第六十五話 帰って来た桃色と、
「……わからない」
わたしには答えられなかった。
記憶のない、わたしの先祖。
別の世界では百花仙子という名前で、向こうの世界で起きた戦争から逃げるためにこっちの世界に来た魔女。こちらでは桃子と名乗り、レインとも交友があった。
……わたしが知ってるのは、これくらいのことだ。
あとは、あとは……。
「……でも……」
「お父さんもお母さんも、おばあちゃんも、曾おばあちゃんが大好きだったって、言ってた」
家族全員から、好かれていたということだけだ。
それを聞いたルシッドは、どこか寂しそうに笑う。
けれとすぐに満足そうな笑顔に戻って、両手を上げた。まるで、降参だ、とでも言うように。
「あーあ、これで【仙桃の簪】は手に入らなくなっちゃった」
「は? それって、どういう……」
「気になるなら入り口の門に来てみなよ。きみを待ってる人がいる」
ルシッドがそう言った途端、強い風が吹いた。
カーテンがはためき、ルシッドの姿を隠す。
次の瞬間には、ルシッドの姿はなかった。
それはまるで、魔法のように、パッと消えてしまったのだ。
わたしは廊下にいる武蔵に「お手洗いに行く」と嘘をついて、裏口から庭に出た。
そして門へと向かう。
……そこには、出雲がいた。
いつもの制服姿ではなく、私服らしい、ゴシックロリータ調の服だ。
出雲はわたしの姿に気が付くと、「負けましたわ」とだけ呟いて、手に持っていた細長い箱を押し付けてきた。
門の間から受け取って開けようとすると、ここでは開けるなと言われる。
そして、もう一つ。
「わたくしの正体については内緒にしてくださいまし」
と。
「やっぱり、ルシッドと関係があったんだ」
おかしいとは思っていた。
二年前に盗まれた【仙桃の簪】。そもそも存在を知っていたのはわたしたち一家と、持ち主であった桃子本人と交友のあったレインくらい。
だというのに、出雲はコレを知っていた。名前までも。
それから出雲は語った。
自分がルシッドの協力者であること。彼は怪盗としての顔の役割を、自分は機械面でのサポートを主にしていると。
ふと気になって以前の美術館でのことを聞けば、あの日、時間になって館内のブレーカーを落としたのは自分だと白状した。
仮にもあそこは雷電の、財閥家の所有する美術館だ。
だというのに簡単に機械類に干渉できるとは、並大抵の腕ではできないだろう。
「ふふ、これであなたに盗まれてしまいましたわね」
「何がよ」
「さぁ、何がでしょう? わたくしの正体かもしれませんし、その手にある箱のことかもしれませんわ」
どこか言葉を濁そうとする出雲。
そして去って行こうとしたところで、アッと声を上げた。
「もしわたくしが協力者だとバラしましたら、あなたが黒魔術師であることを周りにバラしますからね!」
それだけは本当に勘弁したいので、赤べこのように何度も頷いておいた。
裏口から室内に戻り、母のいるリビングへ向かう。
母はわたしが外に出ていたことに驚いていたが、それよりもわたしの持っていた箱の中身――【仙桃の簪】の存在に目を見開いていた。
そしてその玉のような瞳から、ぼろぼろと涙を流し始めたのだ。
わたしはただひたすらに、母の背を撫で続けた。
ようやく帰ってきた【仙桃の簪】、曾おばあちゃんの形見。
特に曾祖母に懐いていたという母はその日、朝日が昇るまでずっと泣き続けていた。
そして何よりびっくりしたのは、母自ら、【仙桃の簪】をわたしに持っておいて欲しいと言われたことだ。
本来なら厳重に保管するべきだろうに、母は首を振り、「これはあなたが持っておくべきよ」とまで言われてしまった。
仕方なく簪を受け取り、自室の一番日の当たらない場所に飾っておく。
それをぼーっと眺めていると、誕生日会でレインに言われた言葉が脳裏をよぎった。
『――その時までに、髪を伸ばしてくれていると嬉しいな』
もしかしたら、レインは簪がうちに帰ってくることを気付いていたのだろうか。
どちらにせよ、戻ってきたのだから、他のことはどうでもいいか。
すると、背後でずっと震えていたタコ助が、くいっと服の裾を引いてきた。
どうしたのかと聞けば、タコ助はただでさえ白い顔を更に青白くして、小さく呟いた。
「あの、怪盗ルシッド……自分のことが、見えてた、みたいです」
「――え?」
そんな衝撃を最後に、今日が終わった。




