第五十九話 葬送曲
「か、柿﨑さん、これ……」
「おかえり、星元」
親戚と談笑していると、戻ってきた星元がひょっこりと扉の隙間からこちらを見ていた。まだ全身は見れていないが、伊織の手にかかればきっと最高の出来栄えになっていることだろう。
わたしは親戚の輪から抜け、扉の元へ向かう。
「どう? サイズ合ってた?」
「サイズは、うん……いやそういうことを聞きたいんじゃなくて、この服――」
「合ってるならいいわ。ほら、来なさい」
扉の隙間から手を捩じ込み、星元の手を掴む。
そしてタイミングよく伊織が扉を開け放ち、みんなの視線がここに集中した。
会場を見渡せば、サッカー部の面々がポカンとしたアホ面をしていた。
この顔が見たかった気持ちもあるけれど、それ以上に。
「星元。あんた、好きで女の格好してるんじゃないんでしょ」
「な、んでそれを」
星元は、スーツをまとって立っていた。
特徴的なピンクの長い髪は後頭部で一括りにされており、どこからどう見ても“女の子”には見えない。
わたしは、にっと星元に笑いかける。
「今日くらい、羽目外しちゃいなさい。わたしの誕生日なんだから、笑顔でいてくれなきゃ困るわ」
星元は目を何度か瞬かせると、その大きな目に、うるりと涙を滲ませたのだ。
それを知らん振りして、会場に押し込む。
すると、サッカー部の面々がワッと星元の元に駆け寄ってきた。食べる手も止めて、大切な仲間の元へ。
それはまるで、一番星の元へ集まるように。
「星元リリカ、いい名前よね」
下の名前は置いといて。
そう呟いたわたしの背後で、伊織がくすりと笑った。
「どうした、伊織」
「ああ、武蔵。いやぁ、お嬢様さ、最近なにか変わったと思わない?」
「…………」
「ごめんごめん、武蔵にはわからないか。……お嬢様さ、笑顔が増えたんだよ」
「……確かに、最近はよく笑っているな」
「嬉しいことだよねぇ」
「ああ。まるで、昔のお嬢様のようだ」
「あはは。昔といえばさ、武蔵が今の性格になるまでに――」
「無駄話はやめろ」
「あはっ。いいね、様になってきたじゃん。私のお姉ちゃん」
「……この弟は」
誕生日会は恙無く進み、夜に差し掛かっていた。この時期は夜が来るのが早い。
それは置いといて。
遠くにいたなぎさが時計を見て「あ!」と声を上げた。
「あやめー! そろそろ“いつもの”時間だよー!」
その声に反応した親戚たちが「そういえばもうこんな時間」「今日も楽しみにしてるよ」なんて声をかけてくる。
何のことだかわかっていないサッカー部員と出雲、レインを置いてけぼりに、なぎさは大声のまま「今日は楽しいのがいいなー!」なんて言っている。
楽しいのって、そんな大まかなリクエストじゃわからないっていうのに。
肩に乗っていたタコ助がビスケットを食べながら、こそりと問うてきた。
「師匠、いつものってなんですか?」
「……見た方が早いわ。タコ助、あなた。好きな音楽はある?」
タコ助は困ったように首――体の半分以上が頭だから、最早全身をだが――を傾げた。
「音楽……うーん……」
「なければないでもいいのよ。適当に選ぶから」
「……あ! なら、『きらきら星』がいいです!」
「『きらきら星』、ね。わかった」
わたしはホールの最奥に置かれている、ピアノへ近付く。
椅子に腰掛け、高さを調節した。
タコ助がピョンと譜面台の横に飛び乗る。
ピアノに、音楽に触れるのはいつぶりだろう。
けれど何だか、今日はいつもより上手く弾けるような気がした。
そうしてわたしは、『きらきら星変奏曲』を弾き始めた。
全員の目がこちらに向いている。
けれどそれはコンクールのように見定めるものでなく、ただ単にわたしの音楽を楽しむだけのものだった。
母はよく、わたしの音楽を「幻のようだ」と言った。
曰く、目の前にその情景が浮かぶのだと。
父はよく、わたしの音楽を「天使のようだ」と言った。
曰く、楽器を弾くわたしの背に翼が見えるのだと。
祖母はよく、わたしの音楽を「魔法のようだ」と言った。
曰く、魔法のようにその世界に引き込んでくれるのだと。
そして、こうも言った。
――「あやめちゃんは、曾おばあちゃんによく似ているねぇ」と。
母の菊子。祖母の蘭子。そして曾祖母の桃子。……又の名を、百花仙子。
もしかしたら母と祖母は、わたしの音楽とは違う、別の才能に気付いていたのかもしれない。
気付いていなくとも、何かを感じ取っていたのかもしれない。
血筋とは凄いなあ、と思うと同時に、今は亡き祖母に聞いておけばよかったと後悔することを思い付いた。
――一体、百花仙子とレインの関係は、どんなものだったのだろうか、と。
しかし、それを聞く相手はもういない。
今のわたしは、ただひたすらに、メロディをこの場にいる全員に。天国にいる祖母と曾祖母に、届けるだけだ。
「桃子、蘭子。見ているかい。きみの子孫は、とても綺麗だよ」




