第六十三話 【仙桃の簪】
予告状が届いた。
宛名には『柿﨑あやめ様』と書かれている。
わたしの名前だ。
内容は以下の通り。
『二日後の夜八時、【仙桃の簪】を盗みに参ります。怪盗ルシッド』
と。
ポストに入っていた予告状を持ってきてくれた武蔵は首を傾げていた。
わたしもそうだ。何故なら。
「おかしいですね。曾祖母様のお形見である【仙桃の簪】は、既に怪盗ルシッドによって盗まれているというのに」
武蔵の言葉に、わたしは頷いた。
ルシッドは一体、何を盗もうとしているのだろう。
今日は日曜日。
案の定レインから呼び出しの連絡があり、夏休み前に召喚したことのある魔物たちを喚び出し、見事に全員と契約し終えたあとのこと。
「ねぇレイン、聞きたいことがあるんだけど」
「うん? 珍しいね。なんだい?」
わたしは鞄から予告状を取り出し、レインの前に置く。
文字を追うようにそれを眺めていたレインは、途中で顔色を変えた。
「ねぇ、あやめちゃん。【仙桃の簪】って」
「うちに残された曾おばあちゃんの形見よ」
「やっぱり……」
そう言ったレインの顔は険しいものだった。
それもそうだろう。レインはわたしの曾おばあちゃんと面識があるようだから。
しかもどうやら、ただならない感情を抱いているらしい。
本人は隠しているようだが丸わかりだ。何なら、わたしを通して曾おばあちゃんを見ていることも。
でもそれを本人に問い質すつもりはない。
彼が自分から話す気になるまで、わたしはただいつも通りレインと触れ合うだけだ。
「で、その【仙桃の簪】なんだけど」
「もうあやめちゃんの手元にはないんだよね?」
「よく知ってるわね。そうなの」
怪盗ルシッドに盗まれた【仙桃の簪】――それが、わたしにとっての大切なものだった。
より具体的に言うなら、わたしやその家族の大切なもの、だ。
だって唯一遺された形見なんだもの。大切にしないわけがない。
だというのに。二年前、ルシッドはそれを盗んでいった。
理由はわからない。
予告状が出されて、あっという間に盗まれて、そのままだ。
今更になって、何故既に盗まれた【仙桃の簪】を再び盗むなんてことを。そもそも、盗んだものを把握しているんじゃないのか。
何もかもがわからないまま、こうして世間話ついでにレインからも意見を乞おうとしたわけだ。
「うーん。残念ながら、僕にもルシッドの目的はわからないなぁ」
「……まぁ、そうよね。元より期待はしてなかったわ」
「ごめんね、力になれなくて」
「いいのよ、別に」
「ただ――」
レインは真っ直ぐにわたしを見つめた。
その目には、強い光が宿っている。
「僕にできることがあれば、なんでも言って。どんなことでも手伝うよ」
それは覚悟のような、自己犠牲のような……そんな危うい光を放っていた。
しかしわたしはそれを指摘せず、頷いて、予告状を鞄に仕舞った。
翌日。帰りのホームルームが終わって、さて帰ろうと椅子から立ち上がったところで、誰かに呼び止められた。
それは出雲だった。
いつものふざけた様子とはどこか違う、真剣な目。
「出雲?」
「ちょっとお時間よろしいかしら」
疑問符はついていなかった。
わたしは人気のない踊り場に連れていかれ、出雲と向かい合う。
火蓋を切ったのは出雲の方だった。
「柿﨑さん。あなたにとって【仙桃の簪】とはなんですの?」
ピリ、と肌が粟立つのを感じた。
「……どうして出雲がそれを知ってるの?」
「質問を質問で返さないでくださる?」
「わたしが答えたら、出雲も答えてくれるの?」
「その答えによりますわ」
睨み合いが続く。
……先に折れたのは、わたしの方だった。
「あれは、曾おばあちゃんの形見なの。唯一遺された、大切な簪。わたしも、家族も、みんながあれを大切にしてる。……さぁ、答えたわよ」
「……そうですね、わたくしも、お答えしますわ」
「ええ、早くしてちょうだい。場合によっては、あなたを友人だと思えなくなるけれど」
「今は答えられませんわ」
「…………は?」
「それがわたくしの答えですの。では」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
慌てて引き留めるも、出雲の方が早かった。
帰りの支度を終えて、既に荷物すら持っていた出雲は、そのまま階段を下っていく。
わたしはそれを追いかけるのと荷物を取りに戻るのとでラグが生まれてしまい、そのまま出雲を取り逃すことになってしまった。
今日がダメなら、明日聞けばいいか。
そう、なるべく前向きに考えて、わたしは帰宅の準備を再開した。
しかし翌日、出雲は学校に来なかった。




