番外編 ハロウィンの夜
10/31なので、番外編です。
リンゴーン。
重い鐘の音が鳴った。そしてすぐさま、ドンドンと扉が叩かれる。
「あやめ〜! トリックオアトリート! お菓子ちょーだーい! あっ腕取れた」
大広間の階段を降りながらそんな言葉が聞こえたものだから、思わず滑り落ちそうになった。
気を取り直して階段を降り、勢いよく扉を開く。
「なぎさ、あんた強く扉を叩くのやめなさいって言ったでしょ!」
「てへへ、ごめーん」
取れた右腕を持ちながら、てへっと舌を出すなぎさに軽くチョップをすれば、そばに居た金髪に目が引き寄せられた。
くん、と鼻を動かす。甘い香り。
「ねぇそれ……人間?」
「あっそう! 持ってきた!」
「持ってきたって……どこから?」
「んー? なんか、魔界に迷い込んだみたい。食べるでしょ?」
「食べ……まぁ、もらうけど」
ニコニコと笑って立っている人間を見る。
金髪碧眼の、少年だった。
少年が口を開く。どうせ命乞いか何かだろう。大抵の人間は「食べないでくれ」と願うが――。
「ねぇねぇ、きみ、名前は?」
「……は?」
少年はキラキラした目でわたしを見ていた。
「この子はあやめ! 吸血鬼だよ!」
「へぇ、吸血鬼! 血を吸うやつ?」
「そうそう! で、私はゾンビ! 腕取れても平気なの!」
「へぇ! その修道服は?」
「コスプレ! 似合うでしょ!」
「うんうん、すっごく似合ってる!」
「えっへん!」
「……えっへんじゃないでしょ! あんたのその腕、誰が縫うと思って……!」
「あやめ!」
「開き直るな!」
ぐるぐると頭が混乱している。
この人間、なぎさと同じ人種だ……!
人間特有の甘い香りに混ざって、トラブルの香りがする。最悪だ。
なぎさは取れた腕をぶんぶん回しながら「お菓子は?」と聞いてくる。
ズキズキ痛む頭を押さえながら、二人を大広間に通した。
大広間には今日のために用意した食事の海が広がっている。この後にも何人か友人が来る予定だ。
目をキラキラさせる人間は足取り軽く机を見て回り、ついて行こうとするなぎさの腕を引いて引き止める。
「なぎさ、あの人間、なに」
「なにって、あやめの食料」
「じゃなくて、恐怖心の欠片もないの⁉︎」
「んー。なんか、最初に会った時からあんな感じだったよ。とりあえず腕つけてよ!」
「……あんたってやつは……」
ぴくぴくと動くこめかみを押さえて、ソーイングセットを取り出す。なぎさのおかげで必需品になってしまった。
椅子に座って足をぶらぶらさせているなぎさの隣に腰掛けて、慣れた手つきで腕を縫っていく。
「ねぇねぇ、これ食べてもいいの?」
「いいよー!」
「勝手に返事しないで!」
緊張感の欠片もない人間に対して勝手に返事をするなぎさ。イラつきを隠さずブスリと針を刺してやるが、ゾンビに痛覚なんてあるわけもなく。
ぬいぬい。ぬいぬい。
「……はい、終わり」
「ありがとー! じゃあお菓子食べてくるね!」
「それよりあの人間をどうにかして――」
言い終えるよりも早く、リンゴーン、とまたベルが鳴った。
イラつきで血管がブチ切れそうになるのを我慢しながら、扉を開けた。
扉の向こうには、四つの人影。
「やあ、あやめちゃん」
「トリックオアトリートですわ、あやめさん!」
「俺はお菓子よりあやめちゃんが欲しいなぁ」
「それ今日何度目だよお前」
上から、月城さん、るり、雷電、禍都だ。
全員わたしの友人で、当然人間ではない。
くん、と禍都が鼻を動かした。同時にぴくりと狼耳が震える。
「……人間の匂いだ」
「えっ人間⁉︎」
キラリと目を輝かせたのは雷電。悪魔である彼にとって、人間の魂はご馳走だ。
「人間? 人間がいるの⁉︎ もしかして俺のために用意してくれた⁉︎ あやめちゃん優しい! 好き!」
「違うわよ。なぎさがわたしのために持ってきたの」
「魔界に人間が迷い込むなんて、珍しいこともあるんだね」
「ハロウィンは人間界と魔界の境界が緩む日ですわ。迷い込んでもおかしくないですの」
月城さんの言葉に答えたるりは、どこか険しい顔をしていた。現在は魔女だが、元は人間だったるりには思うところがあるのだろう。
ぞろぞろと大広間に入っていくみんなの後ろをついて行くと、隣に月城さんが並んだ。
「あやめちゃん。人間を食べるのかい?」
「……食べるというか、血を吸う方が正しいですけど……正直食欲が湧かないんです」
「食欲が湧かない?」
「見ればわかりますよ」
大広間に入れば、そこではお菓子を食べるなぎさと、好き勝手にワインを飲む人間がいた。
「あっ! みんないらっしゃーい! 久しぶり!」
「お久しぶりですわ、なぎささん。……そちらが、人間ですの?」
ワイングラスを机に置いた人間は立ち上がり、一礼をした。
「僕の名前はレイン。気軽に呼んでくれよ」
しん、と大広間が静まった。
そして、四対の目がわたしに突き刺さった。
「……見ての通り、すっごく変な人間なの」
「変だなんて失礼な!」
「どう見ても変だろ。俺たちみたいな人間じゃないヤツらを前にしてビビりもしねぇ」
禍都の言葉に、人間――レインはニコリと笑った。
「ビビってもどうにもならないだろう?」
ぐっと言葉に詰まった。正論だからだ。
人間一人、わたしたちの中の誰が相手でも簡単にねじ伏せられる。
「……賢いね、あの人間」
「賢いっつーか、諦めてんじゃない?」
月城さんと雷電の会話を聞きながら、わたしはレインの前に立った。
「いい? 人間。あんたはわたしのご飯なの。大人しくしてて」
「レインだよ」
「……レイン。大人しくしてなさい」
「うん、わかった」
そう言ってまたワインを飲み始めるレイン。
本当に血管が切れそうだ。吸血鬼が出血死とか、笑えない。
そうしてハロウィンパーティは幕を閉じた。
途中、月城さんの頭に刺さっているネジが外れて、フランケンシュタインとしてのアイデンティティがうんたらみたいなことはあったが、大した事件ではなかった。
結局レインは全員と打ち解け、魔界に勧誘までされていた。どうして。
「じゃあね、あやめ! また遊びに来るねー!」
「次は五体満足で来なさいよ」
「努力する!」
「…………」
なぎさを筆頭に、次々に帰っていく友人たち。
残ったのはわたしと、レインだけ。
さて、と。
くるりと振り返り、血が巡って血色が良くなっているレインを見る。
「じゃ、次はわたしのご飯の番ね」
「……優しくしてね」
「一瞬よ」
そう言ってレインの肩に手を置き、首筋に口を近付けた。歯を立て……ようとして、止めた。
「くっ……さ! 酒臭い!」
「え?」
「無理無理無理!」
慌ててレインの座っていた席を見た。何本もワインボトルが転がっている。
「……何本飲んだの」
「え〜? わかんない」
「わかんないじゃないわよ!」
ぶちっ、と血管から嫌な音がした。
深呼吸をして落ち着く。なんとか、本当になんとか落ち着いた。
「……いいわ、もう。あんた食べない」
「えっ」
「人間界まで送るからついて来なさい」
「あ、うん」
きょとんとしているレインの手を引いて森を歩く。
数十分歩けば、空間が裂け、光溢れる亀裂まで辿り着いた。
「はい、ここ入って。人間界に帰れるから」
「えっと……本当にいいのかい? 吸血鬼にとって人間は最高のご馳走だって聞いたんだけどな」
「そんなアルコール回ってる人間の血なんて不味いに決まってるでしょ」
「そっか。じゃあ、また来るね!」
「は?」
そう言って亀裂に入っていったレイン。
キラキラと金髪が光に当てられて、粒子のように消えていった。
あの人間、さっき何て言った?
数秒の沈黙の後、わたしは森の中で叫んだ。
「もう来んな!」
バサバサ。鳥が羽ばたいていった。




