目のよさに怯えて日々を暮らしていますわ。……まあ、わたくしがそんな失敗をするわけがないのですけれど。
他にも、様々なサッカー部の方とお話させていただきましたわ。
特に印象に残ったのは、帰国子女だという神風さんと、モデルをなさっている花園さん。
花園さんに関してはわたくし自身がファンであったこともあり、握手をお願いしたら快く応じてくださいました。思ったより指が太くて、角張っていました……男の人の手でしたわ……。
でも花園さんったら! わたくしと顔を合わせると開口一番に「柿﨑の友達?」なんてお聞きになったの! まさか、花園さん……!
頭を振って嫌な考えを逃がしますわ。よし、逃げましたわね。
最後に月城様とお話できたのは、本当に幸運でした!
「今日は見学に来てくれたんだって? 綿津見が教えてくれたよ」
「いっいいいいいえ! わわわわたくしからお願いしましたので!」
「あはは、緊張しいなのかな」
あばばば目の前で月城様が笑っておられますわお美しすぎて目が潰れそうですのコレ一体どうしたらいいのかしら。
なんて思っていると、月城様はふいと視線をグラウンドに向けてしまわれました。
ああ、少し寂しい……けれど助かりました……そんな気持ちのまま、わたくしも同じようにグラウンドに目を向けます。
「サッカー部はどうだったかな」
「……皆さん、とても楽しそうに活動されてましたわ。特に……ふふ、今思い出しても笑ってしまうのですけれど、禍都さんと雷電さんが柿﨑さんに話しかけようとしてお互いに牽制し合って、結局柿﨑さんが他の人と会話を始めてしまったのは、面白かったです」
「あれは恒例行事みたいなものだよ。ほぼ毎日ああなんだ」
「そうなんですの? ふふ、賑やかなのですのね」
「きみもぜひ、サッカー部に入らないかい?」
そう言って、月城様はわたくしを見ました。
黒曜石のような綺麗な瞳がわたくしを射抜きます。はわわ、美しい……額縁に収めたい……。
ではなくて、お返事ですわよね!
「残念ながら、お断りさせていただきます。悲しいことに、放課後は忙しいのです」
「そうか、それは残念だ」
あぁ〜! 月城様がしょんぼりなさってしまいましたわ! くぅっ! かわいらしい!
「けれど、きみさえよければいつでも遊びにおいで。みんな歓迎するよ。もちろん、俺もね」
「っ……はい!」
俺もね、ですって! キャーッ!
そうしてわたくしは、帰路に就きました。
懐から携帯を取り出し、メッセージを打ちます。
『早く次のターゲットを教えてくださいませんか?』
相手は、怪盗ルシッド。
関東地方を中心に活動する怪盗であり、わたくしの協力者。
ピロリン、と携帯が鳴りました。
さて、明日から放課後はお仕事三昧、ですわね。




