第五十八話 誕生会
「わぁ〜! 師匠、すっごく綺麗です!」
ぺちぺちと二本の触手を合わせて音を立てるタコ助に、黒い蝶ネクタイを付けて着飾る。
「あんたも似合ってるわよ」
えへへ。と笑うタコ助の頭を撫でて、自室を出た。
部屋を出て待機していたのは執事の伊織。
「お嬢様〜! ワインレッドのドレス、とってもお似合いです〜!」
「ありがとう、伊織」
「ではこちらへ! お嬢様のヘアセットとメイクは任せてください!」
「あんたの腕は信用してるんだから、頼むわよ」
「ふへへ、もちのろんです! 綺麗に仕上げてみせましょう!」
張った胸をドンと叩いた伊織は、ゲホッと咳き込んでしまった。
途端にちょっとだけ不安になるが、これでも着飾る腕は確かなのだ。
別室に通されたわたしは鏡の前に腰掛け、伊織にメイクを任せる。
流れるように控えめでありながら煌びやかなメイクが終わり、次はヘアセット。
軽く櫛で梳かされ、左サイドを緩く編み込みにされる。わたしが気合いを入れるときのセットだ。
普段はドジでおっちょこちょいの伊織だけど、こういうことはよく覚えてくれている。何だかんだで頼りになる執事だ。
ちなみに、彼の姉である武蔵はこういう細やかな作業が苦手だったりする。
幼稚園児だった頃、ピアノの発表会でヘアセットを任せたのだが、鳥の巣かと勘違いするほどの出来栄えを披露してくれたのを今でも覚えている。
それをパパっと直してくれたのも伊織だ。
二人にも得意不得意があるんだなぁ、と思った出来事だった。
それは置いといて。
「はい、完成しましたよ〜!」
伊織の軽やかな声に目の前にある鏡を見れば、フリージアを模した白い髪飾りと、銀糸と鱗粉とが髪の至るところに散りばめられていた。
「うふふ。今日はなぎさ様以外のご友人様もたくさんいらっしゃるとのことで、この伊織、張り切ってしまいました!」
えへん! と胸を張る伊織。今度は叩くことはしなかった。流石にこの短時間では学んだのだろう。
「本当に綺麗。ありがとう、伊織」
微笑んでそう言えば、伊織はぱちりと目を瞬かせた。
「――お嬢様、最近どうも……」
「最近?」
「……いえ! なんでもありません!」
ささ、そろそろご友人様がいらっしゃる時間ですよ! と、話はそこで終わってしまった。
伊織が何を言おうとしていたのかはわからず終いだが、それよりもみんなを迎えないと。
小さくともせっかくのパーティなのだから、とタコ助は指輪に入ったままでなく、わたしの肩に乗っての移動になった。頭に乗せるとセットが崩れてしまうから。
エントランスまで向かって、玄関の扉を伊織と武蔵が開く。
すると遠くの方に、門が開くのを今か今かと待っている友人たちが見えた。
こちらを見てブンブンと手を振っているなぎさに向けて小さく手を振り返していると、伊織と武蔵が門を開けた。
途端、駆け寄ってくる影が三つ。
「誕生日おめでとーあやめ!」
「あっ綿津見お前、俺が最初に言うって言っただろ! 柿﨑さん誕生日おめでとうございます!」
「柿﨑さんあなた、なんて大きなお家なの⁉︎ ドレスもお綺麗ね! 誕生日おめでとうございますわ!」
「ありがとう、なぎさ、水森、出雲」
案の定の三人だった。
他のみんなも、各々のペースでぞろぞろと玄関へ近寄ってきた。
全員が揃ったところでホールの方へ案内する。
ホールは既に親戚が揃っており、好き勝手に歓談と立食を楽しんでいた。
友人たちも好きに散らばっていったのだが……。
「聞いてないよあやめちゃん! お酒がないなんて!」
「誕生日おめでとう!」と言われた直後にレインが口にした言葉だ。
思わず拳を頭に叩き込んだのは仕方ないだろう。
唸りながら蹲るレインを見下ろす。
「あのねぇ……雷電の誕生日パーティでやらかしたあんたを見てるのに、わざわざお酒なんて用意すると思う?」
「えっ、僕そんなやらかした?」
「……いいのよ、お酒を用意したって」
「本当かい⁉︎」
「あんたに三人くらい使用人を付けていいならね」
「…………けっ。紅茶で我慢するよ」
「よろしい」
そんなやり取りをしてから、他のみんなとやり取りをする。
大抵のみんなは開口一番に「誕生日おめでとう」と言ってくれるのだが、中でも驚いたのが皇先輩と静島先輩のペアだった。
二人は同じクラスということで一緒にいることが多いが、まさか二人揃ってわたしの誕生日会に来るとは。
それに加えて、静島先輩がようやくわたしに対しても他の部員と同じように接してくれたのだ。
正直、これが誕生日プレゼントと言われても驚かないくらいには驚いている。
二人とも笑いはしなかったが、確かに祝ってくれた。
自分でもビックリするほど嬉しかった。
そして驚いたことがもうひとつ。
星元が、ドレスで来ていたことだ。
元々そういう格好が好きなのかと思えば、そうではないらしい。
あの居心地の悪そうな仕草は、きっと……。
わたしは星元の元へ歩み寄った。
「ねぇ星元、ちょっと来てくれない?」
「え?」
一緒にいた水森はジトっとした目を星元に向けていたが、それどころではない。
星元を連れたわたしは、壁際に控えていた伊織を呼び寄せて廊下に出る。
「伊織、この子に――」
「言われなくともわかっております! この伊織、お嬢様の大切なご友人様を素敵に着飾ってみせましょう!」
さ、こちらへ!
困惑した顔で何度もわたしの方を振り向きながら、星元は別室へ連れて行かれた。
この場合はわたしも共犯だから、連れて行かせた、の方が正しいだろうか?
さて、と。
わたしは知らん顔をしてホールへ戻ったのだった。




