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第六十話 『ハッピーバースデー』

 曲が終わり、立ち上がって一礼。

 すると、拍手喝采が巻き起こった。


 ところどころから「すごいぞ!」や「綺麗だったよ!」など声が聞こえてくる。


 その声を聞きながら、わたしはやり遂げた気持ちで胸がいっぱいだった。

 でも、それじゃ足りない。


 わたしは足を進めて、皇先輩の前に立った。


「皇先輩。『ハッピーバースデー』弾いてください」


 周りにいたサッカー部の面々が目を剥く。

「お前らそんな仲良かったっけ」やら「皇ってピアノ弾けたのか」やら聞こえるが、そんなの関係ない。


 わたしは目の前にいる皇先輩ただ一人を見て、もう一度言った。


「皇先輩が、わたしのために、『ハッピーバースデー』を、弾いてください」


 皇先輩は戸惑ったように視線を迷わせる。


「なんで俺が……」

「見ての通り、わたし、今日誕生日なんですよ。プレゼント、持ってきてくれましたか?」


 そう聞けば、皇先輩は苦い顔をした。

 そしてゆっくりと、ピアノの方へ向かって歩いていく。


 わたしは皇先輩がいた場所……静島先輩の横に収まって、彼の様子を眺めていた。


 無言で椅子の高さを調節して腰掛けた皇先輩は、恐る恐る、鍵盤に触れる。

 ポン、と、ソの音が鳴った。


 それから流れたのは、『ハッピーバースデー』の音色。

 短い曲であるが、それはもう楽しそうに、皇先輩は弾いていた。


 曲が終わり、わたしのときと同じく拍手喝采が巻き起こる。

 困惑している皇先輩が部員たちに囲まれるのを見ながら、わたしはくすくすと笑った。


 すると、隣にいた静島先輩に声をかけられた。


「お前と皇の間に何があった?」

「何もなかったですよ。強いて言うなら、勉強を教えてもらったくらいです」

「そうか」

「はい」

「……でも、皇は嬉しそうだったぞ」

「そうですか。わたしも、嬉しかったですよ」

「……なら、よかった」


 それだけ言うと、静島先輩もその輪へと向かって行った。


 そうしたら、今度は月城さんが側に来た。


「今日はありがとう。星元と皇と……それから、静島もか。心を溶かしてくれて」

「溶かす? なんのことですか?」

「きみが全部手を回して……ああいや、なんでもないよ。俺の気の所為だったみたいだ」

「はい。月城さんの気の所為ですよ。星元がスーツを着たのも、皇先輩がピアノを弾けたのも、静島先輩がようやくわたしと話してくれたのも、全部全部、気の所為です」

「ふふ、そうか。これは随分な集団幻覚だな」

「レインに薬でも作ってもらいましょうか」

「あはは、それは厄介事になりそうだから遠慮しよう」


 月城さんと話していると、揉みくちゃにされていた皇先輩が息も絶え絶えにこちらにやって来た。

 彼が口を開くよりも早く、わたしが言葉を口にする。


「わたしの為に弾いてくれてありがとうございます」

「……なんだ、なんなんだ、お前、本当に」

「気持ちよくなかったですか? ここで弾くの」

「……そういうわけじゃ……」

「先輩の言いたいことはわかりますよ」


 わたしはニコリと笑って言った。


「でも、ここはコンクール会場じゃないんです。好きに音楽を楽しんで、いいんですよ」

「――」


 言葉を失った様子の皇先輩。

 ……いや、どちらかというと、何か納得したような、そんな表情だった。




 そうして、パーティはお開きになった。


 以下は、それぞれとの開口一番のやり取りである。




 まずは、立食でハムスターのように一口サイズのサンドイッチを頬張っている出雲と、それを見て笑っているなぎさ。

 出雲は黒のゴシックロリータドレスに身を包み、いつものカチューシャはよりフリフリとしたヘッドドレスに。

 なぎさはレモン色の外行きドレスに、いつもの青いリボンでサイドテールにしていた。


「二人とも、楽しんでる?」

「さっきぶり、あやめ!」

「むぐっ……ごくんっ! 先程ぶりですわね、柿﨑さん。ところでシェフを呼んでくださる? こちらのサンドイッチ、とても美味しゅうございましたわ」

「シェフには言っておくよ。気に入ってもらえたようでよかった」


 そう言うと、出雲は照れくさそうにそっぽを向き、なぎさはいつもと変わらぬ笑顔を向けてくれた。




 次に足を運んだのは、白亜先輩と花園先輩、それから月城さんと雷電のところ。全員サッカー部かつ、三年生の四人だ。

 わたしが声をかけるよりも早く、雷電が声を上げた。


「あやめちゃーん! 誕生日おめでとう! プレゼントは決められなかったから今度一緒に出かけよう! なんでも買ってあげるよ! それからドレスも似合ってるね! 深いワインレッドがあやめちゃんの白い肌を浮き上がらせていて綺麗だよ! 髪も綺麗だし、あ、メイクしてるね? いつもよりかわいいと思ったんだ! もちろんいつもかわいいけどぐへぇっ」

「雷電、そろそろうるさいよ」


 月城さんに絞め落とされた雷電は、そのままそこら辺にいた使用人に回収させた。適当に壁際の椅子に横たわらせたから、暫くすれば起きるだろう。……多分。


「さて。誕生日おめでとう、柿﨑さん。素敵なパーティだね」

「来てくれてありがとうございます、月城さん」

「かわいい後輩部員の頼みなんだ。来るに決まってるだろう?」

「わたし、サッカー部じゃないですよ」

「おや」


「誕生日おめでとうな、蟹﨑!」

「柿﨑です、白亜先輩。このやり取り何度やらせるんですか」

「お前の家こんなデカかったんだな!」

「本当に人の話を聞かないなこの人」


「ドレス、似合ってる。誕生日もおめでとう」

「ありがとうございます、花園先輩。先輩もスーツ姿、お似合いですよ」

「仕事で貰った」

「モデルのお仕事されてるんですもんね」

「うん。今度見に来て」

「……時間が合えば、ぜひ」

「約束」

「…………」


 そうして、四人との邂逅は終えた。

 総称として誰一人まともな人がいなかった。強いて言うなら、花園先輩が一番まともだっただろうか……。

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